13
ふと、隣にいる理人が気になって、国広は視線を向けた。
本来なら一番に反応しそうな理人が、何も言わないことに違和感を覚えたのだ。
深く考えるような青と緑の光をまとう理人が、こちらに気づいて首を傾げる。
「すみません。考え事を」
謝る理人は、それでもどこか上の空だ。短い沈黙の後、理人が躊躇いがちに国広に尋ねた。
「おじさんは、春汰くんの光を見ましたか」
「いや」
理人の問いを怪訝に思いつつも、国広は正直に答えた。
「春汰が産まれてから、俺はそれまで以上に家族を避けたから……見ていない、と思う」
「それは、春汰くんそのものを見ていない、ということですか」
「そうだ」
うむ、と再び理人が考え込む。
煮え切らない理人に焦れた様子で、奏が声を上げた。
「何よ。何が気になるの。一人で考えてないでちゃんと説明して」
「あ。ごめん」
ちょっと肩をすくめてから、理人が白状する。
「もし本当に春汰くんが対処法に関わる人物なら、ちょっと面倒だなと思って」
「面倒って、どうして」
瞬発力のある奏の反応は国広より早い。
奏の問いに逡巡するような間を開けてから、理人が国広に向かって言った。
「相手を探す妨げになると思って黙っていたのですが、実は、きらめき病の対処法に関わる人物には、光が見えません」
「え」
「どういうこと」
今度は同時に声を上げた。
国広と奏の反応を確かめてから、理人が続ける。
「すみません。最初から光が見えない、と言ったらきっとおじさんは見た目に頼って相手を捜すと思ったんです」
「それじゃだめなの?」
奏に向かって、理人が首を振る。
「人の記憶は思っている以上に曖昧だ。最初から視覚の記憶に頼って考えていたら、見えていたはず、見えなかったはずという思いこみが邪魔をして、本当に向き合いたい人を見逃す可能性がある」
理人の言いたいことは、国広にはなんとなく理解できた。
あえて情報を伏せることで、理人は国広に自分自身の内面を探らせたのだ。そうして後から光の有無を尋ねて、確証を得ようとしたのだろう。
納得した国広の前で、奏が気配を硬直させた。
「待って。光が見えないってことは……おじさんは春汰くんの思いをどうやって知ったらいいの」
奏の問いに、理人は答えなかった。答えられなかったのだ。
「そうか。春汰はまだ喋れないから……」
二人が気づいた事態の深刻さを理解して、国広は愕然とした。
本音も何も、幼い赤ん坊がそれを説明することなんてできない。光をまとっていないなら、見て察することもできない。春汰の思いを知る術は無いのだ。
理人が慎重に言葉を選んで、国広を励まそうとした。
「おじさんは春汰くんそのものを見ていないと言っていたから、他に該当者がいる可能性も残っています。万が一本当に春汰くんであったとしても、彼が大きくなって、言葉を喋るようになったら……あるいは」
それまでの数年、光とともに生きる未来を滲ませて理人が言葉を切った。
川縁に沈黙が落ちる。
さらさらと水の流れる音がする。さあさあ、とすすきの揺れる音も聞こえた。
目に映る水面のきらめきを眺めながら、国広は不思議と心が落ち着いていくのを感じていた。
「家に帰るよ」
思いの他するりと言葉が口をついて、驚く。
つい今朝の段階では、もう二度と戻ることはないと思っていたのに。
心境の変化に戸惑いつつも、国広はその変化を嫌だとは思わなかった。
「対処法に関わる人は、春汰くんじゃないかもしれませんよ」
理人の言葉に、国広は少し笑った。
「春汰だよ」
それは確信だった。春汰以上に、思いを知りたいと思う人がいるとは思えない。
国広の決心を理解した上で、それでも理人が忠告を重ねる。
「春汰くんに会っても、きらめき病は治らないかもしれません」
「いいんだ」
首を振って、国広は二つの光を交互に見つめた。
澄んだ青に、紫の色が輝いている。なんて綺麗なんだろう。
「勝手に出て行って、勝手に戻って。一香は俺を家に入れないかもしれない。春汰にも会わせないかもしれない。俺は病気が治らなくて、仕事にも復帰できなくて……。それでもいいんだ」
家族の形は、手探りで見つけるしかないと言った理人の言葉を思い出す。
「もう何もかも遅いかもしれないけど、一度くらい、家族とちゃんと向き合いたいんだ」
言ってみてから、少し違うなと首を傾げる。違和感に従って、国広は言葉を修正した。
「いや、そうじゃない。ただ、会いたいんだ」
だから帰るよ、と言うと、奏が背中を向けて僅かに肩を震わせた。