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第2話 乾いた大地に降らす恵みの雨(後編)

 茅葺きに覆われた庄屋の家は、板の間の他に畳敷きの部屋を持つほどの広さを持っている。水龍は土間から板の間へ上がると、柔和な表情の少し老いた女が座りながら腹掛け1枚の幼い男の子2人を抱いていた。


「唐突にすいません。しばらくここにいてもよろしいでしょうか」


 水龍の声に、囲炉裏のそばにいる女がすぐに反応した。


「もしや、お前さんがこの村に恵みの雨を降らせてくれるとは……」

「おばあさん、何もここで涙を流さなくても……」

「雨が降ってくれるのがうれしくて、思わず涙が出てしまったの」


 うれし涙を拭った老いた女は、そばへやってきた水龍と顔を合わせた。庄屋のほうも、出入口の障子を閉めると土間から板の前へ上がってきた。


「とうちゃ! とうちゃ!」


 双子の男の子は、おばあさんが抱いていた手から離れて水龍の元へ駆け寄った。かわいい顔つきの幼児2人に、水龍は戸惑うばかりである。


 そんな様子をよそに、男の子2人は無邪気な表情で水龍にへばりついたまま離れようとはしない。


「どうしてこんなところに子供が……」


 水龍が口にしたその言葉に、庄屋は少し沈黙してから重い口を開けた。


「あの子たちは、父親も母親もこの世にいなくて……。うっ、ううううっ……」


 庄屋は子供のことを思うがために、感情が抑えられずに顔を両手で押さえるように泣き出した。


「父さんも母さんもいないということか」

「母親は2人の子供を産んだときに亡くなってしまってなあ……。そして、父親は……」


 村の住人を把握している庄屋は、双子の子供の父親だった男について再び口を開いた。


「その男は働き者で、双子の子供を育てようと農作業に勤しもうと一生懸命だったが……。そんな彼が肺の病で床に臥せるようになったのは、今から1年前のことだ。そして、子供たちが泣きながらわしを呼ぶので行ってみたら、激しいせきが次々と襲い掛かった挙句に息を引き取った男の臥せた姿が……」


 肺病のために若くして息絶えた父親の姿に、庄屋は涙をこらえることができなかった。身寄りのない幼い双子をここで預かっているのも、庄屋が2人の成長を自分たちで見守ろうという思いがある。


 しばらくすると、水龍は雨の様子が気になって土間へ下りてから出入口の障子を開けた。雨に濡れるのも気にすることなく田んぼのそばへ進むと、溜め池の方向を見ながら何かを確かめている。


「このまま夜中まで降れば、池のほうも十分な量の水が溜められそうだ」


 激しい雨が打ちつける中、水龍は前に出した右手を左手で軽く握りながら目を閉じた。


夜雲水恵やうんすいけい! 過空降仇かくうこうきゅう! 強散水弱きょうさんすいじゃく! 滴田豊実てきでんほうじつ! 夜明晴空やみょうせいくう!」


 同じ言葉を何度も繰り返し唱える水龍に、庄屋は軒下から大きな声を掛けた。


「お~い! 早く戻らないと! 着物がびしょぬれになっているぞ」


 その一声を聞いた水龍は、庄屋の待つ家のほうへ向かって静かに足を進めた。水龍によって降らせた大量の雨は、真夜中の暗闇に包まれるにつれて次第に弱まってきた。


 次の日の夜明け前には、長い時間降り続いた雨がすっかりと止むこととなった。東の空からは、雨が降り終わるのを待っていたかのように太陽が少しずつ昇り始めている。


 その日の朝、庄屋の家で一夜を明かした水龍はふんどし姿のままで布団から出てきた。板の間には、昨日の大雨に打たれてびしょぬれとなった水龍の着物が所狭しと干されています。


「乾くには、まだ時間がかかりそうだ」

「雨もやんだことだし、そのうち乾くから」


 先に起きていた庄屋の一言に、水龍は板の間でしばらく待つことにした。そんな水龍の耳元に入ってきたのは、かわいい子供の声である。


「えへへ、とうちゃ」


 相変わらず父親の顔と勘違いしている双子の男の子だが、水龍は2人の腹掛けが気になって仕方がない。


「あっ! もしかして、おねしょしちゃったの?」

「えへへ……。ごめんなさい」


 2人の男の子が水龍の前へきたのは、布団におねしょをやってしまったからである。まだ小さい子供だけに、布団に大失敗するのは仕方がないことである。


「太陽に照らされた下で干せば、早く乾くから」


 ふんどし姿の水龍は、家の前にある物干しに幼い男の子の布団2枚を広げて干している。その布団には、おねしょで描いた大きな地図が浮かび上がっていることが分かる。


 そばにやってきた男の子2人は、腹掛けを抑えながら照れた顔つきを見せている。


「そんなことで気にしなくても大丈夫! いずれ治るものだから」


 水龍からの励ましを受けて、幼い子供たちはかわいい笑顔でうなずいていた。


 そんな小さな男の子たちの出会いも、そろそろ終わりの時間が迫ってきた。着物に再び身を包んだ水龍は、別れの言葉を伝えるべく庄屋と顔を合わせた。


「水龍様、もうお帰りになるとは……」

「水不足になっているのはここだけではありませんので」


 自分を待っているところへ向かおうと水龍は足を踏み出そうとすると、小さい男の子2人が駆け寄ってしがみついてきた。


「とうちゃ、行っちゃダメ!」「いっちょにいよう」


 子供たちは、まだ亡き父親と水龍の区別がまだつかないようである。困った表情の水龍は、双子の男の子にある約束をすることを決めた。


「それなら、来年ここへ必ず戻ってくるから」

「ちゃんときてくれる?」「きてくれる?」

「ああ、約束はきちんと守るからな」


 水龍が男の子たちと約束を交わすと、庄屋がそばへ寄ってきた。


「ここにはあまりお金はないけど、ほんの謝礼ということで」


 庄屋が水龍に差し出したのは、農村では貴重な金1両である。相手の手元にある銭は、恵みの雨をもたらした水龍への好意と言えよう。


「庄屋さんの気持ちは受け止めますが、この銭は村のために使ってください」


 庄屋は、小判の受け取りをやんわりと断った水龍の村人たちへのやさしさに思わず涙をこらえることができなかった。


「それでは、またお会いしましょう」


 水龍がそう言い残して村を後にすると、村の農民たちが恩人への感謝の気持ちを表そうと頭を下げている。小さい男の子たちも、腹掛け姿ではしゃぎながら水龍の後ろ姿が見えなるまで手を振り続けた。


 再び山の中へ入った水龍は、自分を必要としている人たちのためにも歩みを止めることなく進み続けている。

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