南高北低・5
南高北低・5
ハーヴェスト・ツインズの演奏料は一万五千円に社長の上乗せで二万円。それから客のチップで計二万四千円だった。
俺と緋堂は大成功の宮崎を後にして、小倉へ向かった。大分を迂回したのは、知り合いからの情報で、ヤクザからの締め付けが多いと聞いたからだ。つい一週間前のネタでもあり、先方が俺の営業方法をよく理解してくれているのを分かった上での判断だった。
小倉ではモノレールの通る鴎外通りという小路が飲み屋のメッカだと聞き、潰れた店の前を軒先に演奏させてもらった。緋堂は相変わらず怖いもの知らずで、駅前にたむろするヤンキーに囲まれながら駅の近くで活動していた。
しかしその後、お互いに稼ぎが振るわないことが分かり、宮崎での稼ぎを減らさないうちに福岡へとバスで移動した。
博多では明暗がくっきりと別れ、作品のストック数で勝負する緋堂には出張客の多い博多は分が悪く、それならいっそ本州へと移動しようということになった。
山口を後回しにして、山陰に馴染みの深い俺が押したのが島根県の出雲で、そこでは緋堂の客数の方が逆転していた。俺の場合は『お兄ちゃん、久しぶり』といったリピーターが多く、稼ぎは日に三千円入ればいい方だった。ただ、イベントで世話になった郵便局の局長さんが五千円入れてくれたり、何度か顔を出した店の常連さんがそのまま店に招いてくれ、そこでは緋堂も世話になった。出雲弁のイントネーションが気に入ったという緋堂は、その辺の酔ったお客さんからレクチャーを受けていたりもした。
ネットカフェの遠い出雲でそれでもなんとかやっていけたのは、宿代を折半出来る相手がいたことが大きかったろう。俺一人では物珍しさの勝つ一週間がギリギリだったはずだ。
天候に荒れも多かったが十一月をそういう感じで過ごし、冬も本番間近の十二月に入ると、俺はお隣鳥取の米子市を目指すことに決めた。米子は出雲から千円ほどで移動出来るうえに安いホテルが駅前に多いのが特徴だ。シングル一泊二千八百円で夕食朝食付き、という宿もあるくらいだった。
それこそベッドだけのような狭いシングルでも、昼間の描きものが出来ると緋堂はそれをありがたがった。俺は俺で隣にいる緋堂へいつでも連絡が取れたし、入り口のドアは一枚で部屋は二室、という変則的な部屋でも快適だった。
そんな米子の初日。
「ミツキ、クリスマスはどうする?」
どうもこうも、世間のイベントに流されている場合ではないと答えると、
「そうじゃなくてさ、ミツキに何かしてあげたいの」
らしくない、と切り捨てるには申し訳ない気持ちを、それでも俺は、
「この旅が続けられるまで一緒にいて欲しいよ」
と包み隠さず伝えた。そこにはもちろん、別れへの覚悟はあると示した上でだ。緋堂はそれから黙り通して何も答えなかったが、いつか来る別れを想定していないとお互いに辛くなるだけだ。
正直なところ、問題はクリスマスより年末年始だった。人出のない夜の街で稼ごうと思えば、その可能性は絶望的でもあった。
「出雲大社って、賑わうんじゃないの?」
路上正月初体験の緋堂は探るような視線でそう言った。が、
「あそこは格式がハンパじゃないから、そういうのは無理だと思うぞ」
そんな話をしながら米子の街へ出ると、街はすっかり冬の装いで、それを気付かせてくれるのはダウンを着込んだ黒服の呼び込みだ。一晩中風に晒される彼らは、寒さにいち早く反応している。
「ここだったら二人でもいけると思うんだけど」
俺が案内したのは朝日町通りという米子随一の歓楽街で、その曲がりくねった道路は独特だった。
「ここが、ミツキの言ってた恩人さんのいた街?」
「ああ」
俺が広島で路上を始めて一年後、初めて他の県へ唄いに出たのが米子だ。きっかけはほんの些細なことで、広島で知り合ったミュージシャンからの言伝を持って来ていたのだ。それ以来腐れ縁になる大橋キョウジの伝言だった。世話になった店に『元気でいる』とだけ伝えたかったらしい。そんな米子に個人的なつてが出来たのはその一年後だ。
――「ミツキちゃん! そろそろ上がって飲もうや!」
