15
母が春汰を国広に押し付ける。促されるまま、国広は春汰を腕に抱いた。
思ったよりずっしりと重くて柔らかい。
どこか甘い匂いがして、ぽかぽかと温かかった。
居心地が悪いのか、それとも知らない腕に人見知りをしたのか、春汰は短く呻いた後、途端に火がついたように泣き出してしまった。
「春汰。パパよ。泣かないで」
泣き叫ぶ春汰を、やはり泣き出しそうな声で一香が懸命にあやそうとする。
感動の対面とならなかった現実に、再び国広の心が離れてしまうのではと恐れたのだろう。
焦る一香に反して、国広は春汰に見入っていた。
体を強ばらせて泣く春汰は、全身から強い光を放っている。
太陽に近い眩しさで、僅かに黄色と若草色が差していた。光の中では更に光が瞬いて、ダイヤモンドダストに似たきらめきがとても美しかった。
命がほとばしるようだ、と国広は思った。
こんなにも力強く、こんなにも心を掴まれるものなのか。
その輝きの前にひれ伏すような感動を得て、国広は身じろぐ春汰をしっかりと抱いた。
「元気だなぁ」
呟いた言葉は、うまく声にならなかった。
自然と涙が迫り上がって、あっという間に瞼から落ちる。
わあわあと声を上げて泣く春汰の光の中に、いくつもいくつも涙が吸い込まれていった。
本当だ。自分はちゃんと、春汰を愛している。こんなにも温かく、こんなにも確かな思いが全身を巡っている。あれこれ考えず、もっと早くに抱き上げてしまえば良かったのだ。
一香の細い腕が、俯いた国広を春汰ごと抱きしめる。
温度の違う二つのぬくもりを感じながら、国広はみっともなく声を上げて泣いた。
ああなんて可愛い。なんて、愛しい。
後悔と安堵に満たされながら、国広はしばし咽び泣いた。
ふいに、腕の中の春汰が身を捩った。
いつのまにか泣いているのは国広ばかりで、春汰の泣き声は聞こえない。
あー、とか、うー、とかいう春汰に目をやると、つるりとしたおでこに一香に似た瞳がこちらを見上げていた。
はっとして、一香を見る。
少し白すぎる肌色に、小さな鼻と黒めがちな瞳。疲れた表情をした一香が、それでも記憶の中の彼女と同じ美しい姿で国広の目に映り込んだ。
辺りを見回すと、草も木も、鳥も光をまとってはいない。側に佇む母の顔も、しっかりと認識できた。
「どうして……」
光をまとっていた春汰は対処法には関係のない相手のはずだった。
あの瞬間、国広は病気と生きていく覚悟をしたのだ。
変化が起きる前のことを思い返しても、光っていない人物を見た記憶は無かった。
一香も、母も、自分以外のものは同じようにきらめきとともにあって……。
「あ」
唐突に答えに辿り着いて、国広は小さく声を上げた。
光をまとっていなかったのは自分自身だ。
本当に知りたかったのは自分の気持ちだったのだ。
最初からずっと提示されていた手がかりにようやく気がついて、国広は脱力するような思いで納得した。
家に入りましょう、と一香が促す。覚悟しなさいよ、と母が呟いた。
苦笑しながら玄関に入る一瞬、振り返った視界の端で、国広は路地の角を曲がる二人の子どもを見つけた気がした。
黒いマウンテンパーカーの後ろ姿に、濃紺のセーラー服。
すぐに消えてしまった二人の足下には、カキツバタの花が一つ、落ちていた。
<桐生国広/キラメキ病 完治ス>