Episode28 「悪魔に魂を売った男」
宮田コーポレーションの本社ビルで爆発が起こった、その日。勇気は、佳代子の元には戻らなかった。
爆発に巻き込まれて死んだのだろうか。しかし捜査の結果、爆発現場からは遺体は一人分しか見つからなかった。だから佳代子は、きっと彼は生きていると信じた。
そして、二日後。
彼女は、宮田邸の地下を訪れた。もしかしたら勇気が戻ってきているかもしれないと思ったからだ。
「……」
地下室は、真っ暗だった。やはりいないのだろうか。そう思い部屋を出ようとした瞬間、突然明かりがついた。
「……勇気君?」
佳代子は髪を揺らしながら、とっさに振り返る。
「……どうも」
そこには、ぽつんと椅子に座る勇気の姿があった。
「……どうして、すぐに戻ってこなかったの?」
泣いてはいけない。そう思いながら、佳代子は真剣な面持ちで彼に言った。
「……すいません。気持ちの整理が、つかなくて」
「気持ちの、整理?」
「はい……」
勇気は、力なく頷いた。
「……話を、聞かせて」
佳代子の言葉を聞いて、彼はゆっくりと口を開いた。
「……あの時……健吾さんの背中のネオアークエナジーが爆発した時……僕は彼を見殺しにしました……」
「見殺し……つまり本当は、助けることも出来たってこと?」
「はい……でも、僕はそれをしなかった。そのビルから、自分一人で逃げたんです……」
佳代子は、言葉を詰まらせた。彼に言うべき言葉が見つからなかったからだ。確かに、彼がとった行動は英雄的ではない。どんな理由があろうと、それは殺人だ。だが彼にとって健吾は、父の仇である。そんな健吾のことを、彼は心の底から憎んでいたはずだ。
自分が同じ立場だったらどうか。自分も、見殺しにしたのではないか。勇気を責める権利は、佳代子にはなかった。
「……つまりあなたは、父の仇である健吾が憎かったのね……」
するとその瞬間、勇気が静かに泣き始めた。そして言う。
「……佳代子さん……僕は父さんに、なんて言えばいいんですか……父さんはネオアークエナジーを、このサンダーフィストを、世界の平和を守るために作り上げたのに……僕はそれを、人殺しの道具にしたんです……耳元で囁く悪魔に、勝てなかったんです……」
「勇気君……」
一気に泣き崩れる勇気。佳代子は静かに歩み寄り、彼を包み込むように抱きしめた。
「……!」
彼は突然の出来事に驚く。そして佳代子は、彼の耳元で優しく囁いた。
「確かにあなたは、悪魔の囁きに負けたかもしれない。でも、それで多くの命を救ったのも間違いないのよ」
「佳代子さん……」
そう。彼は、ある意味世界を救ったと言っても過言ではない。結果はどうあれ、暮明町の人々は、彼を……フードの男を、ヒーローだと言っている。
「いい?勇気君。あなたは、彼を止めるために立ち上がったのよ。そしてもう、止まることはできないわ。またいつか悪魔の囁きがやってくることが有るかも知れないけれど……その時は、私があなたの耳元で囁いてあげる」
ここで一拍置いて、彼女は続けた。
「負けないで、勇気君……って。悪魔よりも強く、はっきりと囁いてあげるから……」
「佳代子さん……!」
勇気は、彼女の胸の中で嗚咽を漏らしながら泣き続けた。
一か月後。暮明町のとある銀行で、強盗が発生した。犯人は3人。全員が覆面で顔を隠し、銃を所持している。
「おい!早く金を出せ!」
強盗の一人が、拳銃を受付の女性に突きつけながら言った。片手には大きなボストンバッグを持っている。
「早くしろ!おい!これに金を入れるんだ!」
強盗が叫ぶ。他の2人は、その場に居合わせた客たちに銃を突き付けて黙らせていた。
「は、はい……」
受付の女性は震えながらそう言って、強盗からボストンバッグを受け取った。
その瞬間。
バリン、というけたたましい音と共に銀行の窓ガラスが割れ、そこから一人の青いフードをした男が猛スピードで入ってきた。
周囲に散らばるガラス。
頭を伏せる受付の女性。
激昂する強盗達。
「誰だてめえ!」
「そこを動くな!撃つぞ!」
口々に叫ぶ強盗達の言葉をものともせず、謎の男はジャンプした。
「!?」
バク転、バク宙、ロンダート。体操選手のような鮮やかな体術で、彼は攻撃を繰り出す。その動きはもはや常人では目に捉えることすらできない。
そして気が付けば、二人の強盗は気絶して地面に倒れていた。銃の引き金を引く間もなく、である。
「なんなんだよちくしょう!誰だてめえ!」
最後の一人となった強盗が、力強く吠えながら銃を撃った。銀行内に響く一発の銃声。しかしフードの男は、あろうことかその銃弾を“右腕で受け止めた”。
強盗が驚き目を丸くする。
「……!その腕……!まさか、あんたは……っ!」
青いパーカー、青いフード、そして銀のガントレット。間違いない、彼こそが横島健吾の脱走騒動の時に姿を現した、“フードの男”だ。今やニュースでは、この人物の正体を探る特番ばかりが組まれている。
「僕の正体が、知りたいのか……?」
男は、フードの下でニヤリと笑った。そして静かに、かつ重々しく口を開く。
「僕の、名前は……サンダーフィストだっ!」
――彼は今も、悪魔の囁きと戦い続けている。