顔を出す度、いつもそう言ってくれてたのは竹田さんという男性で、竹さんはこっちが稼いでいようといまいと気にせず、あちこちの店へいつも連れて行ってくれた。根っからがギタリストの竹さんは店内に小さなマーシャルアンプとフェンダーのストラトを常備しており、俺にカラオケを唄わせると、嬉しそうにギターを弾いていた。
とにかく米子で知らない店はなく、竹さんを知らない店もまたなかった。沢田研二の『勝手にしやがれ』が好きで、いつもその顔に優しそうな笑みが絶えなかった。笑顔がその顔に彫り込まれているような、そんな人だった。
そんな竹さんが亡くなって一年が経つ。それを教えてくれたスナック優香さんが、この朝日町ビルにあるのだ。
「俺、とりあえず挨拶してくるから」
緋堂が何か言いかけたが、俺はそのまま一階の角にある優香さんを訪ねた。
「あらあ、ミツキ君。久しぶり」
ノーゲストのカウンターでお絞りを巻いていたママが、驚きと共に俺へ笑いかけてくれた。
「不義理してます」
「ううん、全然。元気そうでよかったわ」
「で、急なんですけど、今回は連れがいまして」
「あら、お仲間増えたの?」
「仲間は仲間なんですけど、絵描きなんです」
「あら、アーティスト?」
その響きが苦手で使わなかった言葉を、六十前の、しかし童女のようなママが口にする。俺がこの店に通うようになったのも、ママの自由奔放な笑顔にある。どんな街にもあることだが、米子ほど人の心をピンポイントで突く街も珍しい。あのキョウジは、この街にどんな痛手があるのだろうか。もちろん、大事故の件だろう。
「とにかく、これからひと月くらいはまたお世話になりますんで。よろしくお願いします」
「うん。じゃあ稼いできて。今日は一杯くらい奢るから。あ、お連れさんもね」
優香ママに別れを告げると、本番の開始だ。緋堂はすっかり準備が整っている。
「ミツキ、何か長かったね」
「まあ、久しぶりだったからね。ただ、積もる話は後だ」
朝日町ビルには大きな丸い植え込みがあり、その周囲に人が集う。タバコ屋があるのも手伝い、ビル以外の来客も多かった。
「どうだ。この場所でいけそうか」
ギターを出しながら訊ねると、緋堂は小さく頷いて答えた。
「通る人たち見てたけど、大丈夫な気がする」
「そうか。じゃあ、始めるかな」
一年振りの米子、初めての米子、それぞれの思惑を乗せて米子での路上は始まった。
「お疲れ様あ」
ママの柔らかい声がお絞りを差し出す。
「こちらもミツキちゃんなのね」
緋堂へお絞りを手渡すママが、楽しそうに笑顔を見せる。月曜と言うこともあり、客は他にいない。カウンター端には一人客がいた痕跡もあり、ノーゲス、という訳ではなさそうだ。
「ミツキ君ビール?」
「はい、お願いします。それと――」
「日本酒、熱燗でお願い出来ますか?」
緋堂がそれに続く。
「出来るわよお。でも、珍しいわね。若い女の子が」
言いつつ徳利をレンジへ運んだママは、お通しを用意する。そしてビールを取り出してグラスを置く。そこでレンジが音を立てる。さすが無駄のない動きだと感心していると酒が出揃った。
「はい、ミツキちゃんもお疲れ様」
「あ、恐縮です」
酒を注いでもらうのが苦手な緋堂は、文字通り恐縮しながら杯へ酒を受けた。
米子初日はさすがに経験豊富な俺に軍配が上がり、内訳は俺が五千二百円に緋堂がポストカード三枚の千二百円だった。合わせ技で宿代は出た。
それを気にしているのか、緋堂の酒が進まない。
「先は長いんだし、ゆっくり対策しようや」
「うん、大丈夫。落ち込んでる訳じゃないんだ。この街ではどんな絵が描けるか楽しみで」
そうか、と俺は杞憂に終わった言葉を流すために緋堂と乾杯した。
「それで、ミツキちゃんはどんな絵を描くの?」
ママの言葉に、え? と首を傾げた緋堂へ、
「おい、見せてやれよ」
「あ、そうか」
と言うと緋堂はカウンターの椅子を下りてキャリーをゴソゴソやっていた。
「こういうのなんですけど」
緋堂が出してきたのはポストカード二枚とA4サイズのパネル一枚だ。
