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序 ざまあ。

コロナウイルスで皆暇でしょうから、この際下げていた小説をあげます! 前原型をアルファポリスで出してました!

「お前との婚約を破棄する!」

彼女はその言葉を聞き、息をのみ何もいえない。

驚愕に見開かれた瞳は、それがとても想定外だという事実を示している。

息をのみ、あり得ないという感情を露わにした表情は、常に微笑む事を教育されてきた乙女にとって、それはあってはならない醜態だった。

そんな醜態をさらし、声もでないで立ち尽くす彼女に追い打ちがかかる。

彼女の婚約者が、次々とあげる悪行の数々だ。

オーレリアという、弱小貴族の娘をいじめたと言う事に始まり、彼女に危害を加えようと人を使い、自分も彼女を階段の上から突き飛ばし、暗殺者を雇い、ごろつきを焚き付け……と、信じがたい事が目白押しの状態だ。

彼女はそれらを呆然と聞いていた。

自分ではないと、声を大にしていえなかった時点で、彼女がそれを行い、自分の罪が暴露されたのだと思った人間は多かったであろう。

婚約者が、次々と並べ立てた悪行の後に、可憐な娘……オーレリアをかばうように抱きしめ、続ける。

「お前のように、これほどの事を数々行ってきた女との結婚など、私だけでなく国を不幸にするだけだ!  ここにお前との婚約を破棄する事を宣言する!」

彼女はあまりの仕打ちに、立っていられずに座り込む。

「殿下、違います、それは違います、あり得ません、違います」

彼女は譫言のように、何とか言葉を出す。

しかし、それも見苦しい言い訳にしか他人には写らないだろう。

「うるさい! お前がぶくぶくと太って見苦しい事、体を豪華に飾る事、何から何まで厳選されたものでなければ気が済まない事も、国にとっての結婚だ、国のためだと我慢してきたというのに! お前は私の信頼も裏切った。国への思いではなく、ただ己の贅沢のためだったという証拠もここに挙がっているのだ!」

