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ざまあの後、塔に幽閉された悪役令嬢のもとに、海賊が落ちてきた!!  作者: 家具付


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働かなければ食べていけない、のが人間社会の在り方らしい。

貴族令嬢だった自分ができる事など限られていて、あまり人さまに自慢できる物はない。

そう考えると、この目が見分けられる物を買ってくれている、という老師の申し出は働き口としてはいい物かもしれない。

それに、オルカの母親という人が太鼓判を押しているくらい、しっかりした場所のようでもある。

ならば受けるべきなのか。

働きたくない、というわけではない。ただ、働いた事が無い世間を知らない自分が、役割を務められるだろうか、と不安が押し寄せてくるのが怖いのだ。

できなかったら。

失敗したら、

期待に応えられなかったら。

やっぱりいらないと言われたら。

そんな事を考えているうちに、じわりと涙がこぼれてきたのは、おそらく彼女の中の琴線に触れてしまったからだろう。

実の親にも見捨てられ、誰からも見捨てられた過去を持ってしまった少女は、いらないと思われる事がとても恐ろしいものの一つになっているのだ。

ぼたぼたと涙が出て来てしまうけれども、仕事をしていたらきっと泣く事などできない。

こらえるんだと言い聞かせれども、その涙は止まらない。

喉の奥が詰まってしまったような音まで、漏れてきた。

いけない、オルカを起こしてしまうと分かっていながら、止め方が分からない。

うるさいなんて言われたらどうしよう。

思った矢先の事だった。

「る、さい」

オルカが寝言のように口にしたのだ。

それに心臓が冷えて、声も涙も止まる。

だが。

「……ゆめ、みらんねえんだろ、でぃあ」

心底眠たい、という顔をして、オルカが半眼でこちらを見ていたのだ。

瞳は今、どうして。

訳が分からなくなるような、水の多彩なのだろう。

数多の碧がそこで乱舞し、煌き、青という言葉の含むものの膨大さを、告げてくる。

「め、とじろよ。で、おれのしんぞうにみみ、あてて」

凍り付いたように動けない彼女をじれったく思ったか、彼は強引に彼女の頭をそこにあてがう。

そして片手で目を覆い、言う。

「……ほら、そらのあおとうみのあおが、みえるだろ、そこからもぐってもぐって……きらきらしたしろいすな……」

ディアマンテは動けなかったはずだったのだが。

オルカが目を覆った瞬間に、それが視界一杯に広がってきたのだ。

延々と続く潮の音とよく似た、海中の無音。

その海色の中、白い砂があり、そこに一杯に広がるのは見た事もないような色とりどりの魚や珊瑚というものの世界だった。

「きれいだろう、みまわして、みろよ。だんだん、おちついてくるんじゃねえの」

事実そうだった。

凍りつきかけた心も、不安な気持ちも、静まっていく。

「おれのだいじなだいじなもの。ほうら、だいじょうぶ。せかいはまだまだ、きれいだぜ」

オルカの声が唐突に終わり、それにつられたように彼女も意識が暗くなっていき、眠ってしまうのだと気付いた。





「どうしましょう、とても緊張するの」

「仕事のはじめなんて誰だってそうだろ、とにかくおれが抱きかかえて飛ばない時点でほっとしてりゃいいのさ」

「落ちたら無残だもんなお前ら」

「言ってくれるじゃねえの船頭さん」

「オルカがおちたって聞いた時以上に、オルカがおぼれたって聞いた時の方が心臓が冷えそうになったぞ、この街もついに終わるのかと思ったな。聞けば風邪だって? お前も風邪ひくんだな」

