表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

Episode3 「遺言」

 茫然自失の状態で、勇気は帰宅した。ここまでの帰路のことは覚えていない。頭が完全に真っ白の状態であった。


「……」


 カーテンの閉めきられた暗く広いリビングに立ち尽くし、右手に握られた白いUSBメモリを見つめる。


「父さん……僕に何を見せたいんだ……」


 彼はそう言って、テーブルの上に置かれたノートパソコンの電源を付けた。そして起動を確認すると、ゆっくりとUSBメモリをコネクタに接続する。


「……これか……」


 佳代子から託されたUSBメモリのフォルダの中には、「息子へ」という名前で保存されたデータが一つだけ入っていた。勇気は、震える手でマウスを動かし、そのデータを再生する。


 すると画面に、社長室のデスクに座っている信弘の姿が映し出された。立派なスーツを着て白髪交じりの無精ひげをはやした、勇気が知っているいつもの父親の顔である。


「父さん!」


 目の前の映像が信じられず、勇気は思わず声をあげた。当然その声は、画面の向こうの父には届かない。信弘は眉間にしわを寄せながら、静かに口を開く。


「勇気へ……このビデオを見ているということは、私はもうこの世にはいないということだろう。最悪の事態が起こる前に、このビデオレターに真実を語っておく」


 厳しい表情を崩すことなく、信弘は続けた。


「まず、私がこのビデオレターを撮ろうと思った理由を言おう。実は最近、社内で不穏な動きが見受けられている……」


「……不穏な動き……?」


 勇気は表情を曇らせる。


「どうか、冷静に聞いてほしい。我が社のネオアークエナジー開発部門で主任をしている、横島健吾という男……彼が、このエネルギーを利用して恐ろしい兵器を開発しているかもしれない」


 画面の中の信弘が、重々しい口調でそう言った。


「横島……そんな、あの人が……」


 勇気の脳裏に、今朝記者会見をしていた健吾の顔がよぎる。


「色々と不審に思って、彼の通話記録を調べたことがある。そこには、ロシアの軍事研究所と頻繁に通話を行った記録が残っていた。だが、これだけでは彼の目論見を暴く確固たる証拠にはならない」


 信弘の表情が、一層険しいものになった。


「勇気……もしも私が奴に消されてしまったら……お前に、最後の希望を託したい。頼む、奴の計画を止めてくれ。私の願いは、ネオアークエナジーで世界を平和にすることだ。決して、このテクノロジーを兵器に利用されたくない」


「父さん、そんな……」


 勇気の声がわなわなと震える。気付くと、彼の頬を熱い涙が伝っていた。だがそれをぬぐうことも忘れ、目の前の映像に集中する。


「そして最後に、お前に謝っておきたい。私はずっと仕事一筋で、お前や母さんに何もしてやることができなかった。本当に、すまなかった。……そして、お願いだ。昔勇気にプレゼントしたあの人形……あれだけは、大切にしておいてくれ」


 勇気はふと顔を上げ、テレビの横に置かれた怪獣のフィギュアを見つめる。一体いつ買ったものだったかと記憶をたどり、ハッと思い出した。それは、勇気が7歳の誕生日を迎えた時に父がプレゼントしてくれたものであった。当時母を亡くした悲しみから立ち直れず、よく泣いてばかりだった彼のために、信弘が買ってきたのだ。


「父さん……」


 そのフィギュアは、当時勇気が大好きだった特撮番組に敵として登場する、恐竜型の怪獣のものだ。父は仕事ばかりであまり家に帰ってこなかったので、その番組が好きだと勇気が言ったことは一度もなかった。だが、父はなぜか息子の好きなものをちゃんと知っていたのだ。


「……もう、終わるよ。あまり長々と話すのは得意じゃないからね……。それじゃあな、勇気……愛してる」


 そう言った瞬間、信弘がフッと顔をほころばせた。彼がこんな表情を見せたのは、何年振りであろうか。勇気は涙が止まらなかった。


「……ありがとう……父さん……」


 そして、映像は終わった。


 勇気はそれから30分間、ソファに座り、ひたすら声をあげて泣き続けた。泣いて泣いて涙が枯れるまで泣き続けたら、彼はおもむろに立ち上がってリビングの窓を覆っていたカーテンを全て開けた。時刻は午後2時。太陽の温かな光が、部屋の中をまばゆく照らした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