1・ミツキユウスケ
前回に続き、ストリートミュージシャンの話です。前回より、よりリアルになっています。
お付き合い、お願いします。
1・ミツキユウスケ
白川に架かる橋梁工事の音で眼が覚めた。
コーン、カーン、とどこか長閑で心地よい響きは遠い過去に聞いたチャイムの旋律のようで、昨夜の三時に眠りに落ちたミツキにとってはまだまだ子守唄だった。
が、十月の熊本の陽射しは容赦なく、全身黒ずくめの彼を焼き始めている。白川の土手には遮る物も何もなく、そのまま眠りこけていれば必ずや暑さで目を覚ますだろう。
陽射しの熱が細身のブラックジーンズにまで回ると彼は観念し、顔に被せた白いタオルをはぎ取り、背中に敷いた段ボールから身を起こし、緩やかに流れる眼前の白川へ焦点を合わせた。遅ればせながら朝の挨拶をした白川は柔らかなナイフの刃を何枚も流したようにゆったりと、その川面を朝の陽射しで照り返している。熊本で迎える十二回目の朝だった。
日の出からすっかりと表面の暖まっているギターケースを逆へ転がし、ミツキは考える。
このところ、天候は上手い具合に雨を逃れている。ただ、昼間のスコールは多い方だ。なので毎晩をこうして野宿に頼るのは危険でもあった。今夜からはもう一か所見当を付けている場所で寝起きしようかと、煙草を口に咥えながらしばし検討していた。そこへ、
「ご苦労さん!」
不意に背中からかけられた声は、恐らく橋梁工事の職人たちからのものだ。特に面識はないのだが、ここで夜をやり過ごしているうちに、いつの間にか冷やかしで声をかけられるようになった。向こうの目からは、気ままな旅人に映っていることだろう。
それはある意味で正解だ。
ミツキは振り返り、愛想のよい手のひらをヒラヒラと振り返した後、ポケットで潰れた煙草に火を点けた。
ペットボトルの水道水がやけに苦い。
熊本に来て二週間が経とうとしている。だからといって、補足は何もない。新しい土地に来て二週間が経とうとしているだけの事実があるだけで、この三年間の旅を思えば、取り立てて挙げ連ねるエピソードもない。強いて言うなら、路上の弾き語りに優しい街だということだけだ。二日目に見つけた『クラブ通り』という小路は、アーケードで唄う連中とも干渉せず、気楽にのんびりと唄えていた。
そんなクラブ通りのうなぎ屋の女将が、川向こうの土手の上を歩いているのが見える。特に視力もよくないミツキからでも見分けのつく恰幅のよさと特徴的なヘアースタイルだった。足元にまとわりつくように見える白い毛玉は、飼い犬だろう。
夜の人間同士で日中に顔を合わすのも気が引けて、彼はギターと荷物を抱えるとコンクリートの堤を後にした。
ミツキユウスケは、遡ること三年前から気ままな弾き語りの旅を続けている。それ以前はどうかというと、やはり地元の広島で二年ほど同じことをしていた。路上で唄って金を稼ぐのだ。都合、五年間をそうして暮らしている。
五年というのはその業界でもかなり長い方で、大抵は夢を抱いて東京へ行ったり、ライブハウス中心の活動にしたり、若しくは飽きて辞めてしまっている人間ばかりだ。ミツキのようにチップを稼いで生活している人間は稀で、いたとして、そういう人間はどの街へ行っても上手いこと棲み分けがなされている。夢だか趣味だかで唄う人間と、チップ目当ての乞食紛いのミュージシャンだ。
ミツキは自分を、そのどちらにも置きたくなかった。旅を始めたきっかけはそんなものかも知れない。彼はどの人種にも属さず、どんな土地にもとらわれず、自分の好きなように唄っていたかった。口を開けば愚痴ばかりの酔客には真っ向から歌を叩き付け、美味い酒を煽りながら鼻歌交じりに唄っていたかったのだ。
それが形を変えたのは、いつ頃だろう。
気が付けば、表通りで唄う意気地のなさをごまかすように小路を探し、酔っ払いの戯言に根気よく付き合い、唄いたくもない長渕剛のとんぼを媚びながら唄い上げている自分がいた。そんなものは紛い物だ、俺は誰にも媚びずに好きに生きてやるのだと思う度に、たった二十円のチップに頭を下げなければいけない現実を突き付けられた。旅を進めるほどに、路上演奏は愛想笑いと歌謡曲なのだと思い知らされた。オリジナルなど唄おうものなら誰も寄り付きはしなかった。
五年間――。
気付くのにそれだけの時間がかかったのかと思えば、自虐的な微笑が浮かぶだけだ。
それはそれとして、河原の寝床を畳んだ彼は次の行き場を探す。
だいぶ地理も把握したこの城下町では、片目をつぶっても移動は容易い。いつも渋滞気味の国道三号線を越え、朝の配送で賑わう下通りアーケードを抜け、花畑町を抜ければもうそこは熊本城の堀だ。電車通りからはその姿は見えないが、すぐそばの城見町通りに入れば天守閣が見えるらしい。らしい、というのは他人の情報で、ミツキ本人が見て確かめた訳ではないからだ。