王子がそういい、隣の有能そうな青年の持つ書類を示す。

「報告書も陛下にお見せした! 陛下もお前との結婚は無いものだとご判断なさった!」

彼女はとうとう動けなくなった。呆然、という調子で座り込んだまま、騎士たちが彼女の腕をつかみ、引きずっていくに任せてしまう。

「ちがう、ちがう、ちがう!」

彼女は扉の向こうに連れて行かれる間際、ひきつる声でそう、叫んだ。

その声も、無情に閉まっていく扉の向こうには、届かないで終わった。




「やめてくださいお父様、濡れ衣です、わたくしは誓ってそんな事をしておりません!」

少女が王城の牢獄につながれてすぐに、父との面会があった。

父は堅く険しい顔をし、うなずいた。

「私もお前の無実を信じたいだが、事が事だ。お前が行ったと言われる事は、あの場で公表された以上、もみ消す事も出来ない。そして……」

父王弟は、険しい顔で娘を見た。

「お前が、学園と言いお茶会とで言い、身分を笠に着たろくでもない振る舞いをしていたと言う事に関しては、父も再三注意したと思ったが」

彼女は言い返す。

「身の程をわきまえない方に、忠告をしたまでです! 身分にあわない最高級品を着るなんて男爵家の令嬢にはおかしいですし、ほかにも」

「だからおまえの目は曇っているのだ。その最高級品を送ったのがほかでもない王子、その寵愛を受けているのは火を見るよりも明らかだった、というのに」

「婚約者がいながら、ほかの女性に目を向けるのはおかしいですわ!」

彼女は果敢に言い返した。父があきれたため息をつく。

「お前は自分の出自を知りながらそういうのか」

「でもっ!」

「お前は確かに、悪は行ってはいないだろう。犯罪も行っていないだろう。しかしその素行は目に余る物があった」

「そんなわけがありません! わたくしは公家令嬢として、正しくあったはずです!」

彼女の叫びに、父がため息をついた。

「お前は本当に何も、わかっていなかったのだな」

「父上?」

「お前の罰はこの父が決める。安心しなさい、処刑にはさせない。ただ、己のした事を深く反省する場が必要だ」

「父上、父上っ! わたくしは何も悪くありませんわ!」

彼女は涙を浮かべて訴える。

父王弟は何とも言い難い複雑な視線を彼女へ向けて、言う。

「お前への教育を、この父はどこかで大きく間違えてしまった」

それは間違いなく、父からの決別の言葉だった。

父が彼女を見放したのだと、わかる言葉だった。

「父上っ!!」

彼女の絞り出すような声に、父は二度と振り返らなかった。



彼女はそこではっと、目を覚ました。

何度見たかもう、覚えていないほどの悪夢だったと、息を吐き出す。

「はあっ、はあ……」

深く深呼吸をしながら、彼女は自分の周りの物を見回した。

それらは、彼女が愛用していた最高級品たちではなく、もっとみすぼらしい調度品たちである。

豪華な衣装など一つも入っていないチェスト、緑青の散らばる地味な鏡。

そして鏡の前の机といすには、化粧品のたぐいは一つも入っていないのだ。

娘は起き上がり、これまた年数のたった、古い寝台から降りた。

降りる時にぎしぎしと、寝台が不穏な音を立てる。

「……」

娘は絶望のにじむ表情をとったまま、辺りをもう一度見回す。

そして己の醜い手を眺め、顔を覆った。

「夢なら、なんて何度思っても現実は変わらないのね」

希望なんて何もない、と言う声で顔を覆う彼女の身にまとう衣装は、長い間着続けられているからなのか、汚れて垢とシミにまみれた物だ。

元々は豪華な物だったのだろう、とわかるだけ彼女の惨めな状態を浮き彫りにする。

しかし彼女は手を離し、やがてのろのろと扉を開き、そこからすぐに続く階段を下りていった。

長い階段だ。彼女はどうやら、一つの塔の中で生活しているらしい。

頂上の居住空間以外は、延々と階段しか存在しない塔の中を、彼女は片手にろうそくを持っておりていく。

そして地上部分に到着すると、そこには一つの扉があった。

そこの扉のドアノブに、彼女は手をやる。

扉の持ち手は鍵がかかっているらしく、全く動く気配がない。

「……わかっているの、でもあきらめきれない」

彼女はまた小さく呟き、扉のやや下の部分にある、上下に動く扉に置かれている食事を見た。

「……また牛乳が置かれているわ」

この、暑くなった気候の中に、牛乳なんて放置していれば、あっという間に悪くなってしまうのに。

彼女は眼を伏せて、食事のトレイを持った。

そしてそこにある、やや狭い机の前のいすに座り、食事を口にした。

家にいた頃は、考えもしなかった堅いパンは、何か液体に浸さなければ食べられない。

しかし、少女は唯一の液体である牛乳には口を付けず、一度立ち上がった。

そしてそのせまい空間にある、井戸から水を汲み上げようとする。

だが、慣れていない作業だからか、何度も水垢で手を滑らせる。

惨めだ、と彼女は自嘲の色を唇に浮かべた。

そしてようやく、桶に水をくむと、これまた年数のたった欠けたコップに、水を注いだ。

コップを机に置き、パンを浸し、食事を再開する。

乾いた堅いパンに、豚の塩漬け肉とキャベツの炒め物。たったそれだけの食事は、彼女がここに閉じこめられて知った、食事だった。

はじめはもっと、自分の食べ慣れた物が多かったのだが、徐々に量が減らされてゆき、量が増えたと思えばこういう物に、変わった。

不満を言う事もない。憤るには、彼女は孤独に侵されすぎたのだ。

食事を終わらせた彼女は、トレイを扉の向こうに出す。

そして桶を持つと、えっちらおっちら、と何とかそれを持って階段を上がっていく。

ろうそくを片手に持ち、片手で桶を持ち階段を上がるのは、慣れていない彼女には大変な事のようだ。

それでも彼女はそれを持ってゆき、何とか居住空間まで到着する。

そして桶の水を水差しに注ぎ、その桶の水で顔を洗った。

以前ならば、石鹸で洗顔をしていたのにと、苦笑いをしながら顔を洗い終え、彼女は窓の前のいすに座った。

ここには娯楽も何もなく、あるのは必要最低限の物ばかり。

書物の一冊もない世界だ。

そこで彼女は、窓の外を見つめて物思いに耽っていた。




孤独の中で、自分を見つめ返す事を延々と行っていれば、見えてくる物があった。

「わたくしは、かなりよろしくない性質だった」

身分を笠に着る、と他人から思われそうな言動をたびたび行い、他の少女を身分が下だからと線引きしていた。

その線引き以上に、少女たちの気質のすばらしさやその他諸々で、線引きすれば良かったというのに。

身分ばかりにとらわれて、お金のあるなしばかりにとらわれていた。

優しさなんてかけらもなかった、とふと思う。

本来ならば、高位貴族の令嬢は人に慈愛の心を持つべきだと言われているのに、自分は慈愛も何も持っていなかった。

他の令嬢の家の事情なんて何も考えず、平民出身の少女の事はもっと考えず、見た目だけで遠ざけていた部分が確かにあったのだ。

自分はこんなに太って醜い、と言うのに。

太って醜く、そして思いやりなんて一つも持たず、高級品を持つのがステイタスだとばかりに高価な物を求め、それがすばらしいのだと周りに無理矢理ほめさせていた。

そんな娘だから、ありもしない濡れ衣が真実だと周りに思われたのだろう。

それ故に父も、こんな所に閉じこめたのだ。

……母のように、とずっと思ってきたというのに、母と同じような姿勢を続けてきたというのに、見た目が醜ければ濡れ衣も簡単に着せられるのだ。

「わたくしだって、善悪の観念もあるし、やってはならない事だってわかるのに」

彼女ならやりかねない、と誰もが思ったのだ。

これがその結末だ、と彼女はいすの上で自分を考えていた。

「人と接する練習が出来ていたら、もっとまともな令嬢になれていたかしら」

わからない。誰もがわがままを許してくれる世界にいすぎたのだろう。

もう、普通の基準がわからなかった。

その時だ。

キィイイイイイィィイイィイィィィン……と異質な音が彼女の居室に響きわたった。

「何」

音は耳障りな響きをまとっており、そして調度品をかたかたと揺らす。

目を見開き、突如部屋の中にひろがった薄紅の雷光に息をのんでいれば。

「っ!」

彼女の上に、何かが落ちてきた。

そして。

ばきいっ!

と、とうとういすが彼女とその何かの重さに耐えきれず、壊れた。

その結果思い切りしりもちをついた彼女は、自分の上に乗っているそれを確認し、呆然とした。

「人……?」

彼女の上に落ちてきたのは、血液や体液やその他諸々、彼女がわからない物にもまみれた赤い、ずたぼろの外套を羽織った男性だった。


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