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私の歌を聴きなさい!~音痴令嬢の聖歌による王都浄化事件~

作者: 氷見

 私の名前はオクトと申します。


 今から語るお話は、私が仕える辺境伯のご令嬢である、カノン様のお話になります。

 主であるカノン様を観察し、それを語るのは不届きであると私も理解していますが、それは巻き込まれていない人が外野から言うだけの偽善の言葉だと私は言いたいです。


 実際に巻き込まれ、大変な目に会い、わがまま……いえ、聡明なカノン様の唐突な行動に振り回された私には、後世に語り継ぐ義務があると思っています。


 まずはカノン様の、聖歌隊との出会いから語っていきましょう。

 あの出会いから、全てが狂っていきました。


 いえ、世界は平和へと向かっていきましたが、私の平穏な日々はどん底へと向かっていったのです。

 私の感情で言えば、世界の平和より、自分自身の平穏を優先したかったのです。

 しかし、カノン様に仕えている私にそんな選択を出来るわけもなく……


 申し訳ございません。

 少々愚痴ってしまいました。

 いえいえ、カノン様の事は嫌いではありませんよ、むしろ……

 いい加減、私の愚痴を語るのは止めておきましょう。

 

 改めて全ての始まりである、カノン様と聖歌隊との出会いの話しをいたしましょう。

 


 あれは、カノン様が通っている学院が長期の休みになり、暇を持て余したカノン様が王都の街を馬車で散策していた時でした。






「ねぇオクト、あそこで人が集まっているけど、何が起きているか調べてきて」


 十数冊の書物を両手で抱えている私に、何の遠慮も無く命令してくる、その人物は主人でもあるカノンだ。

 王都を馬車で散策していた時に、たまたま見つけた街はずれの書店に入り、かなりの時間をかけて選んだ本を持ち、馬車へと戻る時だった。

 少し離れた場所に人だかりを見つけたカノンが、好奇心に惹かれ何を取り囲んでいるのか気になったようだ。


「では、少々お待ちください」


 馬車に本を載せ、急ぎ足で人だかりに向かう。

 早く好奇心を満足させたくてうずうずしているのか、腕を組んだ指がトントンと動かしていたからだ。

 あまり時間をかければ、色々と癇癪を起しそうなので素早く済ませる。


 人だかりに近づくと、段々と綺麗な歌声が聞こえてくる。

 複数人の女性の声で合唱されているその歌は、人の心に沁み込んでくるようで、穏やかな気分にさせられる。

 

「聖歌隊の歌を聴けるなんて、今日は良い日だな」


「だべだべ」


「しー! 雑音を出すな! 静かにしろよ!」


「お前もな……」


 人だかりの中から話声が聞こえる、その内容からすると、どうやら聖歌隊が歌っているようだ。



 歌には力がある、人の心を静めたり、気分を持ち上げたりする力があるが、聖歌には更に別の力がある。

 その歌声により彷徨っている霊を鎮め、不死者を浄化する力がある。


 聖歌隊に選ばれるには素質が必要で、歌が上手いだけでは選ばれない。

 声に神の力が宿っているか否かが全てだ。


 だからこそ聖歌隊に入れる人は希少で、その力を宿している事が知れ渡れば教会が直接引き抜きに来るくらいだ。

 


 周囲で聖歌隊に聴きほれている人達を見渡し、比較的気のよさそうな男性を見つけ、それとなく聞いてみる。


「聖歌隊が何故こんな所で歌っているのですか?」


「ん? まあなんだ、ここの家の夫が実家に帰省したらしいのだが、どうやら不慮の事故で死んだらしくてな、未練が残っているのか奥さんの枕元に立つようになったらしい、それでここの奥さんがせめてもの手向けだと聖歌隊を呼んだんだよ」


 こちらを見た男性が、頬を赤くしながら理由を述べてくれる。

 丁寧にお礼を言い、待っているであろうカノンの所へ戻ろうと馬車の方へ向き直ると、そこにはメイドを引きずりながらこちらに向かって来るカノンがいた。


 あの細い体に何処からあんな力が出てくるのか誰も分からないが、メイド二人を引きずりながら歩いてくる。

 カノンに掴まって引きずられているメイドに、助けを求めるような目でこちらを見てくる。


 素直に馬車の中で待ってくれていたら、そのまま屋敷に帰れたのだが、そうもいかないようだ。

 これ以上メイド達を引きずらせないように、急いでカノン様の元へ向かう。


「カノン様、あまり馬車から離れては護衛に支障がございます」


「気になるんだから仕方が無いでしょ、何やら歌声が微かに聞こえるし……それで何の集まりだったの?」


「聖歌隊が歌っているようです。カノン様は聖歌隊をご存知ですか?」


「存在自体は知っているわ、最近話題にもなっているし、でも実際に見るのも聴くのも初めてね」


 どうやら聖歌隊を見る事が決定したようだ、聖歌隊がいるであろう場所に目を向けるが、人が多すぎて見えない。

 このままだと、人垣を押しのけて聖歌隊を見たいと言い兼ねないので、好奇心を満足させるために話しかける。

 

「聖歌隊が王都内の街中で歌う事は珍しいです。王都内はかなり平和ですから、アンデッドが出たという話をあまり聞きませんからね」


「いままで見た事が無いのだから当然ね」


 そう言いながら人垣に向けて歩みを進めるカノンの両肩を掴み止める。


「カノン様、どうなさるつもりですか?」


「もちろん見に行くのよ。この美しい歌声をどんな方達が歌っているのか、私は知りたいの」


 聖歌隊の歌声は、研ぎ澄まされた弦楽器のように綺麗な旋律を奏でて、耳に心地よい音が届けられる。

 カノンもこの歌声に魅入られたのか、うっとりしながらも前に突き進もうとしている、引き留めている腕をまったく意に介さず歩みを進める。


 だが、このままカノンを自由にすれば、その強靭な肉体により人垣を跳ね除けながら聖歌隊の前に出かねない。

 いつもなら抑えが聞くが、好奇心に支配されると周りが見えなくなるのがカノンの欠点とも言える。


 そもそもカノンに護衛などいらない、身体能力は男性を軽く越えている。

 華奢な体つきをしているが、どこにそんな力があるのかわらかないほど強靭だ。

 見た目はお人形の様な姿をしているが、目を瞑って対峙すれば、大男とさして変わらない。


 そんな現実逃避な事を考えながら、カノンの進行を止めようとしていると、こちらの動向に気がついて空気を読んでくれた人達が、道を開けてくれる。

 