旅唄いを初めて三年経ったが、ミツキの興味は恐ろしいほど土地の名勝地や観光スポットを蔑ろにしていた。熊本に来て二週間になるというのに、熊本城も水前寺公園も彼の食指を動かす場所ではなかった。食事にしても一日に一食はカップヌードルで、食にも興味をそそられるものがなかった。望むのは、早く夜になって路上で唄えることだけだ。その瞬間だけが彼の生活で彩りをもたらすものだったからだ。
そんな彼が朝のアーケードを抜けて訪れるのは、この街の市役所だ。
午前九時を前にして、彼は市役所の自動ドアを抜ける。それから各種手続きの窓口の方には目もくれず、フロアの一角にある待合の椅子へ座る。譜面の入った黒いリュックを床へ置き、ギターを抱え込むようにして支え、そして目を閉じた。
周囲には彼と同じように大きな荷物を床へ転がし、清潔とは言い難い服装で、長靴を履き、長い髭を生やし、ヤギのような黒い瞳を深く閉じた同類のホームレスたちがいる。
ミツキはこの場で何も考えない。彼らと自分との違いや、希望の有無や、生活の在りようや、家族のことや、食事のこと、そういったことは何も考えない。考えると負けのような気がしてならないからだ。何より、ここに集ったホームレスより不幸であるかも知れない自分の存在を問われかねないからだった。
(俺は行ける場所ならどこにでもある。この街に縛られたホームレスとは根幹から違う)
そんな女々しいひとり言が心の中に浮かばないよう彼は目を閉じて、心も閉じる。この時間はひたすら座り続けるだけだ。近くを通る職員の咳ばらいが聞こえても、どこかから異臭がする、という苦情が耳に入っても、自分には関係のないふりをして眠りこけるだけだ。
ただそれは、どれだけ彼が装っていたにせよ紛れもないホームレスの思考だった。目に映る社会から分断された立場をどう主張しようと、それはその社会に依存しているだけの、ただのホームレスだった。いくらミツキがミュージシャンを名乗ろうとも、市役所職員はホームレスのためにのど自慢大会は開催してくれない。この場に正式な目的のない風来坊は、十把一絡げで浮浪者だった。
かさばる大きな楽器を持ち込んでいる段階で自分が不審者に見られていることを、この頃のミツキはもう分かり始めていた。それは誰を責めても自分が虚しくなるだけの、虚勢にもならない遠吠えだった。
*
夕刻が過ぎ、市役所の閉館になるとミツキは外へ出る。といっても行き場は決まっており、熊本城の堀周辺にあるベンチが居場所だ。そこで時間を潰すと、今度はマンガ喫茶へ出向く。二十四時間営業でもなければパソコンもない、しかし居心地のよいマンガ喫茶でチキン南蛮定食を食い終え、マンガを片手に壁の時計を見るといつもきっかり午後八時五十分だった。
ミツキは立ち上がり、譜面台と譜面ばかりの重いリュックを背負い、ギターを抱え、秋も半ばの街へ出る。朝と違って足取りが軽いことは、自分でも承知していた。
いつものビル前はすっかりどこもネオンが灯り、その光景にミツキの心はほんの少し安らぐ。そこには市役所の待合室にはない不健康さと不健全さが満ち、日向の存在ではない自分すらも心地のよい無関心さで迎えてくれるからだ。
通りを十五メートルほど進むと、どこからか魚を焼く匂いがする。それに混じって側溝のどぶ臭い匂いもする。ネズミが走るのは見たことがないが、野良猫ならばいたる所から顔を出した。
ミツキはいつものビル前で目礼すると、来しなにダイエーの裏からくすねた段ボールをタイルの上へ投げる。午後八時で閉店するペットショップが表を水で流しているため、そうしないことには尻が濡れるのだ。
今どき『チワワ専門店』という変わったペットショップの前に座ると、譜面より何より真っ先にギターを出してチューニングを始める。その理由は、
――「お、もう閉店か?」
――「おう兄ちゃん、オザキ唄え」
準備中にかかわらず声をかけてくる客への対応のためだ。譜面は頭に入れた三百近いレパートリーから引っ張り出せばいいが、ギターの狂いは致命傷だった。なのでギターは何よりも先に準備しておく。客にとっては演奏前も演奏後も知ったことではないのだ。その一瞬に足を止めてもらえればこちらの勝ちなのだから、出来得る限りギターはすぐ弾ける状態にしている。
チューニングを終えて譜面を立てると、腕の時計は九時を指したばかりだ。目の前はタクシーが窮屈そうに走り、中年のネクタイ族が陽気に通り過ぎてゆく。
これからの四時間は、彼が最も自分らしく、そして自分らしくないことを強要される四時間だ。市役所では心を閉じた彼も、この場所では心を消す。路上演奏の始まりだった。




