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まぼろし病と患者達  作者: 風島ゆう
きらめき病
15/82

15

 母が春汰を国広に押し付ける。促されるまま、国広は春汰を腕に抱いた。


 思ったよりずっしりと重くて柔らかい。

 どこか甘い匂いがして、ぽかぽかと温かかった。


 居心地が悪いのか、それとも知らない腕に人見知りをしたのか、春汰は短く呻いた後、途端に火がついたように泣き出してしまった。


「春汰。パパよ。泣かないで」


 泣き叫ぶ春汰を、やはり泣き出しそうな声で一香が懸命にあやそうとする。

 感動の対面とならなかった現実に、再び国広の心が離れてしまうのではと恐れたのだろう。


 焦る一香に反して、国広は春汰に見入っていた。


 体を強ばらせて泣く春汰は、全身から強い光を放っている。

 太陽に近い眩しさで、僅かに黄色と若草色が差していた。光の中では更に光が瞬いて、ダイヤモンドダストに似たきらめきがとても美しかった。


 命がほとばしるようだ、と国広は思った。


 こんなにも力強く、こんなにも心を掴まれるものなのか。

 その輝きの前にひれ伏すような感動を得て、国広は身じろぐ春汰をしっかりと抱いた。


「元気だなぁ」


 呟いた言葉は、うまく声にならなかった。

 自然と涙が迫り上がって、あっという間に瞼から落ちる。

 わあわあと声を上げて泣く春汰の光の中に、いくつもいくつも涙が吸い込まれていった。


 本当だ。自分はちゃんと、春汰を愛している。こんなにも温かく、こんなにも確かな思いが全身を巡っている。あれこれ考えず、もっと早くに抱き上げてしまえば良かったのだ。


 一香の細い腕が、俯いた国広を春汰ごと抱きしめる。

 温度の違う二つのぬくもりを感じながら、国広はみっともなく声を上げて泣いた。


 ああなんて可愛い。なんて、愛しい。


 後悔と安堵に満たされながら、国広はしばし咽び泣いた。


 ふいに、腕の中の春汰が身を捩った。

 いつのまにか泣いているのは国広ばかりで、春汰の泣き声は聞こえない。


 あー、とか、うー、とかいう春汰に目をやると、つるりとしたおでこに一香に似た瞳がこちらを見上げていた。

 はっとして、一香を見る。


 少し白すぎる肌色に、小さな鼻と黒めがちな瞳。疲れた表情をした一香が、それでも記憶の中の彼女と同じ美しい姿で国広の目に映り込んだ。

 辺りを見回すと、草も木も、鳥も光をまとってはいない。側に佇む母の顔も、しっかりと認識できた。


「どうして……」


 光をまとっていた春汰は対処法には関係のない相手のはずだった。

 あの瞬間、国広は病気と生きていく覚悟をしたのだ。


 変化が起きる前のことを思い返しても、光っていない人物を見た記憶は無かった。

 一香も、母も、自分以外のものは同じようにきらめきとともにあって……。


「あ」


 唐突に答えに辿り着いて、国広は小さく声を上げた。


 光をまとっていなかったのは自分自身だ。

本当に知りたかったのは自分の気持ちだったのだ。


 最初からずっと提示されていた手がかりにようやく気がついて、国広は脱力するような思いで納得した。


 家に入りましょう、と一香が促す。覚悟しなさいよ、と母が呟いた。

 苦笑しながら玄関に入る一瞬、振り返った視界の端で、国広は路地の角を曲がる二人の子どもを見つけた気がした。


 黒いマウンテンパーカーの後ろ姿に、濃紺のセーラー服。

 すぐに消えてしまった二人の足下には、カキツバタの花が一つ、落ちていた。



                           <桐生国広/キラメキ病 完治ス>



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