「ほら、道を開けてくれたでしょ? さて……」


 得意げな顔で開けてくれた道を歩き、聖歌隊と対面する。

 そこには三人の女性が、歌を空に向け周囲に声を拡散させるかのように歌っていた。

 歌声だけでも素晴らしかったが、その歌っている姿を見ていると、訳も分からず圧倒される。

 歌う時の体の動きすら考えられているのか、踊るとまでは言えないが、その所作にも神秘的な何かを感じる。


 聖歌隊の歌と所作に圧倒され、主人であるカノンの事を忘れていたが、心配事とは余所に歌に聴き入っているのか、微動だにしない。

 やがて歌が終わり、聴衆達が聖歌隊に拍手を送る。


 死者の霊を送る儀式だが、この場には笑顔で溢れている。

 浄化されたであろう霊も満足かもしれない。


「ちょっと! あんたこんな所で何してんのよ!」


「あら、カノンじゃない」


「だから何してるのかって聞いてんのよ!」


「何してるって、聖歌を歌っていたに決まってるじゃない、あんたも聞いてたでしょ? あっ、それとも耳まで退化しちゃって聞こえなかった? ならごめんあそばせ」


 カノンが食って掛かっている女性は、幼馴染で腐れ縁だったシンフォニアだ。

 この二人は犬猿の仲で、出会えばすぐに喧嘩をしだす。


 歌っている時に声をかけなかった所に、カノンの成長を感じ、若干心がほんわかする。

 そんな中で聖歌隊の他の二人が、急に口喧嘩をしだす二人に面食らい、少し引いている。


 カノンの見た目は、華やかな服を着た可憐お嬢様だ。

 だれが見ても貴族だとわかる姿をしている為か、誰も何も言わずに静かに音を立てずに散っていく。

 さすがカノンの道を開けた人達だ、と感心しているとカノンとシンフォニアの戦いは苛烈になっていく。


「高等学院に来ないから、進級できなくて引き籠ってるかと思ってたわ」


「お生憎様、私の声に神が宿っている事が判明したから、聖歌隊に入ったのよ。良いでしょう? 数千人に一人にしか神の声は宿らないのよ。カノンみたいなガサツな人には宿らないでしょうね」


 ふふん、とシンフォニアが腰に手を当てながらカノンに言う。

 昨今の聖歌隊は礼拝堂も新しく作り直し、聴衆達を魅せる事も考えており、その人気はうなぎのぼりだ。

 今の王都内では聖歌隊だと言うだけでちやほやされる風潮だ。


 ぐぎぎぎ、という音が聞こえてきそうなほど、歯を噛みしめてシンフォニアを睨むカノン。


「ふ、ふん、どうせおこぼれで合格したんでしょ? 歌は他の二人の方が格段に上手かったし、シンフォニアは練習不足じゃないの?」


「このお二人の方が上手いに決まってるじゃない。それにここにいるセレネ様は聖歌隊首席なのよ! 比べられても私が困るわよ」


 シンフォニアの言葉に、少し照れている方がセレネ様なのだろう。

 

「そうなの、まあいいわ。シンフォニアがなれるくらいなんだから私でもいけそうね」


「残念でした~カノンは確かに何でも簡単にこなすけど、神の声を持ってるかは完全に持って生まれた素質よ。どんなに頑張っても無理ですよ~だ」


 子供の様な仕草でカノンを煽るその姿は、先ほどまで美声を振りまいていた女性とは思えない姿だった。

 シンフォニアにとって良かったのは、この諍いに巻き込まれては、と聴衆達が散っていた事だろう。

 セレネも少しやりすぎたと思っているのか、シンフォニアに声をかけようか逡巡している。


「じゃあ、私が聖歌隊に入れたら、ぎゃふんって言いなさいよ!」


「ふふ、まあなれたらね、というかご両親が絶対に了承しないと思うけどね」


 カノンは絶対に聖歌隊に入れないと確信でもしているかのように、シンフォニアが言う。

 その態度に堪忍袋の緒が切れそうになっているのか、頬を膨らませてカノンがシンフォニアを睨みつける。


「きょ、今日はこの辺で勘弁してあげるわ」


 頭に血が上った時に、その場から離れるという事を、カノンのご両親と一緒に教育をしてきた。

 もしカノンが耐えかねて暴力に訴えた場合、確実に相手が大怪我をするからだ。

 まあ、シンフォニアとの諍いはいつもの事なので、暴力沙汰になる事はないだろう。


「負け犬の遠吠えね」


 高笑いをしながら、そんな事を言うシンフォニアを睨むカノン。

 それに耐えかねたカノンが吠える。


「ぐぎぎぎ! 覚えてなさい!」


 カノンが歯ぎしりの音をさせながら、捨て台詞を言う姿はまさに小者と言える、が仕えている主に向かってそんな事は言えない。


「オクト、帰るわよ!」


 体を震わせながら馬車へと向かうカノンに付き従う。

 これは帰ったら聖歌隊に入りたいと駄々をこねるかもしれないな、と軽く楽観視していた事をのちのち激しく後悔することになる。






 これが聖歌隊との邂逅です。

 偶然聖歌隊と出会い、その中に偶然幼馴染のシンフォニア様がいた事により、聖歌隊に興味を持ちました。

 この偶然は何時か起こるべき事だったのかもしれない、という気持ちもありますが、私個人としては勘弁して欲しいという気持ちの方が強かったです。

 その後の展開は多少は予想していたのですが、カノン様が思った以上に聖歌隊に執着していた事に、気がつきませんでした。

 

