Episode3 「遺言」
茫然自失の状態で、勇気は帰宅した。ここまでの帰路のことは覚えていない。頭が完全に真っ白の状態であった。
「……」
カーテンの閉めきられた暗く広いリビングに立ち尽くし、右手に握られた白いUSBメモリを見つめる。
「父さん……僕に何を見せたいんだ……」
彼はそう言って、テーブルの上に置かれたノートパソコンの電源を付けた。そして起動を確認すると、ゆっくりとUSBメモリをコネクタに接続する。
「……これか……」
佳代子から託されたUSBメモリのフォルダの中には、「息子へ」という名前で保存されたデータが一つだけ入っていた。勇気は、震える手でマウスを動かし、そのデータを再生する。
すると画面に、社長室のデスクに座っている信弘の姿が映し出された。立派なスーツを着て白髪交じりの無精ひげをはやした、勇気が知っているいつもの父親の顔である。
「父さん!」
目の前の映像が信じられず、勇気は思わず声をあげた。当然その声は、画面の向こうの父には届かない。信弘は眉間にしわを寄せながら、静かに口を開く。
「勇気へ……このビデオを見ているということは、私はもうこの世にはいないということだろう。最悪の事態が起こる前に、このビデオレターに真実を語っておく」
厳しい表情を崩すことなく、信弘は続けた。
「まず、私がこのビデオレターを撮ろうと思った理由を言おう。実は最近、社内で不穏な動きが見受けられている……」
「……不穏な動き……?」
勇気は表情を曇らせる。
「どうか、冷静に聞いてほしい。我が社のネオアークエナジー開発部門で主任をしている、横島健吾という男……彼が、このエネルギーを利用して恐ろしい兵器を開発しているかもしれない」
画面の中の信弘が、重々しい口調でそう言った。
「横島……そんな、あの人が……」
勇気の脳裏に、今朝記者会見をしていた健吾の顔がよぎる。
「色々と不審に思って、彼の通話記録を調べたことがある。そこには、ロシアの軍事研究所と頻繁に通話を行った記録が残っていた。だが、これだけでは彼の目論見を暴く確固たる証拠にはならない」
信弘の表情が、一層険しいものになった。
「勇気……もしも私が奴に消されてしまったら……お前に、最後の希望を託したい。頼む、奴の計画を止めてくれ。私の願いは、ネオアークエナジーで世界を平和にすることだ。決して、このテクノロジーを兵器に利用されたくない」
「父さん、そんな……」
勇気の声がわなわなと震える。気付くと、彼の頬を熱い涙が伝っていた。だがそれをぬぐうことも忘れ、目の前の映像に集中する。
「そして最後に、お前に謝っておきたい。私はずっと仕事一筋で、お前や母さんに何もしてやることができなかった。本当に、すまなかった。……そして、お願いだ。昔勇気にプレゼントしたあの人形……あれだけは、大切にしておいてくれ」
勇気はふと顔を上げ、テレビの横に置かれた怪獣のフィギュアを見つめる。一体いつ買ったものだったかと記憶をたどり、ハッと思い出した。それは、勇気が7歳の誕生日を迎えた時に父がプレゼントしてくれたものであった。当時母を亡くした悲しみから立ち直れず、よく泣いてばかりだった彼のために、信弘が買ってきたのだ。
「父さん……」
そのフィギュアは、当時勇気が大好きだった特撮番組に敵として登場する、恐竜型の怪獣のものだ。父は仕事ばかりであまり家に帰ってこなかったので、その番組が好きだと勇気が言ったことは一度もなかった。だが、父はなぜか息子の好きなものをちゃんと知っていたのだ。
「……もう、終わるよ。あまり長々と話すのは得意じゃないからね……。それじゃあな、勇気……愛してる」
そう言った瞬間、信弘がフッと顔をほころばせた。彼がこんな表情を見せたのは、何年振りであろうか。勇気は涙が止まらなかった。
「……ありがとう……父さん……」
そして、映像は終わった。
勇気はそれから30分間、ソファに座り、ひたすら声をあげて泣き続けた。泣いて泣いて涙が枯れるまで泣き続けたら、彼はおもむろに立ち上がってリビングの窓を覆っていたカーテンを全て開けた。時刻は午後2時。太陽の温かな光が、部屋の中をまばゆく照らした。