すると優香ママは、
「あら、あらあら、可愛いじゃない」
俺の見当でもきっとママの気に入ると思っていたので、ママが黙っていたら俺が緋堂へ促したはずだ。
緋堂はお褒めの言葉に安堵したのか、
「こういうのもありますけど」
と、A3サイズの大作まで引っ張り出してきた。
「きゃあ、これも素敵ねえピンクのハート、。これ、描いてもらうのどれくらいするものなの?」
「あ、はい。大きいのでも丸一日あれば――」
どこかネジの飛んだ緋堂に俺が突っ込んだ。
「じゃなくて、金額だろ。売り値の話」
「そ、そっか。えと、こっちの大きいのだと二万円で、今パネルがないんですけど、もっと大きいのだと三万円くらいです」
すると緋堂の絵を見比べていたママが、
「この感じで一万円の絵って描ける?」
「は、はい。出来ます。明日描いてきましょうか?」
「そう、じゃあ」
ママは財布から紙幣を取り出すと笑顔で緋堂に渡した。
「優香さんへってサインもね」
ようやく商売の勘が戻ってきた緋堂が、
「ありがとうございます!」
そう言って笑った。
*
翌日は緋堂がどうしても絵のフレームを買いたいと言うので、確か商店街の近くに画材屋があったはずだと早起きして街へ出かけた。お蔭で名物のボリュームたっぷりモーニングを逃さずに済んだ。朝っぱらから大量のミートボールと大盛りのナポリタンが現れるモーニングを、俺はこのホテルで初めて見た。
「ミツキでも朝からあんな食べるんだね」
「なんか食わないともったいない気分になるんだよ。あそこは」
「私は和食だったから普通だったけど、洋食側のカロリーはすごかったね」
「なんかお前と旅するようになって太った気分なんだけど」
「私のせいにしないでよ」
まだ米子の街をロードマップ化していない緋堂のため、俺が先陣を切って歩く。そこへ、
「その道なんだけどさ」
俺が商店街の抜け道っぽい通りを指差すと、緋堂が立ち止まった。
「その……道?」
「『寄り道通り』って言うんだけどさ」
「ふーん。それだけ?」
「それだけっつったらそれだけなんだけど、広島にもあるんだ。寄り道通りが」
「うん」
俺が歩き始めると緋堂もそれに続く。
「大したことじゃないんだよ。些細なことだ。昔作った歌にそんな歌詞があった。そこで出会った歌唄いが米子の出身だった。それが自分の中で絡み合って、なんだかよその土地に思えないんだよな。この街が」
「うん……上手く言えないけど、私一人だったらこの街には来てない気がする。鳥取県なら鳥取市、って感じで」
「ま、それはそれでいいんだけどな。ただ鳥取市は今回、圏外だ」
「どうして?」
「街の人に申し訳ないからノーコメントで」
その意味が通じたのか、緋堂はくすりと笑い、歩く速度を速めた。
探していた商店は九号線へ出る手前、商店街の中にあった。
俺には縁のない不思議な物が並ぶ棚を、緋堂は嬉しそうに見上げている。
「いいのか、目当ての物は向こうにあるみたいだぞ」
樹脂製と木製のフレームが並んだ棚を指して言うと、
「うん。もうちょっとだけ。油彩のコーナー見てると高校時代を思い出して」
そういうものなのかと、邪魔するのも何なので俺は外へ出て煙草に火を点けた。至る所に灰皿があるのは田舎町のいいところだ。
替えの弦も出雲で調達していた俺は、買い物を緋堂に任せてしばし考え込んでいた。米子では雨を凌げる場所が圧倒的に少ない。飲み屋をあきらめて閉店後の商店街を使う手もあるが、それをどうするべきか考えていた。
その時に考えるしかない、と結論を出すとちょうど、新しいオモチャを買ってもらった子供の顔で緋堂が出てきた。その量は緋堂のキャリーからはみ出す大きさで、
「それ、運べるのか」
と訊ねたが、
「私ね、たぶんこの街でいちばん稼げる気がするんだ」
「根拠は?」
「分かんない。けど、大丈夫だよ。買ったフレームもパネルも絶対無駄にしない」
強気な緋堂の根拠は気になったものの、本人がそう言うのだから間違いないのだろう。それより、俺は俺の決意を持たなければならない。緋堂のやる気と釣り合うだけの覚悟だ。