 そしてあのいまわしい事件へと続くのです……






「ならん!」


「でもお父様、私の体は特別です! きっと神の声も宿っています!」


「そうは言ってもな、お前の歌は……」


「あなた!」


 旦那様の言葉を遮る様に奥様が声を張り上げる。

 続きの言葉は分かるが、色々我慢しているカノンに言う言葉ではない、と奥様は判断したのだろう。


「むぅ……」


 言い過ぎたと思ったのか、旦那様が口を噤む。

 カノンのご両親が、聖歌隊に入りたいと駄々をこねているカノンをなだめているが、なかなか納得してくれない。

 

「カノン様、そもそもシンフォニア様への対抗心で聖歌隊に入りたいだけですよね?」


 頑なに入りたいと言うカノンに、駄目だと跳ね除ける両親。

 さすがにこのままだと平行線なので、カノンが何故聖歌隊に入りたいのかを伝える為に口出しする。


「……駄目なの?」


 カノンが口を尖がらせながら言う、仕草はかわいいが馴れているご両親にそんな事は通じない。

 その志望理由を聞いた旦那様が呆れながらカノンに尋ねる。


「カノン、そうなのか?」


「さすがにその志望理由はないわよカノン……」


 奥様が目を細めながらカノンを見つめて呟く。


「そうだぞ、聖歌隊と言えばそれは希少な人達でな。その希少さ故に国から守られるし、将来も色々と安泰だが……なあ?」


 奥様に同意を求めるかのように、旦那様が言う。


「そもそも内部規律は厳しく、わがままを言えない環境に数年は置かれるのよ? 若手なら遠征もあるし耐えられるの?」


 このご両親も大概だと言える、すでに神の声がカノンに宿っている事を前提に話を進めている。

 だが、それは当然かもしれない、あんなにも頑強で強靭な体を持っているのだ、カノンの体には神が宿っていると考えても仕方が無い。

 

 ご両親に説得され、少しだけ俯いていたが、何かを確信したかのように顔をあげて宣言する。


「シンフォニアにぎゃふんと言わせられるなら耐えられます!」


 そんな事を何の臆面もなく言いきる。

 その胆力だけは褒められるが、内容は全く褒められない。


「そんな理由で将来を決める事は許さん!」


「カノン!」


 当然ご両親もそんな馬鹿な理由で将来を決めようとしている娘に否を突きつける。

 さすがに説得は出来ないと諦めたのか、頬を膨らませながら自室へと走り去る。


「オクト、出来る限りフォローを頼む……」


「かしこまりました」


 旦那様は娘に激甘だと言わざるを得ない。

 だがぎりぎりと所で言わねばならない事は言っているとは思う。

 当然、奥様も娘には甘いので、旦那様の言葉にうなずく。


 憔悴した二人に会釈をしながら、カノンが消えていった廊下へと向かう。


 ご両親がカノンに甘いのには理由がある。

 赤ん坊のころから、人とは少し違う自分の娘に戸惑いながらも頑張って育てた。

 実際なら旦那様が後を継ぐべき辺境の領地があるが、娘を健全に育てる為に延期しているほどカノンを愛している。


 後を継げば、領地へと戻らなければならなくなり、王都の学院に通っているカノンを一人にしてしまう。

 そうなればカノンの周りには使用人のみになり、抑え込んでいる感情が爆発するかもしれない。


 他人よりもはるかに体が頑丈で、力も強いカノンは日常生活をこなすだけでも軽いストレスがある。

 それを出来る限り緩和させたい、というご両親の思いは当然の感情だと思う。




「カノン様」


「なによ!」


 カノンがベッドに顔をうずめながら返事をしてくる。

 会話をしてくれるならまだ大丈夫だと、ほっと胸をなでおろす。

 

「聖歌隊に入らなくとも歌は歌えますよ」


「分かってる! けど……」


 ベッドから身を起こし、こちらに向き直る。

 もしかしたら、シンフォニアへの対抗心だけじゃなかったのかもしれない。


「けど、なんですか?」


「悔しいけど、シンフォニア達の歌声と、それを聞いている聴衆達の反応を見ていたら、凄いなって……私もあんな風に歌えたらって……」


「それをご両親に言えばよかったじゃないですか……」


 と、思わず声が出てしまったが、本心を言ったとしても許すとは思えない。

 そもそもカノンの声も、普通の人とは違い声量がかなりおおきい、当然普段はかなり抑えて喋っている。

 だからなのか、歌がかなり下手で音痴と言って差支えが無い。

 この屋敷にいるものは全員知っているし、もちろん幼馴染のシンフォニアも知っていた。


「だって……そんな事言えない」


 俯きながら言うカノンのいじらしい姿を見ていると庇護欲を刺激される。

 体は全然か弱くは無いが、心はまだまだ成長途中で弱いのだ。

 

「歌うのでしたら、何時でもお付き合いしますから……」


 喋っている途中でカノンが天使の様な笑顔を魅せながら聞き返してくる。


「本当!?」


「ええ、本当ですよ。明日はお勉強の日ですから、今日はもう寝ましょうね」

 

「うん!」


 元気よく返事をするカノンをベッドから降ろし、寝間着に着替えさせて寝かしつける。

 その寝顔はまだ子供で、少しだけ甘やかしすぎているかもしれないという思いをいだかせる。

 カノンが眠りについたのを確認して、音を立てずに部屋をでる。






 少々休憩をいたしましょう。 


 そうですね……この時のカノン様との約束が、のちのちあんな事を手伝う羽目になるとは思いもしませんでした。

 ああ、私は何故こんな約束をしてしまったのでしょう。

 後悔先に立たず、とは良く言ったものです。


 ……申し訳ございません、休憩でしたのに愚痴を言ってしまいました。

 どうしてもこの時に交わした約束を思い出すと、後悔の念が去来してきますので……。


 この後は一週間ほど平穏な日々でした。

 ただ、カノン様の心の底に秘めていた聖歌隊への憧れを見過ごしていた事は否めません。

 そして、先にも言いました事件が起きるのです。



 まずはその事件が起きた現場の話しをいたしましょう。


 グローリア礼拝堂、それがカノン様が巻き起こす事件現場になります。

 そこは聖歌隊の本拠地であり、聖歌隊達の練習やお披露目の場でもあります。

 見学も拝見料を出せば、遠巻きながら聖歌隊の練習している歌を聴けると言う事もあり、王都に来たものは必ず訪れるという観光名所になっております。

 

