Episode9 「宣戦布告」
勇気たちがパーティー会場に来てから20分ほど経った頃。突然、スピーカーを通して会場全体に健吾の声が響き渡った。
「あー、あー……聞こえますでしょうか?」
パーティーに集まっていた約70人の来客が雑談をやめ、一斉に会場奥に設置された舞台に目を向ける。そこには、スタンドマイクの高さを調節する健吾の姿があった。会場の隅の記者たちも、あわただしくカメラを回し始める。
「これでよし、と……えー、みなさん。本日は、僕の社長就任記念パーティーにかこつけてタダ酒を飲みに来ていただき、まことにありがとうございます」
彼がおちゃらけた表情でそう言うと、会場がどっと笑い声で満たされた。
「悪趣味なジョークね……」
周りの来客たちが笑っている中で、佳代子は真顔でぼそりと呟いた。横の勇気は緊張の面持ちで舞台上の健吾を見つめている。
笑い声が収まった頃を見計らって、彼はまたしゃべりだした。
「それでは冗談はこの辺にして。さて皆さん、まずは我が社の概要から。ここ暮明町に本社を構える宮田コーポレーションは、今年で60年の歴史を持つ、日本の一大企業です。今やこの会社は、食卓の食器類から、海軍が運用している潜水艦に至るまで、ありとあらゆる工業製品を作っています。おそらくこの会場のどこかにも、宮田コーポレーション製のネジが使われていることでしょう」
彼はここで一呼吸おいて、続けた。
「私は今までずっと、宮田コーポレーションの開発部門で働いてきました。前社長である宮田信弘氏が設計したネオアークエナジーを実現させるためにです。しかし4か月前に彼は、志半ばで帰らぬ人となってしまいました……」
あからさまに悲しそうな表情になる健吾。
それは本当はお前の仕業なんじゃないのか?――そう叫びたくなる気持ちをぐっと抑えながら、勇気はスピーチを続ける彼の姿を睨み付けた。
「失礼。このような場で故人の話をするのは不適切ですね……ですが、今日ここで私が新社長としての抱負を述べるにあたって、彼の話をすることは避けては通れないのです。彼は、ネオアークエナジーを使って世界のエネルギー問題を解決するために、全てを賭けていました。そして私も彼のその姿勢に感銘を受け、研究に没頭してきたのです」
彼はここでまた一呼吸を置く。会場が静寂に包まれた。
「……皆さん。ご存知の通り、私はまだ34歳です。この若さで社長に就任するということにプレッシャーを感じていないと言えば、それは嘘になります。しかし、私は一人ではありません。宮田コーポレーションで働く社員一人ひとりが、私にとっては言わばファミリーのようなものなのです。これから私は、このファミリー全員で助け合いながら、会社を正しい方向に導いていくことを、ここに宣言します!」
彼は力強く言い放った。そして会場に、割れんばかりの拍手が鳴り響く。勇気と佳代子を除いた来客全員が、笑顔で舞台上の健吾に向けて拍手を送っていた。マスコミのカメラも、ここぞとばかりにフラッシュをたきながら写真を撮る。
「流石の芝居のうまさね……」
「ええ……」
そう言いながら、勇気と佳代子も不満げな表情で拍手する。
そして来客たちの拍手が鳴り終わるのを待ってから、健吾は再び口を開いた。
「そうそう、ファミリーで思い出した……実は今日は、特別なゲストを呼んでいるんです」
彼は爽やかな笑顔でそう言う。勇気からすれば、舞台上の彼の発言は白々しいことこの上ないものである。だが、ここで平静を乱すわけにはいけなかった。健吾がいるこの場で勇気がスピーチを行うということはすなわち、彼への宣戦布告でもある。父を殺したかもしれない男がいる前で、なよなよとした当たり障りのないスピーチをする気など、もはや今の勇気には毛頭なかった。
「佳代子さん、これ、持っててください」
そう言いながら勇気は、飲みかけのオレンジジュースが入ったグラスを佳代子に渡す。
「ええ、頑張ってきなさい」
「はい……」
勇気はネクタイを強く締め直し、決意とともにしっかりと前を向いた。
「ご紹介しましょう。前社長である宮田信弘氏のご子息である、宮田勇気さんです!」
健吾は手のひらを広げ、勇気がいる場所を指し示した。
会場の来客とマスコミのカメラが、一斉に勇気の方を向く。それに対して彼は、胸を張ってにっこりと笑った。そして、健吾が待つ舞台の上へと一直線に堂々と歩き出す。彼のその表情には、先程までのような緊張の色はまったくなかった。