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努めて二人を見ないようにしながら、国広は自分の足下に散らかった花だけを拾い集めた。
両手になんとか収まる量で、こぼさないように胸に抱くと立ち上がる。
そこでようやく、若い声が国広を呼び止めた。
「それ、どうするんですか」
声変わりして間もないような、不安定なテノールだ。
意外に思ったのは、花を頭で切るような陰鬱な所業に反して、声が澄んでいたことだった。
一呼吸おいて、国広は若者に……たぶん少年に、答えを返した。
「花弔いをするんだよ」
口調が砕けたのは、相手が自分よりもずいぶん歳若いと察したからだ。
十代後半か、ともするともっと幼いかもしれない。
一体何がどうしてこんな所で花なんか切っているのか知らないが、関わる気もないのでさっさときびすを返す。
「花弔いってなんですか」
食い下がったのは、少女の声だった。張りがあって少し高い。
やはり十代そこそこの声に思えた。中学生か、よくて高校生くらいの組み合わせだろう。
「何をするの?」
「奏」
好奇心旺盛な少女の声が近づこうとするのを、少年の声が厳しく制した。
少年のあからさまな警戒には傷つくが、こんな所で汚れた格好の男が自分達の切った花を拾い集めていたら構えるのは当たり前だ。横にいるのが大切な存在であれば、なおさらだろう。
二人の間柄は分からないが、少なくとも少年にとって少女が庇護する対象であることは察する事ができた。
無用な敵意を向けられても困るので、国広はそれ以上説明せずにその場を離れた。
まっすぐに前を向いて歩くと、すぐに川の流れに行き当たる。国広が最初にいたすすきの群れから二人の子どもがいたあたりまでは、それほど距離が無かった。
川の縁にしゃがみ込んで、手にした花をひとつひとつ水に放す。
二人の気配に気がつかなかったのは、きっとこの水音に邪魔をされたせいだろう。
なんにしてもこうしている間にいなくなってくれるといい。
きらきらと輝く水面に目を細めながらぼんやりとそんなことを考えていると、ふいに背後から声をかけられた。
「おじさん」
まさか、と思ったのがいけなかった。
聞き間違いようも無い先程の少年の声に、国広は反射で声の方を振り返ってしまった。
一時的な集中を示す黄色の光に、探るような深い青と深い緑の光が混じって見える。
おそらく少年のものである光の塊が、ゆるゆるとその色合いを変化させながら少し離れた場所から国広を見ていた。
「花弔いって、花を川に捨てることなんですか」
澄んだ声で少年の光が問う。
その後ろで、桜色や空色、きらめく金色、明るい若草色などめまぐるしく色彩を変える少女の光が、興味津々といった様子でこちらを覗き込んでいた。
目にしてしまった人間の光を前に、しかし国広は不思議と顔を背けることを忘れていた。
あれほど光の色を識別するのを嫌ってきたのに、目の前にいる二人分の光をきれいだな、なんて思う自分に驚く。
それほどに二人のまとう光には、くすみやにごりが少なかった。
「……捨てているんじゃなくて、流しているんだ」
二つの光に圧倒されつつ、国広は答えた。
「古い習わしだと思うけど、茶席に生ける茶花なんかは、使った後にこうして川に流してやると聞いたことがあるから」
国広にそれを教えたのは、妻だった。
妻の実家は茶室があるような由緒ある家で、彼女はそこで茶道ではなく茶花を学んだのだと国広に語った事がある。
──お茶は苦くて手順も多くて好きになれなかったの。でも茶席に生けるさりげない花は、ごてごてと盛りつけるフラワーアレンジメントと違って、限られた枝数で最大限の魅力を引き立てる、とても洗練されたものに見えたのよ。
何より手数が少ないのがいいわ、といたずらっぽく笑った妻の顔を思い出して、国広は不覚にも泣きたくなった。
あんな顔を目にしたのは、一体いつが最後だったろう。