 元々は王都の端の方に聖歌隊の礼拝堂がありましたが、昨今の聖歌隊の人気もあり、王都の中心に立て直したのがグローリア礼拝堂です。

 その建物は数々のステンドグラスが飾られ、その内装は聖歌隊の為にさまざまな装飾がされており、歌を聴くだけでなく視覚からもその神聖さを感じる事が出来ます。


 中央には万華鏡の様な丸いステンドグラスに様々な色のガラスが使われ、建物の角度も考えられており、朝方と夕方には日の光が乱反射するように設置されております。

 その中で聖歌隊が歌う姿は、それはそれは素晴らしいと評判になりかけていた所でした。

 

 ええ、ここまで聞いた方々はもうお分かりかもしれませんね。

 これから起こしてしまうカノン様の所業……ですが、カノン様のせいでは無いのです、純粋に言われた事に従っただけなのです。


 ああ、私はいまだにカノン様に甘いですね……いい加減話しを戻しましょう。



 あれは、朝起きると簀巻きにされている日の事でした。


 え? カノン様の護衛である私が簡単に簀巻きにされるのか、と仰りたいのですか?

 私を簀巻きにする事など、カノン様の身体能力を考えれば簡単な事です。

 護衛とは申していますが、主にカノン様の精神面での護衛と考えて戴ければ幸いです。

 当然ですが、簡単に悪漢にやられるほど弱いわけではありませんが……


 また話がそれましたね、どうもカノン様の事を語っていると、どうしても言い訳を紡いでしまいますので……



 では話を戻しましょう。

 そうです、私を簀巻きにした人物はカノン様です。






 朝起きると自室のベッド上で簀巻きにされていたが、どうやらカノンにも良心があったらしくあまりきつく縛られていなかった。

 なんとかもがいて簀巻きから脱すると、急いでカノンの部屋へと向かう。


「カノン様!」


 カノンの部屋の扉を盛大に開けながら叫ぶが、予想通りそこにカノンはいない。

 だが、メイドがベッドメイクをしていたのか、大きな声にびっくりしたようで、体を固めこちらを見据えていた。


「カノン様は何処へ?」


「あ~、はい……少々街を見たいと馬車でお出かけになりましたが……」


「私がいない事に不審に思わなかったのか?」


「……カノン様が、オクト様は少々体調がよろしくないと……」


 メイドは目を泳がせながら言う。

 仕方が無いかもしれない、主人に言われてはどうしようもない。

 否と言えるのはごく一部の者だけだ。


「くっ!」


 思わず悔しいい気持ちが込み上げ、言葉が出てしまう。

 

「申し訳ございません!」


「気にしないで欲しい、貴女方ではカノン様を諫められないでしょうし、仕方がありません」

 

 頭を下げるメイドを起こしながら慰める。

 カノンを見つける事が先だが、これからの事も考えフォローする。

 

 それにカノンの居場所はきっとグローリア礼拝堂だ。

 急いで馬厩に向かい、いつも乗っている相棒の馬にまたがる。


「すまないが急いでほしい」


 馬の首を撫でながら言う。

 言葉が分かってくれたのか、こちらを一瞥して歩を進め、凄い速さで走り出す。


 街中を馬で疾走する、きっとカノンは聖歌隊に入る試験を受ける気だと思う、そして今日がその日なのだろう。


 急ぎグローリア礼拝堂へと向かっていたのだが、目的の礼拝堂が見えた所で、信じられないほどでかい音が聞こえ、その音と共に礼拝堂のステンドグラスが割れたのか、ガラスの欠片が礼拝堂を中心にして周囲に飛び散る。

 色々な色のガラスの破片が、日の光で煌めき幻想的な光景を周囲に振りまいている。


 そんな幻想的な光景を見て、少しだけ現実逃避をしていたが、そのでかい音はきっとカノンの本気の声だと咄嗟に理解し、怯える馬から飛び降りてグローリア礼拝堂に自分の足で向かう。


 当然道行く人達は、その音と礼拝堂のステンドグラスが割れた事に驚いたのか幻想的な光景を見ながら固まっている。


 そんな人達を横目で見ながら急いで礼拝堂に入ると、色々な人が倒れている中、その中央で涙目をしながら佇んでいるカノンがいた。

 だが、ウィッグを付けているのか髪が長く、化粧もしていて見た目がいつもとは全く違う。

 シンフォニアがいた場合、見バレすると思っての対応かもしれないが、この場合は運が良かったかもしれない。


「逃げますよ!」


「え? 逃げるの?」


「こんな事を起こした張本人にだとばれるのは……さすがにまずいです」


「でも……」


 そういうカノンの周りには、声の大きさで気絶したであろう人達が床に倒れ、一部の人は座ったまま気絶している。

 倒れている人達を心配するようにカノンが見つめている。


 気持ちは分かるが、この惨状を説明するにはカノンが普通じゃないと言う事を説明する事になる。

 それはご両親の意志に反するし、私の意志にも反する。


 かなりの惨状と言えなくも無いが、カノンの為と思えば何も問題ない。

 まずは逃げる事を第一に考えるべきだ。

 困惑しているカノンを小脇に抱きかかえ、裏口へと走る。


 表には人が集まってくる声が聞こえ、倒れている人にも起きそうな人もいるようだった。

 なんとか人に見つからないようにグローリア礼拝堂から逃げ出し、落ち着いたところで小脇に抱えたカノンを降ろす。


「カノン様……馬車はどちらに?」


「……礼拝堂から離れた場所に停めてある」


「まずはそちらに行きましょうか」


 カノンがつけているウィッグを取り外し、着ている上着をカノンの肩に掛けて馬車へと向かう。

 その道中に何も言わない事に耐えられなかったのか、カノンが聞いてくる。


「怒って無いの?」


「察しはついていますから」


「もっと大きな声で歌いなさいって言われて……」


「分かっていますよ、ですが……私を簀巻きにした件については旦那様にご報告いたします」


「ぐぅ……だってオクトに言ったら絶対引き留めるじゃない!」


「当然です」


 基本的にはカノンのやりたい事に口出しはしないが、周囲に被害が出そうな場合に限りカノンの行動を止める権利をご両親から頂いている。

 

