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Episode26 「ヒーロー」

 気が付くと勇気は、いつものリビングにいた。窓からは太陽の光が差し込んでいる。


「……?」


 完全な無音の世界。外からも、廊下からも、テレビからも、何の音も聞こえてこない。


「……そっか。僕、死んだのか」


 勇気はボーっとしたような表情で、自分の姿を見回した。右腕にガントレットはついていない。ボロボロだった服も、新品同様にきれいになっている。


「どうした勇気、負けたのか?」


「え?」


 前方から声がした。勇気がハッとしながら前を見ると、そこにはいつの間にか父である信弘がスーツ姿で立っていた。


「……父さん……」


「久しぶりだな、勇気」


 いつも厳しい顔をしていたはずの信弘が、珍しく穏やかな表情で勇気に笑いかけた。


「ごめん父さん。僕、負けたよ……」


 勇気は、ただただ素直に謝罪の言葉を口にした。だが、特に悲しみのようなものは湧き上がってこない。心の中心にぽっかりと大きな穴が開いたような、そんな虚無の感覚だけだ。


「……なあ勇気。これ、覚えてるか?」


 そう言って信弘が差し出したのは、怪獣のフィギュアだった。小さい頃に勇気が熱中していた特撮番組に登場する、恐竜型怪獣。そして信弘が、書斎の隠し扉を開けるカギを入れていた人形でもある。思えば、あそこから全てが始まったようなものだ。


「お前、この怪獣が出てくる特撮が好きだったんだろ?」


「うん」


 勇気がコクリと頷く。


「その特撮番組に出てくるヒーローは、怪獣に負けたりするのか?」


「いいや。何回も倒れることはあるけど、でも、最後には絶対に立ち上がって勝つんだ」


「そうか……じゃあどうして、ヒーローは立ち上がることが出来るんだ?」


「どうして?」


 信弘が投げかけてきた疑問に、勇気は頭を巡らせた。


「それは……町の皆が応援するからだよ。頑張れ、立ち上がれって。だから、ヒーローは立ち上がるんだ」


 少し幼稚な考え方だろうか。勇気はそう思ったが、目の前の信弘は優しいまなざしで微笑んだ。


「じゃあ、お前も立ち上がれるはずだ」


 勇気は首をかしげた。


「……どういうこと?」


 信弘は微笑んだまま答える。


「簡単なことさ、お前はもう立派なヒーローだからだよ。力が強いとか、速く走れるとか、そういう意味じゃないぞ。お前が倒れても、頑張れって応援してくれる仲間がいる」


「え……?」


「父さんと母さん、そして澤田佳代子くん……皆、お前のことを応援している」


 勇気の心の穴が、少しずつ、埋まっていくのを感じた。空っぽの器に、温かい感情のスープが注がれる。


「お前が赤ちゃんだった時、他の子よりも足の発達が遅くてな。中々支え無しで立ち上がれなかったんだ。だから、俺は心底心配したよ。もしかしたら、勇気は一生歩けないんだろうか……なんてな」


「父さん……」


 信弘は、多忙な人間であった。だからこうして、勇気と二人っきりで話すということは滅多になかった。しかも彼が勇気の小さい頃の話をするのは、これが初めてである。


「でもな、母さんはちっとも心配してなかったよ。勇気は強い子だから、他人より少し遅くたって、きっと立ち上がるって……そう言ったんだ」


「母さんが……?」


 勇気の母は、彼が6歳の時にガンで亡くなった。いつも優しい女性だったことだけは覚えている。


「結局のところ、母さんの言う通りだったよ。お前はある日一人でスッと立ち上がって、ニッコリ笑ったんだ。満面の笑みで、心配していた俺を見返すようにニッコリとな。あの時の笑顔は今でも忘れられない。だから勇気……俺は、全然心配してない。お前はまた、立ち上がれるよ」


「……」


 気が付けば、勇気の頬を熱い涙が伝っていた。本当は、笑いたいのに。本当は、父の胸に思いっきり飛び込みたいのに。ただただその場で立ち尽くし、涙を流した。


「行ってこい、勇気。お前はヒーローなんだ。後ろに応援してる仲間がたくさんいることを、忘れるな」


 そう言い残すと、信弘はぼんやりと光の中に消えていった。


「……ありがとう……父さん……」


 一人残された勇気が、涙ながらにそう呟いた。いや、もはや今の勇気は一人ではない。


「……そうだ……立ち上がらなきゃ……僕は……ヒーローだから……」


 彼は強い決心を胸に、顔の涙をぬぐった。全身に力がみなぎってくる。


「今なら、もう一度立ち上がれる……!」





 健吾は、完全に意識を失ってしまった勇気の胸倉を掴み上げた。


「……ん?もしかして勇気君、死んでしまったのかい?」


 勇気の胸に耳を近づける。小さな心拍音が亀の歩みのようにゆっくりと聞こえてきた。これはいわゆる異常拍動状態というものであり、放っておけば確実に死亡する。


「まずいな。壁に投げつけすぎたか。まあいい、もし死んだら他の奴を適当に捕まえて人質にしてやる」


 その瞬間。


 勇気の目が、カッと見開かれた。


「!?」


 驚いた健吾が、思わず胸倉を掴んでいた手を離す。


「……あ、っあ……」


 勇気は息を詰まらせながら後ずさった。


「(心臓が……まともに動いてない……)」


 呼吸すら出来ないという絶体絶命の状況。だが、勇気の目は決して死んでいない。


「(だったら……!)」


 すると彼は、サンダーフィストを左胸にあてた。そして、心肺蘇生の要領でガントレットから心臓に電流を流す。


「うぅっっ!」


 AED。自動体外式除細動器。誤解されがちだが、この機器は決して停止した心臓を電気のショックで再び動かすためのものではない。異常拍動状態の心臓を一旦完全に停止させ、正常な拍動の再開を促すためのものだ。すなわち、心臓が再び動くかどうかは本人次第である。


 それを勇気は、サンダーフィストで行った。彼の心臓は今、完全に停止している状態だ。


「(来い……!来い……!来い……!)」


 自分の心臓が完全に停止するというのは、なんとも奇妙な感覚である。だが、彼は信じていた。


 強い意思がある限り、心臓はまた動き出すと。


「貴様……一体何をしている……」


 健吾が茫然とした状態で言う。


「(……来た……!)」


 ドクン。


 ドクン。


 勇気の停止していた心臓が、再起動を果たす。その心臓はポンプとなり、彼の全身に新鮮な血を巡らせる。


「うおぉぉぉぉおおおっ!」


 勇気は、文字通り「生き返った」。父が願ったように、母が信じたように、彼はまた立ち上がったのだ。


「ば、馬鹿な……」


 彼のその気迫に圧倒される健吾。そして勇気は胸いっぱいに空気を吸い込み、叫んだ。


「行くぞ!横島健吾!ここからは第2ラウンドだ!」


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