宿へ戻ると、
「まずは一作仕上げないとだね」
そう言って荷物をフロントに預けた。どうやら午後の二時を過ぎないと部屋には入れないらしい。
「お昼、どうする? 米子の名物って何かな?」
一途な視線で俺を見つめる彼女に、
「松葉ガニかな」
と答えた。
「カニかあ。他には?」
「……のどぐろ?」
「なんかお酒っぽいイメージのばっかりだよ」
「仕方ないだろ。俺だってこの歳までグルメツアーやってた訳じゃないんだから。俺に言わせりゃどこの名物もカップヌードルになるんだよ」
「それは……悪かったわ。じゃあさ、ミツキのお薦めっていうお店はないの? もちろん今の時間で」
と言われたものの、どう首を捻っても思い浮かばない。浮かばない、が、
「あ……」
「なんかあった?」
「いや、さすがにないかな」
「いいから! 教えて!」
「じゃあ……イタリアン」
「イタリアン? いいじゃん。行こうよ」
「けどいいのか? 旅情も何にもないぞ」
「いい。ミツキがいいってところ大抵落ち着くんだもん。優香さんもそうだったし」
そんなこんなでまた商店街へ引き返した俺は、目的の場所へ脇目も振らず歩いた。よそ見すると緋堂の気持ちが変わるかも知れないからだ。
「着いたぞ」
俺はバス停前で腰かけると煙草に火を点けた。
「ここ? 高島屋……ってデパートだよね」
「ああ。正真正銘の、米子随一のデパートだ。ここのレストラン街のペペロンチーノが美味いんだ」
「じゃあ煙草なんて吸ってないで早く行こうよ」
「今の時間、禁煙なんだよ。これ吸って行くから」
「でも、デパートのレストランなんて混み合いそうだよ? 急いだ方がいいんじゃないの?」
そんな訳はない、とゆっくり煙草を吹かした俺がエレベーターホールへ向かうと、緋堂も後をついて来る。
「ペペロンチーノかあ」
「あんまりハードル上げるなよ。俺が腹減ってたから覚えてるだけかも知れないし」
五階のホールへ着くと、フロアの佇まいは変わっていなかった。静かにピアノ曲が流れ、そして客の姿はほぼ見当たらない。
「ここ?」
緋堂が指し示したのは流木と蔦を組んだような外装の、しかし俺の記憶通りの店だった。
「営業……してるの」
「してるんだよ、これが。行こう」
あまりの静けさに圧倒されそうになったが、あくまで二組の先客が入っていた。そんな店内を二人で覗きこむようにしていると、
「いらっしゃいませ」
とワイシャツに黒いエプロンをかけた女性が現れた。二名で、と俺が言うと、奥の展望席に案内された。展望席といっても素晴らしい眺めがある訳でもなく、米子市民の生活が縮図となって見下ろせるだけだ。
パスタの注文は決まっているので、俺はドリンクメニューを開く。するとグランドメニューを覗いていた緋堂がすかさず、
「まさか、お昼っから飲もうとか考えてないよね」
「もちろん二人で一本開けるさ」
「よろしい」
という訳でペペロンチーノを一人前、松葉ガニのクリームピッツァを一枚、それからカリフォルニアワインの白を一本頼んだ。一本千四百円はリーズナブルだ。
「ミツキ」
注文を終えると、緋堂が珍しく面白い表情をこちらへ向けた。
「まさか『一本』ってワインなの? 熱燗じゃないの?」
「イタリアンに熱燗があってたまるかよ。ハーフボトル一本分なら飲めない量じゃないだろ」
「でもね……」
と不安そうな顔の彼女は、こう続ける。
「私が生涯で一度きり記憶を失くしたお酒がワインなんだよ」
「お前が? 酒で?」
信じられない発言だったが、その表情を汲むに、信じるしかなさそうだった。
「じゃあ、残りは俺が飲むから最初の一杯くらい飲めよ。せっかくのイタリアンなんだから」
「ミツキがそう言うなら……」
彼女はせっかくの米子名物に不安そうな面持ちで挑んだ。
が、
「何これ! 美味しい! そっちのピザもちょうだい!」
パスタの皿を独占しながらピザを頬張るという緋堂の暴挙に、
「ちゃんとシェアするから。お前こそ俺のパスタ残しとけよ」