「そんなだからよ! 試すくらい良いじゃない!」


「お気持ちはお察ししますが、カノン様の体は少々常人とは違いますので……」


「……なんで私ばっかり我慢しなきゃいけないのよ!」


 憤っているが声量は抑えてくれている。

 少々可哀想だが、カノンの声では歌を歌うのは難しいだろう。

 あまりにも音域や声量の幅が広すぎて、ご自身ではコントロール出来ないからだと私達は思っている。

 抑えている力や声量、肉体的な事全てに手加減が必要なカノンにとっては、この世界は脆すぎるのかもしれない。


 力がある事が、逆にカノンを苦しめているといえる。


「抑えている力を知られれば、人とは違うカノン様を恐れて人が離れてしまいます」


 人と違うというのは、壁を作りやすい。

 出来る限り娘に平穏な生活を過ごして欲しい、とご両親も考えてカノンに力を抑えるようにと教育してきた。


「うう……わかってる!」


 何とか納得してもらい馬車に戻り、乗り捨てた馬を口笛で呼び寄せて帰路につく。

 屋敷に着くと、すぐさまご両親に起こしてしまった事件の話しを伝え、今後どうするのかという協議をする。


 カノンについてはあまり怒る事も無く、私を簀巻きにした件についてのお小言だけで終わった。

 私達は甘いのかもしれないが、カノンが我慢している件もあるので、どうしてもその部分が関わっていると真正面から怒る事が出来ないのだ。






 これが【聖歌隊礼拝堂破壊事件】の真相でございます。


 ステンドグラスは全て割れ、一時は敵対国からの破壊工作では無いのかと噂が立ちましたが、カノン様のご両親が匿名でかなりの金額を聖歌隊に寄付いたしましたので、豪商か貴族が起こした何らかの事故ではないのか、という事で落ち着きました。

 犯人かもしれないという少女の件についても、カノン様が辛うじて変装していた事が功を奏したと言えます。

 誰もこの事件がカノン様の所業だとは思っていなかったのです。


 ですが……カノン様の所業とは誰も気づいてはいませんでしたが、この事件の犯人はのちのち明るみになります。

 それはまだまだ先の話ですが、この次に起きる事件もまた、王都に住んでいる方々を一時的に恐怖に陥れる事になります。


 まずはその王都を恐怖に陥れた事件の話をしなければならないでしょう。


 ですが、決して悪い事だけでは無かったのです。

 一時的に恐怖に陥れてしまっただけで、その後に王都全域が浄化されていると確認されていたのですから……

 


 ええ、そうです、カノン様の声には体と同じように神の声が宿っていたのです。






 【聖歌隊礼拝堂破壊事件】から数日が立ち、カノンも落ち着いてきた頃に、王都内に敵対国家からの破壊工作が行われているのでは、という噂が流れた。

 国の上層部では、寄付された金額を考えると破壊工作では無い、と判断されていたが王都に住んでいる民にとってはそんな事はわからない。

 これは事故である、と国が公表したがあまり信じる人はいなかった。


 人の気持ちが暗い方へと向かうと、それに呼応するかのように霊やアンデッドが姿を現す。

 陰鬱な気持ちは、霊やアンデッドにとっては糧と言えるからだ。


 世界は全ての人にやさしくはなく、いつもどこかで悲劇的な死を遂げる者はいる。

 だが、周囲の人や、家族が供養する事により浄化されるが、陰鬱な気が蔓延している王都内は、浄化の力が効きにくくなっていた。

 

 あまりの事態に聖歌隊に王都内の街中で歌ってもらい、この陰鬱な空気を打破しようと国は躍起になっていたが、そんな事はカノンも私も知らなった。


「ねぇ、オクト」


「なんでしょう?」


 勉強の合間の休憩中に、紅茶を飲みながらカノンが聞いてくる。

 こちらに向き直り、話して良いものかと逡巡しながらもじもじしている。


「カノン様、どうしたのですか?」


 こちらが更に聞くと、覚悟を決めた顔して口を開く。


「オクト! 私、おもいっきり声を出して歌いたい!」


「……何故ですか?」


「いつも抑えていたから分からなかったけど……礼拝堂でおもいっきり声を出した時に感じたの……気持ちがいいって、気分が晴れるって」


 カノンにおもいっきり声を出したいと言われた時は、その気持ちをどう収めるかと考えが浮かんだが、話を聞いているとそれくらいは自由にさせてもいいのではないか、という気持ちが膨れ上がってくる。

