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Episode27 「悪魔のささやき」

 勇気は渾身の力で前へ踏み込み、健吾に迫る。


「うぉぉぉ!」


 鋭い右フックが相手のこめかみに入った。


「うぐっ!」


 健吾が後ずさる。彼が装着しているパワードスーツに、頭部をガードする機能はない。そのため、インファイト勝負の接近戦になった時は勇気が圧倒的に有利だ。


「まだだ!」


 左腕でアッパー。健吾は寸でのところでその拳を避けるが、そのせいで姿勢バランスが大きく崩れてしまった。


 そこで勇気はすかさず、健吾の腹目がけて正拳突きを繰り出した。本来であれば大したダメージにはならない攻撃だが、今は違う。姿勢を崩した健吾は両足の踏ん張りがきかず、正面から襲い掛かるその衝撃に耐えられないからだ。


「……っ!」


 あまりの痛みに、息がつまる。たまらず健吾は後ろに跳ぶが、これが悪手であった。


「しまった……」


 彼の背中には、固い壁。コーナーに追い込まれたボクサーと同じ状況だ。もはや飛ぶ事すらできない今の彼には、先程突き破った壁から外に飛び出して逃げるということも不可能である。


「だったら!」


 彼は腰を低くかがめ、勇気に向かってタックルを仕掛けた。無論、ネアスの力を借りたこのタックルは、まともに当たれば大きなダメージを与えられる。


 だが。


「ふんっ!」


 勇気は、その身軽さを活かして軽々とタックルしてきた健吾を跳び越えた。敵の背後をとった彼は、振り向きながら健吾の背中を勢いよく殴りぬく。それも、右腕で。


「……!」


 サンダーフィストを通して全身に伝わる電流。怒りに躍動する筋肉。辺りに散らばる破片。勇気は今、それら全てをスローモーションのように感じていた。


「そ、そんな……!」


 健吾は、勇気を背にしたままガクリと膝から倒れた。いや、正確には立ち上がることすらままならないのだ。なぜなら、勇気が彼の背中の装置を破壊したから。


「ね、ネアスが……動かない……!」


 ネアスの動力源は、当然ながらネオアークエナジーである。通常のバージョンであれば胸部プロテクターの中央に取り付けられているが、メタルウィングの場合は違う。背中にあるバックパックの中央だ。つまり健吾は、先程の攻撃でそれを破壊されたのである。


「そんな……この私が……」


「もう諦めるんだ」


 勇気が諭すように言った。


「……これで、勝ったつもりか?ヒーローにでもなったつもりか?」


 健吾が床に這いつくばりながら憤怒の形相で言い返してくる。


「宮田勇気……顔を隠して戦うお前のことなど、誰もヒーローとは呼ばない。貴様も所詮、俺と同じだ。素性を隠し、裏でその手を血に染めている」


「……」


 その言葉に、勇気は何も返せなかった。彼の発言は、ある意味確信を突いていたからだ。


「俺を倒してどうする?世界が平和になるのか?……ははっ、まさか!次から次へと、新しい脅威がやってくる」


「だったら、その度に戦うだけだ」


 健吾がニヤリと笑う。


「ああ、いいねぇ……そして貴様もいつか、力におぼれ、俺のようになる……」


「……絶対にそうはならない……」


 勇気は真剣なまなざしで言ったが、健吾はそれでも薄ら笑いをやめない。


「ふふ、すぐにわかるさ……悪魔が、お前の元にもやってくるぞ……」


「……?」


 健吾は、そこで静かに意識を失った。ここまで満身創痍で戦ってきたのだ、気絶してしまうのも無理はない。


「(最後の言葉は、一体どういう意味だったんだ……)」


 胸に小さなわだかまりを残したまま、勇気は倒れ込む健吾に歩み寄った。そこで、異変に気付く。健吾の背中のネオアークエナジーが、赤く発光しているのだ。


「……ネオアークエナジーが……オーバーヒートを起こしている……?」


 先程ガントレットで攻撃したときの衝撃が原因だろうか。そのネオアークエナジーは熱暴走を起こしている。


「まずいぞ、このままじゃ爆発する……!」


 ネオアークエナジーは、小さな球体の中に膨大な量のエネルギーが含まれている。それが熱暴走で爆発すれば、間違いなく半径10mは焼け野原だ。


 勇気はすぐさま健吾の身体を抱え上げ、目を覚まさせようとする。


「おい!起きろ!おい!くそ、このスーツはどうやって外せばいいんだ……」


 ネオアークエナジーは、ネアスのバックパックと完全に一体化しており、簡単に取り外すことが出来ない構造になっていた。無論サンダーフィストの力でスーツを破壊し、無理やり引きはがす事も出来るが、そんな乱暴なことをすればネオアークエナジーは間違いなく即爆発する。


「おい!起きろ!おい!」


「あ、ああ……」


 朦朧とした意識の中で、健吾がゆっくりと目を開き始めた。だが目の焦点があっていない。


「おい!スーツを外すんだ!このままだとお前は死ぬぞ!」


 彼の必死の呼びかけは健吾には届いていなかった。


 息も絶え絶えに、健吾が小さく声を発する。


「……か……母さん……もう、頭を下げなくて、いいんだよ……」


「は……?」


 どうやら、彼は意識が混濁しているようだ。言っている言葉がまるで要領を得ていない。


「おい!おい!しっかりしろ!おい!」


 勇気は、目の前の男を父の仇だと思っている。だが、決して殺すわけにはいかない。なぜなら、父である信弘はサンダーフィストを「人殺しの道具」ではなく、「人を守るための道具」として設計したのだと理解しているからだ。だからここで、彼を死なせたくはなかった。死なせれば、サンダーフィストは殺人兵器に成り下がってしまう。


「おい!おい!」


 必死に叫ぶ勇気。しかし健吾は、再びゆっくりと目を閉じてしまった。


「くそ!どうすれば……ん?これは……」


 よく見てみると、ネアスのバックパックの側面に小さな赤いスイッチがあった。“緊急停止スイッチ”という注釈シールも貼ってある。


「そうか、これを押せばネオアークエナジーを停止させられる……!」


 これを押せば、サンダーフィストを、人殺しの道具にしないで済む。


「……」


 ――その瞬間、勇気の脳裏に一つの考えが生まれた。


「……まさか……そんな……よせよ……」


 その考えが、悪魔のささやきのように彼の心を刺激する。


 そして、理解できた。健吾が言った「悪魔がお前の元にもやってくる」という言葉の意味が。


「そうか……そういう、ことだったのか……」





 数秒後。宮田コーポレーション本社ビルのとある一室で、大きな爆発が起こった。


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