表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

天才だったのだ!

作者: ポチ吉

 良く有る悪役令嬢追放モノを書こうとしたらこうなった。どうしてこうなったかは知らない。

「ジュリエット=J=ジャッジメントっ! 俺は君との婚約を破棄する!」


 そこら辺にある魔法とかが存在する世界の、良く有る貴族と平民が一緒に学ぶ学園のパーティで、これまた良く居る金髪碧眼のイケメン王子が、これまた良く有るセリフを高らかに叫びます。

 ダンスの間の音の空白を狙ったのでとても良く響きました。

 そして、モブAの「J多くね?」と言うヒロインの名前に対する突っ込みはあまり響きませんでした。残念です。


 それを受けたヒロインJもこれまた良く有る反応をしました。

 盛大に溜息をついたのです。

 そこはジョジョ立って「やれやれだぜ」位言いながら溜息を吐き出せば個性が出そうなものですが、仕方がありません。彼女は別に黄金の精神を持ってはいないのです。


「ごめんなさい、ジュリエット様! 全て私が悪いのです!」


 そして殿下の横に立つ、これまた良く居る素朴な美少女がそんなことを言います。

 本当に悪いと思ってるならやらなければ良いのに。……不思議ですね?

 そんな不思議系ヒロインの周りには、良く有ることですが数人のイケメンが居ました。


「いや、君は何も悪くないよ。悪いのは全てあの女だ」


 殿下が良く有るセリフを言います。


「その通りです。あの様な悪女は国母に相応しくない」


 宰相の息子も眼鏡を直しながら良く有るセリフを言います。

 キラリと眼鏡が光ります。


「そうだ。テメェは自分を責めるんじゃねぇ」


 勿論、騎士団長の息子だって負けていません。

 やっぱり良く有るセリフを言います。


「……」


 銀髪の暗殺者は無言でヒロインAを庇う様に動きます。懐に入れられた手にはナイフが握られています。

「スティ」と、殿下がソレを押えます。ポプテ〇ピックで見た。


「私が何か?」


 ヒロインJが予定通りに良く有るセリフを言ったので、殿下達も良く有るセリフで応じます。

 物的証拠は無いけど心のキレイなヒロインAが嘘を吐くはずがねーべさ! と、言うお決まりのアレです。


「――やれやれだぜ」


 それを見ていた群衆の中の一人の『男』の『言葉』は誰にも届かないッ!

 なぜならばっ! 『殿下達』は『妄信』しているからだぁッ!


 そんなわけで殿下はまたもや良く有るセリフを叫びます。


「分かったかっ! 俺はお前の様な心の汚い者と一緒にはなれないっ! 俺は彼女と本当の愛を育んでいく! 今一度言おう! ジュリエット=J=ジャッジメント、お前との婚約を破棄す――っっっ!?」


 その時、殿下に電流が奔ります。

 覚醒です。

 一山いくらの『悪役令嬢もののバカ王子』であった殿下は、これまた一山いくらの『チート持ち転生者』だったのです。


 この全身を貫かれたような感覚……!

 この多幸感……万能感!

 そうか、やっと理解できた!

 俺が……俺こそが!

 天才だったんだー!!


 殿下が天才として覚醒しました。

 野球センスが良くなった。

 ミートが10上がった。

 パワーが20上がった。

 走力が10上がった。

 肩力が10上がった。

 守備力が10上がった。

 捕球が10上がった。


「……今の、無しで」


 青ざめた顔で殿下が言います。

 天才に覚醒した殿下には先程までの自分が如何に愚かだったかが分かってしまったのです。

 そんな殿下を見ながらヒロインJはにっこり笑って言います。


「駄目です」

「そこを何とか」

「駄目です」

「あの、本当に、何とかお願いします」

「いやです」


 殿下も食い下がりますが、効果はありません。

 この後の良く有る展開の為にスタンバってる殿下の父上様と兄君様がカーテンの裾から様子を伺っています。

 ヒロインJが腕時計を見るような仕草をします。

 時間が押しているので早く『ざまぁ』に持っていきたいのです。


 殿下は必死でこの状況を打破する手を考えます。

 ですが何も妙案は浮かびません。


「この状況でパワーとかがすごく上がってもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 殿下が四つん這いで絶叫します。