 だとしたらどこで歌を歌わせるかという問題を解決しなければならない。


「それにオクトは歌う事を手伝ってくれるっていったもん」


 かわいらしい仕草で追撃をしてくる。

 ほんとにカノンに甘いなとも思いながらも了承する。


「……そうですね、お供したいのですが、あの声量をこの屋敷で出されますと色々と外聞がありますから、適当な場所を考えますのでお待ちください」


「やった! じゃあ何を歌うか決めておくわね」


 喜びながら紅茶を口元に持っていくカノンを見る。

 いつもなら強引に庭やテラスで歌う、と言い出すのが普通だったが、声を張り上げる事の危険性を理解してくれているようだ。

 あの事件は不幸な事故だったが、カノンと私達にとっては良かったのかもしれない。

 カノンの成長を喜びながらも、ご両親と協議をしなければいけない、と心の中で肩を落とす。


 その後、歌う曲を決めてカノンが歌う為の練習を開始する。

 だが、屋敷で声を張り上げる事は出来ない為、あまり意味のない練習だったかもしれない。

 それは何故かと言うと、まったく上達しなかったからだ。


 カノンが音痴な理由を強いて言うならば、鉄のこん棒を二本使い、箸を使う要領で豆粒を掴むようなものと言える。

 声量も音域も人よりも何倍も広いカノンは、それほどの微調整をしなければ、まともな歌声を出すことが出来ないのだ。


 だが一生懸命に歌うカノンに、【貴女は音痴で、誰も歌を聴きたいとは思っていません】なんてことは絶対に言えない。

 カノン自身も歌が上手いとは思っていないだろうし、上手いから歌う訳では無く、歌いたいから歌うのだ。


 その後もカノンは歌う練習を欠かさず行っていた。

 それを見ていたご両親が、せめてある程度聴ける歌にしてあげたいと言う親心により、特注のピアノ搭載馬車を作ってしまった。

 カノンの技術では一人で歌う事は難しく、聴くに堪えない歌になってしまったからだ。

 親馬鹿だとも思うが、仕方が無いとも思える。


 歌う場所は王都より出て少し山の方へと向かった、小高い丘の上に決まった。

 その近辺には集落も無く、森があるだけだ。

 王都からある程度近く、畑も民家も無い場所はそこしかなかったからだ。


 本来なら窪地で歌ってもらいたいが、さすがにカノンの気分が落ち込みかねないので、小高い丘の上に決まった。

 空が近くて歌うには気持ちのよさそうな場所で、きっとカノンも気に入るだろう。

 問題がなければ土地を買い上げる予定さえも考えられていた。


 王都とも結構な距離があり、少しくらいは歌声が聞こえるかもしれないが、微かだろうと軽く考えていた。


 だが、私達がカノンの本気の声量を甘く考えていた事を、のちのち後悔する事になる。




 そして運命の日がやってくる。

 空はどこまでも青く、雲はどこにも存在しない。


 今日は快晴で、ピクニック日和だ。

 外を見ると風が気持ちよく吹いているのか、木々がリズムを刻むように揺れている。

 馬車に揺られながら、人がいないであろう森の中を進む。

 やがて森を抜け、小高い丘が見えてくる。

 

「カノン様、あそこが歌う場所ですよ」


「思ったより良い場所ね。もっと窮屈な所で歌わせられると思ってたわ」


 道中の陰鬱な森の中を走っていたので、一体どんな場所で歌わせられるのかと不安だったようだ。

 森の中の光景は美しかったが、どこか陰鬱とした雰囲気をかもしだしていたからだ。


「……カノン様、ご両親も私もカノン様を抑えつけたいわけじゃないのです。平穏に生きて欲しいと本気で思っていますよ」


「……分かってる」


 少しだけ気分が落ち込んでしまったのか、俯いてしまった。

 今日は出来る限りカノンのストレスを排除したいと思っていたが、礼拝堂破壊事件が噂になっている事を小耳にはさんでしまった為に、少々ネガティブな思考に陥っているようだ。


「カノン様、元気を出してください。ふさぎ込んでいる顔なんて、私は見たくありませんよ」


「わかったわよ、ちょっと色々考えちゃっただけ」


「さあ、まずはお食事をしてから歌いましょう。その方が声が通りますから」


「そうなの?」


「ええ、適切な飲食が推奨されていますよ」


「ピクニックみたい」


「そうですよ、今日はピクニックと考えて準備しています。カノン様にとってはおもいっきり歌う事が目的だと思いますが」


「うん、今日はおもいっきり声を張り上げても良い日、素晴らしい日、だから【アメイジグ・グレイス】を歌うの」


「神の声があると知れ渡った時に有名になった古い曲ですね」


「結局、私に神の声が宿っているか分からなかったし、シンフォニアにぎゃふんって言わせられないけど、もうそんな事どうでもいい。思いっきり歌いたい!」


 まだシンフォニアの事を考えていたのかと、若干苦笑いが出てしまう。

 しかし、前向きになってくれるなら大歓迎だ。


「ふふっ、まずは丘に付いたらゆっくりいたしましょう」


「うん!」


 元気が出てきたみたいで、カノンの顔は笑顔に満たされている。

 そうでなければ、ご両親が苦心して用意した今日という日が浮かばれない。


 場所の選定はかなり難航した。

 王都周辺は民家や畑も多く有り、自領である辺境まで一度帰るかという所まで行ったが、それは時間が掛かりすぎると断念した。

 では近郊で良い場所は無いかと、探させたところ見つかったのがこの場所だった。


 民家も無く、周囲は森に囲まれている。

 しかもその森は、起伏が激しいので開墾しにくく挙句にアンデッドが出る事もあり、半ば放置されていたので好都合だった。

 

 やがて丘に着き、馬車を良い場所に停め、御者に馬を連れて行ってもらう。

 さすがにこの場に馬を置いておくわけにはいかない。

 出来る限りこの丘から離れてもらい、二時間ほどしたら戻る様にお願いしてある。


 簡易の机や椅子を馬車からだしハーブティーを淹れ、砂糖ではなくハチミツを使い味を調える。

 軽食も準備しているので、ルンルン気分のカノンと一緒に食事をする。

 やはり子供らしいカノンはかわいい、ちょくちょくわがまま令嬢になるのでそこが玉に瑕だ。


 奥様も来たがったていたのだが、やはりこの場にいるのはまずいかもしれないと言う事で却下された。

 練習の時に歌を聞いていたので、そこまで落ち込んではいなかったが若干こちらに罪悪感がある。

 

 やがてまったりと青い空を見ていたカノンが意を決して言う。


「私……歌うわ」

 

「では準備いたしますね」


 馬車に搭載しているピアノを弾けるように組み立てる。

 カノンが軽く歌いながら練習をしているので、こちらも調律されているかの確認の為にピアノを弾く。

 ピアノの音を聞いているカノンが体を揺らしながら小さく歌っている。

 

