Episode5 「父の書斎」
勇気は、久しぶりに父の書斎部屋の扉を開けた。その部屋は窓が一つもないため、真っ暗で少し埃っぽい。彼が壁のスイッチをパチリと押すとシーリングライトが起動し、その明かりが部屋の全貌をあらわにする。
「わあ、凄い部屋ね……」
部屋に入った佳代子は、周りを見渡しながら感嘆の声を上げた。書斎はとても広く、およそ18畳ほどである。括目すべきは書籍の量で、部屋の壁一面が本棚になっており、そこに本が所狭しと並べられていた。そして部屋の中央には、ぽつんとデスクが配置してある。
「父さんは、小説がとても好きでした。仕事柄、周りからは完全に理系の人間だと思われていたようですけどね」
彼は過去を懐かしむような口調で言った。
「へぇ……そういえば社長は、仕事の合間にもよく小説を読んでいたわ」
「なるほど、そうですか……あ、金庫はここです」
勇気は、部屋中央のデスクに向かう。
「ほら、ここに」
彼が指さしたデスクの下には、20cm四方の小さな金庫が置いてあった。
「昔よく父さんの書斎で遊んでいたので、金庫の場所も知ってたんです。勿論中身は知りませんけど」
「それじゃあ、きっとこの中に、社長が残した最後の希望があるってことね」
「だといいんですけど……そううまくいきますかね?」
勇気は肩をすくめながら言った。そもそも二人は、父が遺言の中で語っていた「最後の希望」というものが一体何なのかさえわかっていない状況だ。
「物は試しよ。開けてもらえる?」
「分かりました」
彼は頷きながらかがみ、鍵を金庫に差し込む。そしてそのままゆっくりと時計回りに腕を回した。45度ほど回したところで、かちゃりと気持ちのいい金属音が鳴る。
「よし、いいぞ。これで……あれ?」
金庫を開けようとする勇気であったが、なぜかその扉はびくともしない。
「……どうしたの?」
佳代子は怪訝な顔でのぞき込む。
「金庫の扉が、開きません……もしかしてこれ、ここの鍵じゃなかったんですかね?」
勇気は表情を曇らせた。するとその瞬間、ガチリ、という重低音が部屋に響いた。二人はビクリと体を震わせる。
「……なんなの?」
「……佳代子さん……あれ……」
彼は茫然としながら、部屋の東側に面する壁を指さした。その壁の真ん中にある本棚が、ゆっくり、ゆっくりと前にせり出してくる。
「ど、どういうこと……?」
あっけにとられた表情で佳代子は言った。
「えっと、つまり……僕が鍵を挿し込んだこれは、金庫じゃなかったんです。スイッチだったんですよ」
本棚はある程度前にせり出すとぴたりと止まり、今度は左にスライドしていった。
「嘘でしょ……」
「……凄い……これは本棚の裏の、隠し扉を出すためのスイッチだったんだ……!」
本棚が完全に動きを止める。先程までその本棚があった場所には、新たに銀色の扉が存在していた。それを見つめる勇気の目は、先程までの不安なものとはうって変わって、少年のようにキラキラと輝いている。
「さあ、行きましょう!」
興奮した声色でそう言うと勇気はすかさず扉の前に行き、ドアノブを回して力強く押した。ギィ……と少し錆びついたような音を響かせながら、扉が開いていく。するとその先には、地下へと続いていると思われる金属製の階段があった。
「なんか……気味が悪いわね……」
佳代子の顔には不安の色が浮かんでいる。
「そうですねぇ……この先には、一体何があるんでしょうか……」
二人は階段に設けられた手すりをしっかりと掴みながら、薄暗い中を慎重に下りていった。