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用意されたのは下にズボンをはくという、彼女の知らない形式の衣類だった。ズボンをはいてさらに上からそれを長い巻きスカートの様なもので覆い隠すのだ。
覆い隠すスカートは、ぱっと見てどこかのカーテンを思わせるほどたっぷりとしている。
彼女はそれを見て落ち込みそうになった。というのも、自分の醜く太った体を目の当たりにするようだと思ったからだ。
「どうしたのかしら、色が気にいらない?」
しかしキャリーはそう言って気遣ってくれているし、どこをどう見ても彼女の体型を笑っているようには見えない。
ディアマンテは口を開いた。
「わたくしが、あまりにも醜く太っているように思えるから」
「あらあ、そんな事を思っていたの? そんなこと気にしなくっていいじゃない」
「あなたはとてもきれいだから……」
「ありがとう」
彼女の反論に、キャリーが嬉しそうに笑った。それは無邪気な程、自分の容姿を褒められてうれしいのだという調子だった。
「これになるまでにとっても時間がかかったのよ。あなたもいい事を教えてあげるわ」
「いい事?」
「自分に似合う美は、どれだけ時間をかけて追及しても罰が当たらない物なのよ。だって見た目が素敵になれば自信がついて、もっと素敵な自分になれるかもしれないでしょう? 見た目も中身も自分に自信が持てたら、完璧よ!」
ディアマンテはぽかんとした。オルカの言葉と似ているようで、似ていないそれら。
しかしどちらも、中身も大事なのだというのだ。
「わたくしは、どちらもないわ」
「だったら余計にいいじゃない」
「え?」
「どちらもなかったら、これから手に入れられるのよ!」
手をぐっと握りしめて言いきったキャリーが断言する。
「ないって事は、そこから這い上がれるって事なのよ! だから大丈夫。わたしも何年も自分に似合う衣装の事で悩み苦しみ、それはつらい思いをしてきたわ。でも今じゃ中身は素敵なお姉さん、見た目はきれいなレディでしょう?」
「性別矛盾してるけどな」
「そうそう、性別ばっかりはどうにもならないのだけれど、性別なんてちゃちな物よ。自分という物が性別で左右される事なんてないわ。……って、シャチ坊や! あなたそういういきなりどこにでも入るくせ、直しなさいよ! びっくりしたじゃない!」
後ろから入った合いの手に答えたキャリーが、後ろを見もしないで肘を叩き込む。
それがオルカの腹部に直撃したのを、彼女は見ていた。
オルカは一瞬体を丸めた後に、その痛みなどをやり過ごしたのだろう。
するっと立ち直して、言う。
「だっておれはとっくに着替え終わって清算待ってんだぜ」
「女の子の衣装選びに文句を言わないの!」
「おれが選ぶんだったら楽しいんだけどな」
「あなたの美意識は時々ずれるから駄目よ」
「キャリーは厳しいなあ」
からからと笑っているオルカが、ディアマンテを見て言う。
「なかなか素敵になったじゃん。可愛いぜ、ディアマンテ」
直球の褒め言葉に、彼女は顔が熱くなる。そして自虐的な気分にもなった。
「わたくしはかわいくないわ」
「そんな事をまた言って。だめだろ、おれの前でそういう事言わないでくれよ、おれのディアマンテ」
キャリーが何を思ったのか、噴出した。
「シャチ坊やはあなたの事を、とても素敵だと思っているのね」
耳元で言われた言葉に、ディアマンテは首を振りそうになるも、それはオルカにとって失礼なことかもしれないと思った。そのために黙ったまま頷いた。
それでも自分が、素敵だという事は間違いだと知っていた。
あれだけ都で悪いうわさがあった自分であり、性格もよくなく、何より人を見下していた時分だ。
とても褒められたものじゃない事は、彼女自身が一番良く分かっていたのだった。
オルカは船乗りとしてはよくあるだろう見た目に着替えていた。
あの、赤い見事な造りのコートはもう、着ないらしい。
「オルカ、あのコートは着ないの?」
「繕ってから染め直して、どうにかする。あれ高かったんだよなあ、それもおれの体に合うように仕立ててもらったんだぜ、成人祝いだったよな、キャリー。たしかマリエッタの所だった」
「そうねえ、あなたが成人するって聞いて、お祝いしたい大勢の人がお金を出し合ったのを覚えているわ。マリエッタの所で作ってもらって、あなた気に入ってずっと着ていたものね」
「見た目豪華で目立つから、あの赤色がどこにいても目印になったからな」
「そうだったわ、あなたの注文は、凄惨な世界でも目印になる色を探せるように、という事だったものね。だからあの目立つ赤色にして、金の刺繍を入れたのだわ」
ディアマンテは目を見張った。
「深紅に金の刺繍は、トヨトミの王族にしか許されていない組み合わせだわ」
「だから、あれを着てトヨトミに入る事はしなかったんだぜ」
「そうなの?」
「そうそう、いらないケンカの種は撒かないの。おれの常識。無駄に体力使うなんてあほらしい」
オルカはだぼっとしたウールの下着を着ているのだろう。生地が安物だから上の服からもこもことした線が浮かんでいた。
「ああ、でもウールとか久しぶりに着たわ。しばらく南で暴れまわってたからなあ」
「あなたの話は後で、でいいわ。お会計よ」
長話になると思ったのだろう。キャリーが手を叩いてお会計を始める。
その値段は、令嬢暮らしのディアマンテには相場の分からない世界だった。
だが。
「高い。何でこれとそれとその生地の衣装でその値段なんだよ、後一声」
「でも、これあの島たちに行けなくなってから値上がりした生地なのよね」
「そんなの知った事かよ、……おっと、冗談だから冗談。だったらあんたの所に、あの島から回してもらうからそれで勘弁」
「言ったわね、あなたの言葉は信じていいと思うのよ。あなたが口利きしてくれれば、私の所に優先的に回してもらえるものね」
「何度もやってるだろ」
「だから信頼してるんじゃない、銀貨二つ分負けてあげるわ」
「おっと太っ腹」
最後におつりのやり取りがあったのちに、オルカが言った。
「この辺で、あっちに回ることを計画している船があったら教えてくれよ。水先案内人買って出るから」
「そんな船いっぱいあるわ。そうね、ダミアンの所なんてどうかしら? ダミアンはあなたが小さい頃に、あの人の船に乗っていた事があるもの」
「んじゃあ、後で紹介状くれよ。飯探してくるわ。鐘がなったらここに戻ってくるからそれでいいか?」
「なんならわたしの宿屋に泊まる? ちょうどあなたに掃除してもらいたい部屋があったのよ」
キャリーがいい事を思い付いたというように言う。
それを聞いたオルカが爆笑した。見事に笑いだしたのだ。
「なんでどいつもこいつも、おれに汚くなった部屋の掃除をしてもらおうとするかねえ!」
「だってあなたがきれいにすると、その部屋に泊まりたいっていう人の予約でいっぱいになって懐が潤うのだもの」
「あとでおまけつけてくれよ」
何かがここで成立したらしい。ディアマンテにオルカが言う。
「これから何か食べる物探して来ようぜ。それとももう、疲れたか?」
「いいえ」
「じゃあ、一緒に行くか!」
いったオルカの、当たり前に伸ばされた手を取って、ディアマンテは着た事もない服の肌触りを感じながら、日焼けを防ぐために薄暗かった店から出た。