 このまま一気に行きたいところだが、こちらの準備がまだ終わっていない。


「カノン様、準備をいたしますのでピアノを止めますよ」


「わかったわ」


 素直に聞いてくれるのでほっとしながら準備していた耳栓を耳に詰める。

 そこからさらにイヤーマフをかぶり、耳を完全防備する。

 カノンからすると、かなり失礼に見えるが、鼓膜が破れる可能性が高いので仕方が無い。


「カノン様、こちらは準備完了です」


【ちょっと試しに声を出すね】


 机に置いてある紙に文字を書いて見せてくる。

 完全防備なので、カノンからの声が聞こえないかもしれないと準備していたものだ。


 カノンが大きく息を吸い込み大空に向かって叫ぶ。


「私の歌を聴きなさい!」


 そう叫んだカノンの顔は少し紅潮しているのか、嬉しそうな顔をしながらこちらを見て笑ってくる。

 こちらもなんだか嬉しくなり、ピアノで伴奏を開始する。



 【アメイジング・グレイス】はアカペラで歌うのが普通だ。

 伴奏も人の声で行う事が普通らしい、だが色々な楽器の楽譜があり、歌の代わりにバイオリンが主でピアノで伴奏する事もある。

 今回は、歌いやすいように前奏を長めにとってある。


 長めの前奏でカノンがリズムを取りながら歌が始まる。


【アメイジング・グレイス】


 素晴らしき恩寵


 何と美しい響きだろう


 私のような者に神の声をくださりました


 道を踏み外しさまよっていた私を


 神は救い上げてくださりました


 今まで見えなかった神の声を今は見出すことができます


 神の声こそが私の恐れる心を諭し


 その恐れから心を解き放ってくれます


 信じる事を始めたその時


 神の声のなんと尊いことでしょう


 これまで数多くの危機や苦しみ、誘惑がありました


 私を救い導いてくれたのは他でもない神の声でした


 神は私に約束してくれました


 その御言葉は私の望みとなり私の盾となり私の一部となりました


 命の続く限りこの心と体が朽ち果て


 そして限りある命が止む時に


 私は歌に包まれて喜びと安らぎの時を手に入れるのでしょう


 やがて大地が雪のように解け太陽が輝くのをやめても


 私の奏でた神の歌は永遠に私のものです


 何万年経とうとも太陽のように光り輝き


 最初に歌い始めたとき以上に神の声で歌い讃え続けることでしょう



 カノンの歌声で、体が震え、大気が震え、木々が震え、大地が震える。

 それは比喩でも何でもなく、本当に震えている。

 音程は酷いと言わざる得ないが、カノンから放たれる音は体を揺らし、なぜか心地よく感じる。

 きっと耳栓とイヤーマフが無ければ、そうそうに気絶していただろう。

 それほどの声量で歌うカノン。


 森の動物達はその声のでかさに驚いたのか、鳥は飛び立ち、動物が音より遠くへと一目散に離れていく。

 近くに居た動物は、昏倒し無防備に体を晒している。

 完全に被害者……被害動物と言える。

 

 だが、当の本人であるカノンの顔は明るく、体はピアノの伴奏と自分の歌に合わせ揺れている。

 気持ちよさそうにリズムにのって、空に向けて歌を歌っている。

 それ以上でも以下でもない、ただただ歌をおもいっきり歌っている少女がそこにいる。


 今のところ人に被害は無いが、動物は阿鼻叫喚の地獄真っ最中だろう。

 だとしても、いったい誰がこの少女を責める事ができると言うのだろうか。

 むしろそれは神を責める事と同位ではないだろうか。


 やがて歌い終わり、カノンが頬を赤らめながらため息を吐く。


「気持ちがいい……全力を出すってこんなに気持ちが良い事だったんだ」


 かすかに聞こえてくるカノンの声に、若干涙腺が緩くなったのか、涙が目じりに溜まってくる。

 子供の頃から、手加減して生きる事を強いられたカノン。

 貴族の令嬢なのだから、体を本気で動かすことなど全くできなかっただろう。

 そう考えていると、どうしても涙が溢れてしまう。


【もう一回歌いたい】


 感動に打ち震えていると、カノンが書いた紙を見せてくる。

 なんとなくこちらの感情も高ぶって来たので、自分も歌いたくなり声で伴奏しようと考えつく。


「カノン様、練習していないですが、私の声で伴奏いたします」


 カノンがびっくりした顔をするが、直ぐに頭をぶんぶんと縦に振る。

 どうやら一緒に歌うという事が嬉しいようで、そんなカノンを見ているとこちらも嬉しくなる。


「ではいきますね」


 そしてカノンの歌を導くための歌を歌う。

 さきほどはピアノに向かっていたが、今回は自分も大空に向けて言葉ではない、声で演奏するように歌を奏でる。


 青い空に向けて声を出す、それはそれは爽快で、更にお腹に力が入り声を張り上げる。

 カノンの声量に比べれば、かなり小さい声だとしてもそんな事はどうでも良い。


 今はただただ声を張り上げ全力を出す。

 そうしなければカノンの歌声を導けない。


 カノンに目を向けるとにっこりと笑うので、きっと導けているはずだと思いながら、全身でカノンの声を感じながらどこまでも青い空に向けて、さらに声をカノン声に合わせて歌を紡いでいく。


