竜魔王
「竜魔王?」
「ただでさえ邪悪な竜どもを統べる、極めつけに凶悪な竜族の親玉だ。私は他の何人かと共に駆除隊を組んで、人々の暮らしを脅かす鬼形や竜どもを退治していたのだが・・・」
そう言って、ヒルダは渋い顔をしました。
「やはり私は、あいつに焼き殺されたというのか」
「えっ!?」
「許さんぞ・・・諸悪の太極め」
彼女はたどたどしくも、これまでの経緯を話してくれました。
「ようやくお出ましか竜魔王! エルナン族の戦乙女ヒルダ、ここに見参ッ!!!」
往年の風雨で色が褪せ、朽ちて所々が崩落した大理石造りの神殿。そこに巣食うは小鬼に半豚人、多種多様な竜族・・・。
かつて栄華を極めた壮麗な文明の遺物は、今や廃墟となって消え去るどころか、まつろわぬ者どもの一大拠点となっていた。
しかしそれも、ヒルダたち精強な冒険者の駆除隊によって掃討されようとしている。
唯一かつ最大の問題は、彼女たちの目の前に姿を現した1頭の巨竜であった。
「貴様の悪行は枚挙に暇がない! 我ら汎人類に対する、竜共を駆使した多岐に渡る攻勢を指導! 貴様ら竜族以外の邪悪な魔物共をも唆し、彼らを裏から支援した! 自らの保身のために世界を恐怖と混沌に陥れ、数多の冒険者たちの命を奪った! 我が父も含めてだ!!!」
「・・・・・・・・」
在りし日には輝かんばかりであっただろう銀の鱗は、長い歳月を経るうちに光沢が失われ、かろうじて鈍い白の輝きを残している。
長大な形貌は蛇にも似ていて、巨体に似合わぬ細腕で頭部をもたげつつ、それより後ろはとぐろを巻いている。ギラギラした眼光は鋼鉄の鎧さえ貫くほど鋭く、冒険者たちの血の色に染まった牙は先ほどからずっと剥き出しのままだ。
しかし、巨竜は何も語らない。構わずヒルダは啖呵を切り続ける。
「貴様など、もはや命乞いをするにも時既に遅し! 観念せよ、竜魔王ッ!」
「・・・・・・・」
巨竜は黙ったままだ。じっと目の前のエルフの少女を睨み付けたまま、ほとんど微動だにしない。
「・・・何とか言ったらどうだ! それとも恐怖のあまり、言葉さえ出ないのか!? デカい蛇めが!!!」
流石に痺れを切らしたヒルダが苛立ちを隠し切れずに叫ぶ。すると巨竜は、「・・・フゥ」と溜め息を漏らした。
「お前たちは、この世界と宇宙と、そしてそれらを支配する理の。一体、何を知っているというのか」
「「「うッ・・・・」」」
ようやく言葉を口にし始めた巨竜。その話しぶりから否応なしに伝わって来る凄まじい貫禄と存在感に、歴戦の猛者たちですら思わず後込みした。
「最近・・・とは言っても、ここ一万年や二万年の話だが。朕は物忘れが酷くてな。太古の竜の時代から、幾千万年を生き抜いてきたのかも思い出せぬ。しかし、お前の父なら昨日の事のように覚えているぞ」
「!?」
「ちょうど、今のお前のような青二才であった。この世界、この宇宙の理を何一つ知らん癖に、気だけは食人鬼のように大きかったな!」
「き、さまッ・・・!」
少女を巨竜が嘲笑う。口角もほんの少しだけ上向きに歪んでいるようだ。
「奴もお前も変わらぬな。真の理を知らぬ者が、2つの世界の緩衝を司る朕を殺せるとでも思うたか! 親子揃って愚か者め!」
「くッ・・・・」
ヒルダは歯軋りをしながら、憎しみを込めて巨竜の目を睨み付けた。もう既に、感情をコントロールできるような状態ではなかった。
「2つの世界・・・と言ったか?」「緩衝だって? あいつ何を言ってるんだ?」
他の冒険者たちが訝しげに顔を見合せる中、ヒルダだけは前傾姿勢を取った。淡い紅色に輝く大剣を不倶戴天の敵に向けて構え、下半身に力を込めて、今まさに地を蹴って走り出そうとしている。
「戯言を・・・もういい、参る!!!」
「何ですって!?」「ちょっ・・・」
しかし、マリアム教の司祭と土着諸宗の呪術師の少女が彼女の両肩を掴んだ。2人とも、深刻な表情でヒルダを止めようとしている。
「ヒルダ殿! 現状の我々では些か分が悪いのは否めません。お控えなさい!」
「駄目だよヒルダ! あんなのマトモに相手してたら死んじゃうヨ!」
だが・・・冷静な分析も悲痛な叫びも、闘志に燃える戦乙女を抑える事など出来る筈もなかった。
「黙れッ! 亡き父を侮辱された挙げ句、おめおめと引き返せるか!」
「あ、待っテ・・・!」
彼らの制止を振り切り、ヒルダが駆け出す。
「行くぞ竜魔王! 覚悟ッ!!!」
「良かろう! お前も父と同じ目に遭わせてやる。2つの宇宙と、その全てを司る真の理を、身をもって知るが良い!!!」
勝算はなかった。これといって秘策もなかった。ただ、怒りに任せて前へ前へと突き進む・・・それはまるで、今日までの彼女の人生を、そのままなぞっているかのようだった。
「はあぁあぁぁぁああぁあぁあぁああッッッ!!!!!!!」
「・・・・・・・・・フゥー」
今まさに灼熱の息吹を浴びせんと身構える巨竜に向かって、エルフの戦乙女は決死の突撃を敢行した。