「しょうがないだろ、自分でも過去にない事すぎてびびったわ」

軽口をたたきあう船頭とオルカ。対照的に手が震えているディアマンテ。

それもそのはず、彼女は老師の所で働くことを決め、そこに向かっているのだ。

老師の所とは言っても、その妻の元と言った方が正しいのだが。

「上手にできるかしら」

「最初は誰だってできないのが当たり前なんだよ、門前の小僧じゃあるまいし」

けらけらと笑った隣の男が、ふっと視線を持ち上げる。

「このあたりも若干潮の流れが違うな、やっぱりこれもなんかの影響か」

「オルカの小僧はそれもわかるのか、相変わらず海の事になると誰よりも過敏だな」

「わからない奴らに言ってもしょうがねえことよ。……ほら、ディアマンテ。見ろよ、老師の奥さんの店だぜ」

指さして示された方を見て、ディアマンテも流石に驚いた。

「なんて大きなお店なの? この区画全部がその、奥さんのお店なの?」

「奥さん幅広く色々やってるからなー」

そう。

そこは町の一角を店が飲み込んでいるような形だったのだ。

大きな店の周囲で船が行き交い、荷物も行き交いしているわけだが。

これだけの規模の店なんて、大貴族の令嬢ですら知らない世界だったのだ。

「信じられない、こんな店が実際に存在するなんて」

呆然と呟きながら、ディアマンテは少し蒼くなった。

こんな所で働くなんて、気安く決心するものではなかった。

だが今更引き返せないでしょう、と何とか自分に言い聞かせて、少女は案内人らしき女性に声をかけた。

「あの、すみません、わたくし、老師からこの手形を預かったものなんですけれど」

最初は何という事のない顔をしていたその女性も、手形を見てとたんに目を丸くした。

そしてまじまじと彼女を見つめ、言う。

「あなたみたいな女の子にそんな大役を……そう、……老師が……。わかったわ、これからおばば様に案内するけれども、おばば様に失礼がないようにするのよ? このあたり一帯を支配しているおばば様なんだから」

「ディアマンテよりもおれの無作法心配した方がいいぜ、姉ちゃん」

オルカはどれだけ脅されても、大した事が無いらしい。

今からすごい相手に会いに行くという状態でも、自分を崩さなかった。

そして女性も、オルカをちらりと見て言う。

「お前の無作法に関しては、おばば様もとうに諦めてる。お前は単純に頭が馬鹿なだけ」

「どこもかしこも、オルカに対して酷い事ばかり言うのね、オルカはそんなに馬鹿ではないのに」

「世間一般からすれば馬鹿だろ、船乗りは海に渡ってばっかりだから岡の常識がうまく入らないんだ」

オルカの言葉に、女性がその頭をひっぱたいた。

「誤解されるような事を言うんじゃないわよ! お前は船乗りどうこうの前の問題!」

オルカがふてくされるのでは、と少しはらはらしたディアマンテだったが、その心配はいらなさそうだった。

案内の女性が船の道を開けてくれ、一番大きな店の入り口に船をつける。

「さあどうぞ」

促されて、大きな垂れ幕がかけられたその店の中に入った途端、ディアマンテは後ろから引き寄せられて、地面に押し付けられていた。

背後では何かが飛んで行って海面に落ちる音がしたような気がする。

「うわ、おばば様今日も元気にもの投げたのか……」

オルカが小さく言う。それに対して案内役の女性が言う。

「おそらく、老師が勝手に鑑定士を選んできた事に対する抗議でしょうね」

「……」

自分は来てはいけなかったのだろうか。来てほしいと言われてきたけれど、やっぱりいらないのかしら。

そんな事を思いながら顔をあげると、皺だらけながらもアンクレットを飾る足が目に映る。

それから顔をあげれば、真っ赤に塗られた口紅の、蒼いすごく濃いアイシャドウの老女が立っていた。

「なるほど、あなたが老師の推薦する鑑定士だわね? どんなつわものかと思えばこんな女の子なんだね」

「あ、初めまして、ディアマンテと申します……」

化粧の迫力で声が小さくなった少女に、老女が言う。

「挨拶はそれ位でいいよ。さて、仕事してもらおうじゃないか。あなたの仕事はこの奥の棚にある物を仕分けする事。偽物と本物にね」

老女はそれだけを言い、壁の模様に手を滑らせる。その滑らせ方にもなにか法則性があるように思っていれば、本当にそれが鍵になっていたらしい。

がらがらと歯車が動く音がして、ずいぶんと埃っぽい空間が現れた。

そこには乱雑に物が置かれている。

「ここにあるものは、価値があるのかないのか、馬鹿どもには判断が付けられなかったものでね。せめて本物か偽物かが分かれば、もう少し下の鑑定士に調べさせるんだけど、そこまでやれる根性の奴がいなくってね」

老女がそこの山を見せながら言う。

「三日間が試用期間さ。三日たってあなたが使い物になるんだったら、こっちはあなたを正式にうちの店の鑑定士にする。使えないようだったらそうだね、つかいっぱしりにでもしてあげようじゃないの。いい条件だと思うわな」