 そう言えば、ステータスの伸びを見るに、殿下はパワー型のようでしたね。

 スタンドまでボールを運ぶパワーも、この状況では何の役にも立ちません。

 投手なら上がったコントロールでヒロインのハートを撃ち抜けたかもしれませんが、殿下の守備位置は外野でした。クソレフトです。


「ッ! 魔女め、殿下に何をしたっ!」

「大丈夫か、殿下ァ!」

「……」


 類は友を呼ぶとはよく言ったものです。

 馬鹿だった殿下の周りには馬鹿しかいません。

 馬鹿たちは順調にヒロインJを貶し、それを庇う様に出てきた自身の婚約者達も貶し、婚約破棄をしました。

 舞台の裾には国王、第一王子、宰相、騎士団長、暗部の長が待機しています。

 王様と宰相はストレッチに余念がありません。

 若くも無いし、肉体派でもないので、飛び出すタイミングで出遅れてしまうかもしれないからです。


 そんな状況でそれは起こりました。

 馬鹿達に電流が奔ります。

 類は友を呼ぶ。即ち――


「この状況でコントロールとかがすごく上がってもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「この状況で肩力とかがすごく上がってもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「この状況で守備力とかがすごく上がってもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 全員覚醒しました。

 しかし全ては手遅れでした。

 四人の少年は叱られ、それでも僅かな温情により、庶民の学校に通うことになりました。







 それから色々なことがありました。


 弱小の野球愛好会を救う為に強豪校との練習試合で泥まみれになりました。

 最後まで諦めない。頭部へのデッドボールを受けながらも、バットを握ってそう言ったまま、意識を失ったキャプテンの無念をバットに乗せ、殿下が最終回裏の2アウト、三点差満塁の場面でグランドスラムを放ちました。


 過っての婚約者達から向けられた刺客は狡猾で、宰相ジュニアと騎士団長ジュニアのバッテリーに亀裂を入れました。

 球が遅いことを宰相ジュニアは恥じており、宰相ジュニアのコントロールを生かせない自分のリードを騎士団長ジュニアは恥じていました。

 二人は喧嘩をし、殴り合い、話し合い、『本当の』バッテリーになりました。

 二人は協力して左のサブマリンを完成させ、刺客達を完封しました。


 後ろ暗い過去を持つ暗殺者は自身が日の下で白球を追いかけることに後ろめたさを感じていました。

 チームメイトたちもそんな彼から距離を置いていました。

 そんな彼を救ったのは後輩の二塁手でした。決して野球が上手いわけでもなく、それでも野球が好きなその後輩に影響され、暗殺者は少しだけ笑うようになりました。

 その後輩を庇い、対戦校の不良たちにバットで殴られた暗殺者の姿を見て、それまで彼のことを嫌っていたチームメイト達は自分の頬をぶん殴りました。


「殿下。必ずオレが塁に出る。だから……」


 特に暗殺者を嫌っていた一塁手。頬を腫らしながらのその言葉に殿下は力強く頷きます。


「任せろ」


 チームが一つになった瞬間です。






 数多のライバルを下し、彼らは夢の舞台への道を進みます。

 鋼志園予選大会、決勝。

 夢の舞台まであと一歩と言う九回裏、1アウト。

 バッター四番でスリーボールツーストライクのフルカウント。

 打者も投手も追い込まれています。

 宰相ジュニアはマウンドからスコアボードを見ます。

 6対5。

 1点差で勝っています。

 それでも塁は全て埋まり満塁。相手チームにしてみれば一打逆転の大チャンスです。

 宰相ジュニアの手が震えます。緊張から? いいえ。疲労からです。

 宰相ジュニアは『強心臓』持ちでした。

 けれども日々の連戦をたった一人で投げ切った宰相ジュニアの身体はもうガタガタです。肩で息をしているので、本当ならば、交代してなければおかしいくらいです。

 ですが、宰相ジュニアは知っていました。弱小野球部である自分たちの弱点は選手層の薄さだ、と。

 そう、交代できる投手はいないのです。

 そして自身の疲労の度合いから言っても、延長はありえません。


 ――この回で、終わらせる


 宰相ジュニアの眼鏡がきらりと光り、キャッチャーマスクをかぶる騎士団長ジュニアが頷きます。

 投球モーション。

 地を這うような軌跡から放たれるモノは何でしょうか?

 切り札のパームボールでしょうか?

 先程のカーブをなぞる様に、それでもタイミングを外させるスローカーブでしょうか?

 どちらも違います。

 技巧派である宰相ジュニアを生かすべく、騎士団長ジュニアが選んだボールは――


 ――ストレート


 綺麗なバックスピンをかけられ、その一球は外角低めに伸びていきます。

 カィン! 芯を食った音が響きます。

 ライナー性の当たりです。

 それでも差し込まれた打者は打球を捌けず、ショート手前に向かって突き刺さります。


本塁っ(よつっ)!」


 取った!

