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ここのえ。々(おなじ)の漢字を間に挟む珍しい名だと、理人が言う。
「九々重は、正しくは九九重と書き、より多くの知識を重ねる、という意味を持ちます。九々重に生まれた者はまぼろし病の知識を継承し、生涯をかけて病の研究に携わることを期待されます。ただし彼らは研究者であって医者ではないので、病を治療する、というのは本来の意義にはあたりません」
物語の中の話にしか聞こえない歴史を聞かされ、国広は押し黙る他なかった。
荒唐無稽な話だと笑い飛ばしたいのに、説明のつかない自分の症状がそれを阻む。
国広に租借の時間を十分与えてから、理人が続けた。
「もとは違う家の出ですから一族のあり方は少し複雑です。それぞれの家は家守が名を守っていて、九々重に生まれた子は始め、父方の家名を姓として継ぎます。やがてその子が正式に識者として独立すると、九々重に籍を移す形で系譜に名を連ねるのです」
理人の声は、川の流れに身を委ねるように穏やかでためらいがない。
「九々重を構成する家の名は、落星、瑠上、波鳥、路河。そして、草音」
「草音?」
はっとして繰り返す。それは確か、理人が最初に名乗った名字ではなかったか。
国広の反応に、理人の光が僅かに頷くのが見えた。
「そうです。僕は九々重の末席に連なる、まぼろし病の識者だ」
風が流れる。水面を滑る冷たい風に、奏が身を縮こませていた。
「な、治るのか」
まぼろし病とやらに精通する九々重一族の末裔であると明かした理人に向かって、国広は縋るような思いで尋ねた。
「俺のこの目は、治るのか」
焦る気持ちに声がうわずる。
落ち着いた水色の光を漂わせて、理人が答えた。
「分かりません」
「分からないって……」
曖昧な答えに納得できず、国広は食い下がった。
「君はこの病気に詳しいんじゃないのか。治療法があるとか、薬があるとか、何か知っていることはないのか」
国広の問いに答えたのは、奏の光だ。
「さっき理人が、九々重の人は医者じゃないって言ったでしょう。理人は病気を治したりしません。対処法を知っているだけ」
「対処法?」
それは治療法とは違うのか。訝る国広に向かって、理人が口を開いた。
「おじさんが言う治療法とは、たとえば風邪をひいた時に薬を飲んだり、悪い所を手術で除去したり、そういう方法のことですよね」
それはそうだ。それ以外に何がある。
理人の確認に、国広ははっきりと頷きを返した。
「そうであれば奏の言うように、僕に病気は治せない」
「そんな……」
きっぱりと言いきった理人の言葉に、国広は絶句した。
では自分は、この不可解な視覚にずっと患わされて生きるしかないのか。仕事もできず、家にも帰れず、こうして世捨て人のように生きていく。誰にも知られず、やがて衰弱して死ぬまでずっと。そんな未来しか無いのか、自分には。
絶望する国広に向かって「早合点はいけません」と理人の声が言った。
「まぼろし病に治療法はありません。しかし対処法はある。対処法とは病と付き合う方法であり、症状を軽減させる方法であり、時に完治させる方法です。人によって効果に差があるし、必ずしも治癒を目指さないという点において、治療とは一線を画すものですが」
慎重の上に慎重を重ねる言い回しで、理人が国広の目の前に一縷の希望を差し出した。
「きらめき病にも対処法は存在します」
空色の光の中に励ますようなレモン色の光を内包しながら、理人が国広を見つめる。
「だからまず、僕におじさんの病の詳しい情報をください。病がどこまで進んでいるのか、僕の知っている対処法が使えるのか、検証する必要がある」




