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「こうかな」
ずいぶん近くで声が聞こえて、我に返る。
見ると国広のすぐ横で、少女が手のひらに乗せた花を川に流そうとしていた。
「もっと遠くに離さないと、その辺に引っかかっちゃうんじゃない?」
少女と国広の間に割って入るような位置から少年が少女に助言する。
腕をいっぱいに伸ばして、少女ができるだけ遠くで花をぽい、と放った。
水面に乗せられたのは、薄紫色の風鈴草だ。薄く光の膜を張った花は川の流れにもみくちゃにされたかと思うと、あっという間に国広の足下あたりに流れ着いてしまった。
「戻ってきたけど」
肩を竦める少年に、少女の声がむくれて抗議する。
「無理だよっ! これ以上腕伸びないもん」
拗ねたような少女の言葉に動じる様子も無く、少年が丁寧な仕草で花を拾い上げた。
そうしてちょっと考えるような間をおいてから、川縁ぎりぎりまで身を乗り出して、そうっと花を水に乗せる。
くるくる、とぷとぷと下流に向かう川の流れに巻き込まれながら、それでも花は再び国広の足下へと戻ってきてしまった。
「難しい」
難解な問題を前にした生徒のような声で少年が唸ると、ほらね、と少女が胸を張る。
本気で考え込み始めた少年にコツを教えようと国広が口を開きかけると、それより先に少女が声を上げた。
「そうだ、いいこと思いついた!」
言うなり少女は国広の体を回り込んで、落ちていた風鈴草を摑み取った。
「要は遠くに流せばいいんでしょ」
「えっ」
少年が思わず声を上げたのも当然で、少女はおもむろに振りかぶったかと思うと、次の瞬間、川に向かって花を力一杯投げつけたのだ。
「な、なんか扱い! 扱い酷い!」
少年の抗議も間に合わず、少女の手から離れた花が川の中ほどでぽちゃんと落ちる。
握り潰されたくしゃくしゃの花が、のんびりと川下に向かって流れて行った。
「やったぁ!」
「やったぁ、じゃないよ! 全然弔ってないよ、それ!」
満足気な少女の声に反して、全力で物申す少年の声が重なる。
ぽんぽんと交わされる会話と予想外の解決法に不意をつかれて、国広は思わず吹き出した。
「はは」
声に出すと、少年がぱっとこちらを振り仰ぐ。
ちらりと朱色の光が閃いた気がしたから、睨まれたのかもしれなかった。
「ごめんごめん」
笑った非礼を詫びて、国広は川の流れを指差すと二人に説明した。
「水の流れをよく見るんだ。どの流れに乗せたら川の真ん中に進んでいけそうか見極めるんだよ。上手に乗せられたら、この辺からでもちゃんと下流に流してやれる」
「へえ」
感嘆の声を上げたのは少年の方だ。
少女の方はといえば、きらりと金色の光を瞬かせたかと思うと、弾かれたようにもといた場所に向かって走って行った。残りの花を持って来るつもりのようだ。
「奏! 転ぶから!」
走らないで、と忠告するはずだった少年の言葉も待たずに、少女の背中が草むらに消える。
やれやれ、と大人びたため息をつく少年に「苦労性だなあ」と呟くと、今度こそはっきりと朱色の光を向けられた。