Episode4 「最後の希望」
父が残した映像を見た次の日、勇気は電話で佳代子を家に呼んだ。彼女はすぐに向かってきてくれた。
「そう……遺言を見たのね……」
いつものスーツ姿でリビングに上がった彼女は、ソファに腰掛けながら言った。
「はい……佳代子さんは、この映像は既に見ているんですか?」
勇気は彼女の向かい側のソファに座った。
「いいえ。でも、ビデオの内容自体はあらかじめ社長から聞かされているわ」
「そうですか……それじゃあ、横島さんは本当に……」
「まだ確実な証拠は掴んでいないの……でも恐らく、社長を殺害したのは彼よ」
「……」
勇気は顔を伏せた。拳をぐっと握りしめる。
「今まで黙っていてごめんなさい、勇気君。でも、社長が亡くなられた時あなたはまだ高校生だったから、USBを渡せなかったの。社長は生前、できるなら息子が成人してからこの遺言を見せてほしいとおっしゃっていたわ……」
「……それはなぜですか?」
勇気は率直に疑問を口にした。それに対して、佳代子は真剣なまなざしで答える。
「横島さんの悪事を暴くというのは、恐らく簡単なことではないわ。最悪の場合、彼から何らかの報復を受けることになるかも知れない。だから社長は、あなたが成人して、大人としての判断能力を持ったうえで、この遺言を見てほしいと考えていたの」
「何らかの報復を受ける」。その言葉が、勇気の肩に重くのしかかった。
「でも、横島さんは昨日正式に新社長に就任してしまった。彼が宮田コーポレーションの社長という絶対的権力を持ってしまった以上、私達に残された時間は少ないわ。だから苦渋の決断ではあったけど、昨日あなたにUSBを渡したのよ……」
「そうだったんですか……」
今健吾は、絶大な権力を持っている。その力を使えば、ネオアークエナジーを利用した兵器の開発を一気に進めることができるだろう。
「いい?勇気君。これはとても危険なことよ。だから、関わりたくないのであれば、はっきりそう言ってくれて構わないわ。誰もあなたのことを責めたりしない」
そう、これは危険なことなのだ。健吾の秘密を暴くというのは、口でいう事は簡単だがきっと一筋縄ではいかない。だが、もはや勇気の中に迷いはなかった。
「……僕、やります。絶対に、横島さんの悪事を暴いて見せます」
彼は力強くそう口にする。その言葉を聞いた佳代子は、優しく頷いた。
「ありがとう、勇気君……私も、可能な限り協力するわ」
彼は顔を上げ、佳代子の顔をしっかりと見つめる。
「このことを知っているのは?」
「私と、あなただけよ」
「……そうですか……父は遺言の中で、僕に最後の希望を託すと言っていました。そのことについて、何か聞いていませんか?」
昨日の映像を思い出しながら勇気は言った。しかし、佳代子は首を横に振る。
「何も聞かされてないわ。社長は、とても用心深い人だったから。何か横島さんを倒す策は考えていたかもしれないけれど、決して口外するような人じゃないはずよ」
「確かに。そうなると、手詰まりですね……」
勇気はがっくりとうなだれた。
「そうねぇ……ねえ勇気君、社長が残したビデオレターで、他に何か重要な事は言ってなった?」
「重要な事、ですか?」
そう言われて、勇気は必死に記憶を巡らせた。
「そういえば……」
ハッと思い出した勇気は、後ろを振り返る。その視線の先には、怪獣のフィギュアがあった。
「それは……何?」
勇気はいそいそと立ち上がり、テレビの横に置かれたフィギュアを手に取る。
「お父さんが昔買ってくれた怪獣のおもちゃです」
彼はそう言いながら、全長15cmほどの、恐竜のような風貌をしたそのフィギュアをまじまじと見つめた。
「でもこれが何か関係あるのかなぁ……ん?」
フィギュアを両手で弄んでいると、中からコロコロと音がする事に気付く。
「どうしたの?」
佳代子は怪訝な表情で立ち上がり、勇気の元に歩み寄ってきた。
「これは……」
そういうと勇気は、おもむろにフィギュアの首の部分をもぎ取った。チャリン、と小気味良い音を鳴らしながら、何かが床に落ちる。
「これ、鍵……?」
佳代子はそう呟きながら、床に落ちた小物を拾う。
「そうみたいですね……」
「あっ、見て。シールが貼ってある」
彼女が拾い上げた鍵には、白のネームシールが貼ってあった。そこには、ボールペンで「金庫」の二文字が書かれている。
「金庫……ねえ勇気君、この家に金庫はある?」
「ええ、ありますよ。リビングの隣にある父さんの書斎に。でも鍵があるなんて、なんで遺言で直接言ってくれなかったんでしょう」
彼は首を傾げた。
「言ったでしょう、勇気君。社長はとても用心深いの。万が一あの遺言が第三者に見られてもいいように、あなたにしかわからないような言い方で最後の希望を託したのよ」
そう言って彼女は微笑んだ。
「……僕にしか……分からないように……」
勇気は、ゆっくりとその言葉を噛み締める。頭の中で反芻する度に、確かな充足感が胸にじんわりと広がっていくのを感じた。そのぬくもりは、父と息子の間にある「親子の絆」に他ならなかった。