 二人で紡いだ歌声は大気に溶けるように吸い込まれていく、カノンが言っていた通りに気持ちがいい。

 自分の声はほとんど聞えないし、カノンの歌もあまり上手くない。


 だからどうした、という言葉を心の中で叫びながらカノンと共に歌を奏でる。


 そんな心地の良い時間が過ぎ、歌が終わってしまう。

 余韻に浸りながら深い深呼吸をする。

 カノンもこちらを真似るように深呼吸をする。


 全てを出し切ったからなのか、カノンの声に当てられたのか、体が上手く動かずに後ろに倒れてしまう。


「オクト!」


 カノンの心配する声が耳栓越しでも普通に聞こえる。

 どうやら本気で心配だったのだろう、こちらの顔を覗き込むカノンの頬に手を添えて首を振る。


「全力で歌いすぎただけですよ」


 カノンがほっとした顔を見せ、同じように横に倒れる。


「歌って凄い」


 ちょうど耳栓を取った時に、カノンが隣でそう呟いた声が聞えた。


「そうですね、大空に向けて歌うだけでこんなにも気分が良いものなんですね」


「今までは聞くだけで良いと思っていたけど、これからはもっと歌いたい」


「……そうですね」


 若干答えに迷う事をカノンが言うので、返事をするのに躊躇してしまった。

 歌うにしても、毎回ここでやると噂になる可能性は高い、また場所決めの協議か……と心の中で呟く。


 かなりのエネルギーを使ったのか、持ってきていた軽食を二人で全部食べてしまった。

 カノンと共にまったり御者を待っていると、急にカノンが呟く。


「聖歌隊はもういいかも……」


「どうしてですか?」


「こんな大きな声じゃ入れたとしても、聖歌隊と一緒に歌うなんて無理だよね」


「……そうかもしれませんね」


 答えにくい事を聞いてくる、と思いながらも事実なので肯定する。

 だが、心配をよそにカノンの顔に影は無く、逆に何か覚悟を決めたような顔だった。


 御者が馬を連れて戻って来たので、馬を馬車に繋ぐ。

 机や椅子を片付けて、出発しようとした時に、確認の為に御者に声をかける。


「聞こえました?」


「はい……かなり大きく……」


「そうですか……」


 御者の言葉に一抹の不安を抱えながら王都へと戻る。

 行きに通った森に差し掛かると、何やら木々が光り輝いている気がする。

 陰鬱とした森だったが、浄化されたのか何やら雰囲気が明るくなっている。


 これはもうカノンに神の声が宿っているのは確かだろう。

 そんな事を考えていると、王都が見えてくる。

 隣には歌い疲れたのか、カノンが軽い吐息を漏らしながら静かに眠っている。


 大きな門に近づくにつれ、人々が騒いでいる姿が見える。

 なんとなく嫌な予感で背中がぞわぞわするが、貴族用の通路へと向かう。


 若干そわそわしている衛兵に家紋を見せ、何事も無く王都に入れることになったが、何を騒いでいるのか気になり衛兵に聞いてみる。


「何かあったのですか?」


 疑問を持って聞いたことに衛兵が一瞬驚きながらも聞き返してくる。


「あのぅ……歌……聴こえませんでした?」


「ああ……ここまで響いていたのですか?」


 大分離れていたはずだが、王都にまで聴こえていたようだ。

 だとしても、軽く響いたくらいならまだ挽回できるはずだ。


「響いていたというか……空から聴こえてくるので、何事かと皆が騒いでいるのです。天啓と言う人もいるのですがあまりにも音痴でしたので否定されていますが……」


 衛兵も、わけのわからない歌声に怯えているのか、話していると段々と顔が青くなっていくので、途中で止める。


「そうですか……ありがとうございました」


 どうやらがっつり聴こえていたようだった。

 その後眠っているカノンを起こさないように素早く屋敷に帰り、ご両親と今後どうするかの協議を行った。


 当然、今回使った丘はもう使わない事が決定した。







 これが【私の歌を聴きなさい事件】の全貌です。


 そうです、この事件の犯人はカノン様と私です。


 国が本格的に犯人捜しをするまで、色々な憶測が飛んでいました。

 さすがにこれは隠しきれいないと、旦那様が国に真実を告げたのはその時です。


 ですが、この時はまだ国もあまり犯人探しに力を入れていませんでした。

 それは何故かと言うと、先にも書いていた通り、カノン様に神の声が宿っていた事と、擁護する方々がいらしたからです。


 調べて見た所、ほぼ王都とその周辺全域にわたり聞こえていたという報告を貰いました。

 しかも不可思議な事に、ピアノの伴奏と私の声まで聞こえていたと聞き、カノン様の神の声の異質さを、まざまざと見せつけられたと言えます。



 そうです、私の歌声も王都中に聞かれてしまいました……ごほん……申し訳ございません、私の事は棚に置いておきましょう。



 歌が聞えた時の王都内は、誰が歌っているのか、何故音痴なのか、一体何が始まるのかと恐慌状態になっていたらしいです。

 しかも歌の前に【私の歌を聴きなさい】という声も、はっきりと聞こえたらしく、その言葉が物議を醸す事になります。

 

 その言葉の意味を考えると、あの歌声は神様の声である、という一部の方々が熱狂的に主張していました。

 当然反論される方々もいました、それはカノン様の歌があまりにも音痴だったからです、この歌声が神様の声であるわけがない、と。

 更に、歌声を増幅させる装置を開発した人が、試験的に歌ったのでは、という主張をされる方もいましたね。


 ですがその後王都周辺全てが浄化されている事に気づく事になり、王都の方々は音痴な歌声を普通に受け入れだしたのです。


 そしてこれが一番不思議だったのですが、聖歌隊の一部の方達が、カノン様の歌声に感銘を受けたらしく、熱狂的なファンが出来てしまったのです。

 

 正直に言いますと、カノン様の歌は音程もめちゃくちゃで、一生懸命さは感じるのですが、まあ……酷いです。

 ご両親と私であれば、愛情も込みで評価は上がりかねませんが、赤の他人が良い歌だと評価する意味がわかりません。


 いえ、カノン様の歌が駄目と言いたいのではありません、かわいらしい声なんです、いじらしいというか……

 

 ……ごほん……この話は止めましょう。


 

 この後カノン様が微妙な顔をしながら、王都内で噂されているご自身の歌声の評価を聞いていました。

 ですが、他人の評価など気にしない、という教育方針もありましたので、あまりふさぎ込んでいませんでした。


 カノン様は頭の中には次は何時歌えるのか、という点のみが気になっていたようです。


 そして長期の休みという事もあり、歌う場所を求めて自領である辺境へと向かう旅が始まるのです。

 その旅の中で巻き起こる事件もまた、国を揺るがす事態へと発展するのですが、それはまた次の機会に語りましょう。


 長時間お話にお付き合いしていただき、ありがとうございます。


 これにてカノン様の王都でのお話は終わりになります。


 次の機会もあればいいのですが、それはあなた方の評価にかかっているといえます。


 え? 点数稼ぎしすぎ? いえいえ、むしろここからが私の恥部を晒す事になるのですから、それくらいの事を言う権利があると思います。


 では……皆さま、また会う日までお元気で……

アメイジンググレイスは著作権が切れていますので載せてあります。

歌詞にカノンの思いが重なるように手を加えてあります。

本当の訳ではありません、ご了承ください。

この話には続きがありますが、何時投稿出来るか分からないのと、モチベーション維持の為に短編で投稿します。

タイトル回収はされているのでお許しください。

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