 バックホームに備え、キャッチャーマスクを脱ぎ捨てながら騎士団長ジュニアはそう確信します。

 遊撃手は暗殺者です。

 地方球場の魔物すら捻じ伏せる彼の守備ならば問題ありません。

 そう、思って、いました。

 そう、思って、しまいました。


「ッ!」


 目を見開く騎士団長ジュニアの視線の先で地方球場の魔物が牙を剥きます。

 イレギュラーバウンド。

 待ち構える暗殺者を避けるようにボールが三塁側に大きく跳ねます。

 それでも暗殺者は流石でした。


「――通さんっ!」


 暗殺者は横っ飛びでボールを掴みます。

 それでもそこまででした。

 体制を崩したまま、地面に叩きつけられます。

 三塁からホームに向けてランナーが走ります。

 俊足です。

 深く守って居たこともあり、起き上がって、投げていては間に合いません。

 三塁手のフォローも間に合わず、このままでは同点になってしまいます。

 余力のないチームにとって、それは致命的でした。


 誰もが終わったと思いました。

 誰もが諦めました。


 応援席に居た麦わら帽子の王様は見ていられないと顔を反らし、第一王子は弟の成長した姿に涙しながらも諦めていました。

 宰相は絶望に頭を垂れ、それまで声を張って応援していた騎士団長の声は消え、暗部の長が叩く太鼓の音も同じように消えていきます。


 その時です。

 鍛えられた暗殺者の感覚にソレは映りました。

 暗殺者は倒れたまま、誰もいない空間に向かってボールを投げます。

 それは高く、柔らかいトスでした。


 誰もが終わったと思っていました。

 誰もが諦めていました。

 ――それでも、ただ一人、たった一人だけ、終わったと諦めていない人がいました。


 奇跡ではありません。

 諦めないが故の必然です。

 国旗に描かれた狼の様に、浮かんだボールを喰らう人影があります。

 殿下です。

 走りこんでいた殿下は空中でボールを掴みます。


「レぃっ!」


 着地。殿下の右足が地面を踏みます。助走の勢いは死んでいません。そのまま振りかぶってテイクバックです。


「ザぁ!」


 浮かせた左足が次に地面を踏みます。体が止まる代わりに、乗っていた『勢い』がボールに伝わります。

 そうして放たれるのは――


「――ビィィィィィィムっ!」


 言葉通りに、空気を焦がす剛速球。

 矢の様な返球を騎士団長ジュニアは受け取ります。

 走りこんでくるランナー。

 手には仲間たちから託されたボール。


「――止めるっ!」


 眼鏡をかけていないはずの騎士団長ジュニアの眼が、宰相ジュニアの様に輝きます。

 人と人がぶつかる音が響きます。マッチョ・ナンセンス? そんな物はこの世界にはありません。ランナーのタックルを捕手は受けます。騎士団長ジュニアは腰を落として踏ん張りました。


「アウッ!」


 審判の声に、球場が歓声で震えます。

 これで2アウト。まだ油断はできません。

 それでもピンチを凌いだ彼らはその勢いのまま進みます。

 そして――


 ――ゲームセッッ!


 審判の宣言。

 ナインがマウンドに駆け寄り、宰相ジュニアを胴上げします。

 四人の馬鹿はこうして夢の舞台への切符を手に入れました。

 これからも彼らは戦い続けるでしょう。

 (はがね)(こころざし)を胸に、鋼志園の舞台で。






 それを物陰から眺める四人の美しい少女が居ました。


「へぇ、少しはやるようになったじゃない」

「そうでなければ困りますわ」

「だが良い気になるのも今の内だ」

「えぇ、その通り。漸く舞台に立った。それだけのことですもの」


 ――さぁ、自分の力のみでもう一度、頂点(ここ)まで登ってくるが良い。その時こそ収穫(婚約)の時だ


 彼女たちはそんな物騒な言葉を残して影に溶けていきました。


 因みに、


 殿下は野球部のマネジャーと、

 宰相ジュニアは女子硬式野球のボーイッシュ系少女と、

 騎士団長ジュニアはクラスメイトのツンデレと、

 暗殺者は目立たない美術部の後輩(眼鏡)と、


 それぞれくっつくので、謎の四人の野望は打ち砕かれる。

 めでたしめでたし。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 急展開する話だったことしか覚えておらず、読み直したときに思いました 「ジュリエット=J=ジャッジメントっ! 俺は君との婚約を破棄する!」 君との婚約の破棄を代償にヒロインAを召喚! ヒロイ…
[一言] DHHから来ました。 なぜ野球なんでしょう? 拳に全てをかける二人ならリングで決着をつけるべきだと思います。
[一言] まさか悪役令嬢ものが、野球へ舞台を移すとは思いませんでした。予想の斜め上を行く展開に、スピード感溢れる野球描写、スポ根ものとして面白いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