窺き見たペペロンチーノはフライドガーリックがしっとりとソースに溶け込んでいるのか香り高く、いつか俺が食べたままのペペロンチーノだった。
「大丈夫だからさ。もう一枚ちょうだい。このカニ絶品だよ、甘さといい新鮮な感じが凝縮されてて、この濃厚なクリームに絡まると最高」
彼女が慌ただしく食レポするのをつまみに、俺は呆れた顔でワインを一杯空けた。緋堂じゃないが昼間のワインは効きが違う。真夏の砂浜で飲むビールくらいにそれは強烈だ。
とはいえ、緋堂は苦手と言い放ったワインをすいすい飲んでいる。熱燗より早いペースだ。酒飲みの自己申告は当てにならないものだ。
「あー、食べた。満足」
皿の上をきれいに片付けると、緋堂は残りのワインをくっと空けて手を合わせた。
荷物も多いことだしバスで戻ろうと、高島屋前でバスを待った。五分後に到着したバスへ乗り込むと、
「すごい揺れるのかな……」
と緋堂が心細げに言う。
話を聞けばなんということもなく、『だんだんバス』という文字に驚いていたらしい。『だんだん』は雲伯――出雲伯耆方言で、お隣の出雲でも使われる『ありがとう』の言葉だ。
「だんだん、か。いいね」
「俺は使いこなすまでに五年かかったけどな」
そのせいで、ついに竹さんへこの言葉を口に出来なかった。大雪の夜に家へ泊めてくれて、毎回チップをはずみ、どこの店の忘年会とも知れぬバス旅行に連れて行ってもらったすべてが、思い出という寂しい三文字の中へ落ちた。過去を悔いるのは楽だが、そこに本気の感謝を見出すことは難しい。
ホテルへ戻ると午後の二時前だった。清掃は済んでおり、緋堂は、「こもりっきりで絵を描くから」と画材を引っ張り出してドアを閉めた。こういう時、狭いながらもシングルの部屋は助かる。
さて、と何をするでもなくベッドに寝転んでいた。いたのだが。
「ミツキ! ミツキ!」
微睡んでいるところへ、ドアを叩く音が響いた。時刻は午後六時だ。うっかり寝過ぎたようだ。
「どうしたんだよ。他の部屋もあるんだから――」
ドアを開けると、
「どうしよ! 眠りこけて何にも描いてないんだけど!」
そんなことかと思い、
「長くなるつもりなんだし、明日でもいいじゃん。それにお前、いろいろ準備してたろ。あれはどうなったんだ」
「準備? 準備なんかしてないよ。ミツキ夢でも見てたんじゃない?」
泣き縋る彼女が面倒くさかったが、俺は緋堂の部屋に入れてもらう。
「あれ? あの、新しい絵の具のチューブとかパネルはどこにやったんだ」
「だから出してないって!」
それでも腑に落ちない俺がカーテンを開けると、
「これ、なんだ」
そこには黄色の下地に青とピンクのハートが踊っている絵が一枚あった。
「……あれえ?」
「あれえ、じゃないよ。お前が描いたんだろ?」
「そうねえ。多分……」
「多分じゃなくてお前だ」
驚いたことに本人の自覚がないまま描いたとしか思えない。更に言えば、高島屋からここまで普通に移動していたのに、その間の記憶を辿れないらしい。
「ワイン、恐るべし……」
他人事のように神妙な顔で頷いた緋堂に、
「今後は気を付けます」
そう言うしかなかった。
*
その後の二人旅に、俺は特に言及したくない。
米子ではあちこちの店から緋堂の絵の注文がかかったことも、俺がクリスマスのライブへ招待されたことも、岩国で一晩七十五ドルもの紙幣が舞ったことも――岩国では色々な店でドル紙幣が使えた――、初詣の参道で荒稼ぎした緋堂作の開運絵ハガキも、その脇で俺がテキヤにスカウトされそうになっていたことも、非日常ではあったものの、旅の中に落とし込めばすべて普通の出来事だった。
俺が言いたいことはたった一つで、それは彼女との二人旅がこの上なく楽しかったことだ。この後俺たちは広島へ向かい、そして夕刻の三越裏で別れた。それ以外のことはすべて泣き言で、それは旅唄いとして余計な感情だった。
