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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
きらめき病
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2

「よいしょ」


 重い腰を上げて立ち上がる。

 開けた場所では、いつ人が通りかかるか分からなくて落ち着かない。もう二度と、できれば一生、色のついた光など見たくはなかった。


 さらさらと国広を引き止めようとする川の流れに背を向ける。

 ふと、視界の端に違和感を感じて、国広は何気なくそちらに目をやった。


「ひ」


 一瞬、光の色を見分けた気がして国広は無意識に体を強ばらせた。


 人? いや違う。それにしてはあまりにも小さく、風が吹くと飛んでいってしまいそうだ。


 しばらく固まったまま遠目で観察して、その正体に気がつく。


「モクレン……?」


 樹に咲く花の名を思い出して、思わずその名を口にした。


 人間を包む光は色味が強いが、それ以外の生き物がまとう光は透明度が高かい。薄く膜を張るような光に目を凝らすと、白い花弁に筆で掃いたような赤紫の色を差した花びらが確認できた。


 間違いない。あれは更紗木蓮(さらさもくれん)だ。


 恐る恐る近づくと、国広は中腰になってモクレンの花を覗き込んだ。


 ぽってりとした花に枝葉はついておらず、枯れて落ちたという風でもない。そっと手にとってみるとまだしっかりとした手応えがあって、まるで今しがた手折ったような花だった。


 おかしい。


 不自然さに眉をひそめる。


 モクレンは春に咲く花だ。冬に向かう今の季節に落ちているなどあり得ない。


 不思議に思いながら辺りを見回すと、近くで別の花が光っているのに気がついた。

 数歩進んでかがみ込む。


 赤いゴデチア。


 やはり茎や葉はついておらず、花だけで地面に落ちていた。


 ツツジのように開いた花弁が風を受けて、ころころと地面を転がっていこうとする。

 とっさに捕まえて手の中に入れると、国広はいよいよ首を傾げた。


 ゴデチアは夏の花だ。やはりこの時期に咲くとは思えない花だし、そもそもこんな場所で自生するような花ではない。

 その気になって注意深く地面を見つめると、他にも点々と花が落ちているのを見つけた。


 ルコウ草、ロウバイ、りんごの花。


 いずれも時期に関係のない花で、枝葉はついていなかった。

 荒れ果てた河原で異彩を放つ花の光を手の中に集めながら、国広は雑草を掻き分けて進んだ。


 次々と現れる不思議な花に気を取られて、下ばかり見つめて歩を進める。


 だから気づくのに遅れたのだ。

 不自然な花が誘う先に何が潜んでいるのか。少し考えれば分かった事かもしれないのに。


 息を呑むような悲鳴が上がってようやく、国広は顔を上げた。

 強烈な光の塊が網膜を刺激して、あっと声を上げる。

 とっさに目を庇うと、弾みで手の中から花がこぼれた。


 瞼の裏に焼き付いた光は、二つ。

 いずれも人形をしていて、一つの光がもう一つの光を素早く背中に隠すような残像だった。


 そうだ。枝葉の無い不自然な花が落ちているなど、人の手が介在した可能性が一番高い。

 思いついてしまえばあたり前の事に、どうして考えが及ばなかったのか。


 両目を塞いだ状態で立っているのが不安で、国広はその場に膝をついた。

 しばしそのまま相手の出方を窺う。

 しかし対面する二人もまた、固まったまま動けずにいるようだった。


「……あのう」


 膠着した状態に痺れを切らして、国広は二人に向かって声をかけた。


「あのう、申しわけないのですが……俺はちょっと……事情があって動きが取れないので、そちらから立ち退いていただけると助かるのですが」


 何ともあやふやな懇願に、我ながら苦笑する。

 頭のおかしい人間だと思われただろうか。

 それでもこの場から立ち去ってくれるなら、安いものだと国広は思った。


「……」


 反応のない空間に、おや、と思う。

 人が立ち去った物音は聞こえなかったが、二人の気配も乏しかった。


 もしや自分が気づかなかっただけで、二人はすでにこの場から立ち去ったのかもしれない。


 希望を抱いて、国広は目を塞いでいた両手をそっと外してみた。

 念のため俯いたまま開いた瞳が、まず、足下に散らばった花々を捉える。


 国広の手からこぼれた分の花で、どれも見覚えがあった。

 踏んだり、握りつぶしたりしていないことを確認して、ほっと息をつく。


 どさくさにまぎれて潰してしまっては、花が気の毒だ。


 それから、そろそろと地面を這うように視線を動かす。二人のいたあたりに目をやると、驚くべきことに、ここまで拾ってきた花の何倍もの花が一カ所に集まって落ちていた。

 あの二人の仕業だろうか。


「頭だけ切り取って捨てるなんて、かわいそうなことするなぁ」


 ぽつりと呟くと、花の中で光が動いた。

 人の足だと気づいて、失望する。どうやら二人は、まだその場に留まっていたらしい。


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