Episode6 「サンダーフィスト」
書斎から地下に続く階段を下りると、二人は真っ暗な空間にたどり着いた。
「うーん、暗いなぁ……ここは、どこなんでしょう……?」
そう言って勇気は一歩踏み出す。すると途端に天井の照明が起動して、二人がいる部屋を鮮明に照らした。
「これは……なに?」
目の前に広がる光景を目の当たりにして、佳代子は怪訝な顔で呟く。
「……ここは……そうか、父さんのガレージだ!凄い!」
勇気ははしゃぎながら叫んだ。二人が今いる地下室は、先程の書斎同様18畳ほどの広さであった。壁の棚には本ではなく大量の工具箱やがらくたが置かれており、天井からの照明の光を鈍く反射している。佳代子にはこれらのがらくたが何なのかさっぱりわからなかったが、勇気は目をキラキラと輝かせながら辺りを見回していた。
書斎の隠し扉に地下のガレージ。生まれてから19年間暮らしてきた家にこのような男心をくすぐる秘密があったということに、彼の胸は猛烈にときめいていたのだ。
「凄い……まだ世間には出回ってないような試作品のサーボモータやアクチュエータまで置いてある……ここ、素晴らしいところですよ!佳代子さん!」
「そ、そうなの……?」
佳代子は彼のはしゃぎように呆気にとられていた。
部屋の中央には、大きな作業用のテーブルが設置されている。勇気はテーブルに歩み寄り、そこにあった一枚の薄汚れた紙を拾い上げた。
「これは……設計図?」
彼が見つめる紙には、複雑な線が大量に書き込まれていた。
「他にも何枚かあるぞ……これ、全部何かのパーツの設計図だ……」
彼が言うように、テーブルの上には数枚の設計図が無造作に散らばっている。
「……つまり、その設計図に描かれたパーツを全部作って組み合わせると、1つのものが出来上がるってこと?」
佳代子は聞いた。
「えーっと……あった、これだ!この設計図に描かれているのが、最終的に組みあがるものですよ!」
勇気はテーブルから一枚の紙を取り上げ、佳代子に差し出した。
「これは……」
その設計図には、ガントレットのようなものが描かれている。彼女はそれを見つめながら首を傾げた。
「これ、一体何に使うの?」
「見てください、ここに文字が書かれていますよね……ほら、「サンダーフィスト」って」
勇気が設計図の上端をトントン、と軽く叩く。そこには確かに、「サンダーフィスト」という文字が鉛筆独特の濃い字で書かれていた。
「サンダーフィスト……雷の拳……つまりこれは、武器ってこと?」
「ええ。しかもこれはただの武器じゃありません。このガントレットの見取り図の、手の甲の部分をよく見てください」
そう言われて、彼女はその部分に目を移す。ガントレットの手の甲には、丸いアタッチメントのようなものが作図されている。そしてその円の中に、小さな文字で「ネオアークエナジー」と書かれていた。
「そんな、ありえない……じゃあこれは、ネオアークエナジーを使った兵器ってこと……?社長がそんなものを作るなんて……!」
佳代子は驚いて目を丸くした。彼女の言葉に、勇気は強く頷く。
「父さんは、誰よりもネオアークエナジーの平和利用にこだわっていました。でも、もしもこれが父さんの言っていた「最後の希望」だとしたら……横島さんが作っているという兵器を止めるために、必要不可欠なものなのだとしたら……僕は、これを絶対につくります」
そう言い放った彼のまなざしには、ゆるぎない決意がこもっていた。その目を見た佳代子は、平静を取り戻して言う。
「……分かったわ。材料は、調達できそう?」
彼はゆっくりと舐め回すように、部屋を見渡した。
「大丈夫です。ここにあるもので作れると思います。今すぐにでも、取り掛かりますよ」
言うが早いか、彼はすぐさま作業に取り掛かった。テーブルの上の設計図をまとめ、せわしなく周りの棚から工具箱と機械のパーツを集め始める。
「……やっぱり、社長の息子なのね……」
彼女の呟きは、完全に集中している勇気の耳には届かなかった。彼のその作業に没頭している姿は、父である信弘が仕事をしていた時の様子とそっくりだと、彼女は思った。