二月に入ると極端に収入は減り、ネットカフェを使う生活にも行き詰まりが見えた。深夜を過ぎると大橋キョウジのところへ寄り、朝まで安酒を浴びた後、朝のマクドナルドへ出向いて二人で寝た。店員から監視されていた気はするが、見咎められる行為はなかったのだろう。ランチタイム前に出払えば何も言われず、その後は市役所の待合ロビーで寝た。圧倒的に睡眠時間の足りない俺たちはそこで大口を開けて、若しくは涎を垂らして、世間の爪弾きもののレッテルを身体中に貼り付けては睡眠に没頭した。
そんなある日、同じように座っていたホームレスと一般市民の間で小競り合いが起き、その他のホームレスを含む俺たちは、入館禁止となった。もちろん、それはニュースの小見出しにさえ出ない水面下の出来事だ。
かといって、他に当てはあった。ラピタという名のショッピングモールはそこから距離があったがフードコートが広く、何か注文した形跡さえあれば長時間居座れた。俺はそのテーブルに突っ伏し、眠れるだけ睡眠を貪った。夜になればそれまでと同じように街へ出てギターを鳴らしてはいたものの、稼ぎは目に見えて少なくなった。それを『誰のせい』と考えることが嫌で、ますます酒に頼ることが多くなり、まだ人波の途切れない路上を撤収しては、キョウジの所へ向かった。キョウジは他人へ『頑張れ』とも『やる気を見せろ』とも言わず、ただバカのように酒に付き合ってくれた。この髭まみれのホームレスに癒される日が来ようとは思ってもいなかった。
その頃の目標はすっかり変わり、広島で冬を越すことより広島脱出を試みていた。年末に稼ぎのよかった米子にでも行こうかと思っていたが、そのための高速バス料金である五千円がどうしても捻出出来なかった。ネットカフェに入れるだけの二千円があれば、それこそ救いだと駆け込んでいたのだ。そんな生活で、五千円は遠かった。
二月も半ばを過ぎると更に景気は悪くなり、一日千円ずつの稼ぎが三月まで続いた。一日一食の飯と煙草と酒ですべてなくなり、今度こそ俺は正真正銘のホームレスになっていた。飯といえばコンビニのおにぎりかマクドナルドのハンバーガー一個、ペットボトルにはトイレの水が入っていた。そしてそれは実家のある広島でのことだ。
何度、家へ戻って親不孝を謝り、家へ入れてもらえないかと考えた。考えたが、自分の胸の中にある消化出来ていない何かがそれを拒んだ。今、路上を捨てるということは、今までの旅をすべて否定することのように思えたのだ。
人に誇れる生活でなくともいい。
後ろ指を指されようと構わない。
それだけの思いで、奇跡的に二月は乗り越えた。乗り切れたのだった。
後は偶然を待つのみ、と、俺は三月の初旬を静かに眺めていた。その頃にはもう迷いもなくなり、ここで唄うだけが俺の全てなのだと割り切って唄っていた。
そんな中、変化は訪れた。真冬の間、路上へ出ていなかったハヤトが姿を見せたのだ。
――「ちーす」
それは寂しさを纏って唄う弥生の寒空に百円カイロを手にしたような温もりで俺を温めてくれた。更に、
――「じゃあ、ミツキさんは行く所があるんですね」
と言ったハヤトは、こう続けた。
――「今日からしばらくは七、三でいいです」
と、チップの減額を申し出た。仮にも、
――「路上では誰とも五分五分の折半でいきたいんだよ」
それが俺の口癖だと知っていたにもかかわらずだ。一度決めたことに融通の利かないハヤトがそう言ってくれたことは、何よりの後押しだった。
そして偶然はある日、タイミングを見計らったように訪れる。三月に入って二度目の金曜日の夜、いつもの三越前で数か月ぶりに見る一万円札が入ったのだ。
――「よかったですねえ。僕、残りの方でいいんで」
そう言ってハヤトは一万円を折半出来る権利を容易く捨てた。
傷心的な気持ちで言う訳ではないが、緋堂との旅の中で忘れかけていたものはこういう感覚だった。他人だからこそ出来る心のやり取り、そういうものを後回しにして急激に接近したのが緋堂との生活だった。それは彼女が望んだ形だったかも知れないし、俺が求めていた関係性だったのかも知れない。
そんな訳で、俺は翌日から旅唄いに戻った。どこにも繋がれない、誰にも縛られない、街のギター弾きに変わっていた。そして三年などという年月は瞬きのうちに過ぎた。
次回、最終話です。




