コバロス、またの名を”ゴブリン”
「・・・こ、ここから北に数キロ行くと、大学の農業研究所があります」
「畑か」
「はい! 時期にも依りますが、何か手に入る可能性は・・・」
「いいだろう。俺たちが何者か、教えてやるから案内しろ!」
「か、畏まり・・・・。 ・・・・・・・・しめしめ」
う、上手く掛かりました! 同じ大学の構内とは言え、農業研究所へ行くには人通りも交通量も多い大きな道路を跨がなくてはなりません。
それに、学内をこんな巨大なトカゲもどきがのしのし歩いているんです。そのうち誰かに見付かって、通報されてしまう事でしょう。
ざまぁみそ漬け! ここは暫くの間、せいぜい愛想良く振舞っておく事にします。
ザクザクと茂みの中へ分け入る私たち一行。彼らのうちの1人・・・例の短弓を持っていた人物が、矢尻を私に向けたまま、おもむろに話し始めました。
「俺たちは、コバロスだ」
「・・・コバロス?」
「知らねぇのか」
「ご、ごめんなさい・・・」
「フン、じゃあ人間やエルフどもが勝手に使ってる呼び名なら知ってるな?」
彼は少し苦々しそうな表情を浮かべて(いるように見えた)言った。
「”ゴブリン”だ」
「えっ、ゴ・・・ゴブリン?」
「なんだお前! そっちも知らねぇってか!?」
「い、いいぃぃいいいええええ名前だけは!!!」
「フン!」
あ、あれ? ゴブリンと言えば、大抵の物語では意志疎通すら不可能な、未開の野蛮な連中として描かれていたような。それに、皮膚の色も緑と相場が決まっているのに?
っていうか、今更感が半端ないですが・・・。
「これって、何かの撮影!? それとも・・・ドッキリ!?」
「あん?」
「す、すみません何でもないです・・・」
「ゴチャゴチャうるせぇと弓術の的にすんぞ」
「はひぃ」
・・・もしかすると、どこかのテレビ局の企画なのかも知れません。
つまり、どこかにカメラクルーが潜んでいて、周囲には隠しカメラがたくさん配備されていて、数日経ったら私の狼狽ぶりがお笑いのダシとして全国でテレビに映ってしまうかも知れないのです!
もしそうなったら、私は恥ずかしさの余り死んでしまうでしょう・・・。
ただ、それにしては彼らの風貌もあのトカゲもどきも、妙にリアルで凄味があります。どうにも、特殊メイクや特撮どころとは思えませんでした。
彼らは一体、何者なのか。よく分かりませんので、とりあえず様子見です。
「俺たちコバロスはな。貴様らみたいな、生温い都市で暮らしてる軟弱者どもより、ずっと逞しく生きてんだぜ」
「は、はぁ・・・」
ところで、私が素直に彼らに従っている事に安心したのか、向こうは少し気が緩んで来たようです。武器を真っ直ぐこちらに向けていません。むしろ、私たちの周囲を警戒しているみたい。
もしかすると、隙を突いて逃げられるのでは?
急に光明が見えて来ました。会話を長引かせるため、無理にでも話し掛ける事にしましょう。
<参考文献>
ファンタジー作品定番のザコモンスターとして、スライムに肩を並べる存在がゴブリンである。広く西ヨーロッパ全域で知られるクリーチャーで、語源についてはドイツ語圏の小鬼「Gobel」とも、ギリシャ語で子供、あるいは妖精を意味する「Kobalos」だとも言われている。(森瀬繚『ファンタジー資料集成 幻獣&武装事典』、東京:株式会社 三才ブックス、2016、34頁)