自慢げに語る老女に対して、オルカが言う。

「おばば様が三日も試用期間つけるなんて、珍しい事もあるんだな。普通一日だろ」

「この山だからさ。三日くらいやらせてみなきゃ色々分からないってもんだ」

オルカはじっと老女の眼を見ている。老女も目をそらさなかったのだが、そこで視線以外の何かも飛び交ったらしい。

オルカが少女の肩を抱く手を放し。問いかけてきたのだ。

「この店の中で、ディアマンテに不埒な事をするやつはいないだろうし、おれも外で働いていいか? ディアマンテ」

「ええもちろん、構わないけれど」

あなたが近くにいないと不安、なんて言えなかった少女が頷き、オルカが言う。

「時間になったら迎えに来るから、いい子で待っててくれよ、おれの金剛石」




その空間の中身は本当に、玉石混交と言っていいものだった。

彼女からすればどうして、これとそれの違いも真贋もわからないのだといいたくなる山が多すぎた。

途中から偽物を入れていく箱が足りなさ過ぎて、空間と外を行き来し、箱を運んでもらったほどである。

とても多いというのに、本物は手のひらくらいしかないわけだ。

織物に至っては何の間違いで診断もされていないのだ、と言いたくなるほど詰め込まれている場合もあった。

そんな、一人ではめげてしまう空間に少女は果敢にも一人で挑み、真贋を見定める作業に没頭した。

途中で物音がしたと思えば、小さな移動式の棚にお茶のポットと椀が置かれており、そこでいったんは休憩をとる事にはした。

甘味とほんの少しの塩気がある乳茶が、とてもおいしいと思った彼女だった。

「それにしても不思議だわ、これの判断もつかない鑑定士だなんて」

幾つかの本物を手に取り、彼女は心底不思議に思って首をかしげてみた。

「これはどう見ても本物以外の何物でもないのに……これもわからなかったということは、これの産地の島国文化を知らなかったのかしら」

彼女は断じて大きな声で独り言を言っていたわけでは、ない。

いたって普通の声だったわけだが。

「驚いた、ね。一日でこれだけ終わるのかい」

背後から声がかけられて、現れたのは老女だった。

彼女は少女が行った分別を見て、眉を軽く持ち上げる。

「一日でこれだけって事は大したものだね。ほかの連中は三日かけてもここまでいかないさ」

「そうでしょうか、そう言われてしまうと、わたくしの眼が間違っていそうで恐ろしいです」

「いや、最初の一人が偽物だって言ったものが、本物だったためしがないからね。あんたが分けてくれるだけで十分助かるさ」

にやっと笑った老女から察して、自分は少しは使える方に見てもらえたようだ。

少女は息を吐きだし、また作業に戻るために立ち上がった。




幾つも偽物にしか見えない物がある中で、本物にしか思えない物を見つけるとほっとする。

多分、これを買い求めた時の事を思い、利益が出るかどうか考えてしまうから、だろう。

父侯爵がそうだった。

利益になる物、価値が上がると思って買い求めたものが二束三文になる時、父はぶつぶつと言葉を呪いの音に変えていたものだった。

それのため、これ一つでそこの山一つ分以上の利益が出る物、などが見つかると嬉しかった。

そして彼女の頭の中に、それらを盗むという選択肢は皆無なのだ。

身分の高かった彼女に、盗むという事は全く考え付かない物だったのであった。

それからどれくらい時間がたっただろうか。山がいくつも分別されたため、かなり雑多な空間ではなくなったそこを、彼女が満足げに見ていると。

「おー。終わったのかい、これを一人で一日で、本当に大したものだ」

様子を見に来た老女がまた感心して言う。

「さて、今日は終わりの時間だからね、外であなたの犬がさっさと連れて来いって騒いでるんだよ、ちょっと頭でも撫でて落ち着かせておくれ」

「犬なんて飼ってませんよ」

「じゃあシャチだね。餌の一つでもあたえれば、大人しくなるものかねえ」

言いながらも、オルカが待っていると思うといてもたってもいられず、ディアマンテはすぐさま立ち上がり、頭を下げて外に向かおうとする。

「お待ち、明日の事を話してないよ。明日は別の部屋の分別さ、一日で終わらせるとは思ってもみなかったから、二つ目の蔵も開ける事にしたよ」

「はい、明日もよろしくお願いします」

ディアマンテは少し顔が緩んだ自分を感じながら、もう一度一礼して外に出た。

「うわ、埃の匂いがこびりつきそうだぜ、ディアマンテ!」

彼女を見つけるや否や、ほかの人間を押しのけて突き飛ばす勢いで近付いてきたオルカが、すんすんと鼻を鳴らしてそう言った。



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