Episode25 「復讐」
「宮田……勇気君か……」
敵のフード男の正体は、宮田勇気であった。それを見た健吾の思考が、一瞬完全に停止する。それが大きなミスへとつながった。
「……はっ!」
空中制御に失敗し、メタルウィングがあらぬ方向に向かって飛んでいく。いや、これは単純なミスではない。よく見ると、メタルウィングの左翼の先端がぐにゃりとひしゃげていた。こうなっているのは恐らく、勇気が先程ガントレットで力強く掴んだためであろう。
「くそっ!」
翼の形状がおかしくなっているせいで、思うように空を飛ぶことが出来ない。完全に制御を失った健吾とその体にしがみつく勇気は、宮田コーポレーションのビルに勢いよく激突した。
鈍い音とともに壁を突き破り、二人は会社の会議室へと転がり込む。当然従業員は全員避難しているため、ここにいるのは健吾と勇気だけだ。
「はぁ……はぁ……勇気君、これは一体どういう事だ……」
満身創痍の状態で健吾は立ち上がり、5m程先でうずくまる勇気を見据える。
「父さんに、頼まれたのさ……あんたの悪事を暴いてくれってな……」
勇気も負けじと立ち上がり、息も絶え絶えに答えた。もはや上に着ている青いパーカーもボロボロである。
「ほう……じゃあその腕のものは、パパからの贈り物ってわけか?」
「まあな」
宮田信弘の遺産、サンダーフィスト。その設計図を受け継いだ勇気は、実際にガントレットを作り上げ、それを腕に身に着けて過酷な戦いを乗り越えて来た。その過程の過酷さを健吾は知る由もなかったが、決して楽な道で無かった事は彼にも容易に想像がつく。
「この間、貨物船を襲ったのは君か?」
「……ああ」
勇気がコクリと頷いた。
「(まさか、彼一人にここまでやられるとはな……以前パーティーであった時はただのガキだと思っていたが……)」
健吾は強い苛立ちを覚えながら、一歩前に踏み出した。
「復讐、か……。ふふ、面白い」
そう言って彼は、今やただの重りでしかなくなったメタルウィングの両翼をパージした。ゴロン、ゴロンと二枚の鋼鉄の翼が床に転がり落ちる。
「……かつて英雄イカロスは、蝋で固めた翼によって空を飛んだ。だが太陽に近づき過ぎてしまったがためにその両翼を溶かされ、地に落ちたという。今の私も、その状況と同じだな。もはや、残された道は一つだけだ」
「……ふん、自主でもするのか?」
勇気はファイティングポーズを取りながら言った。だが健吾は、静かに首を横に振る。
「今頃は屋上の二人の人質もとっくに解放されてしまっているだろう……だから君を倒し、新たな人質にするのさ」
それを聞いた勇気の表情が怒りに歪んだ。
「貴様……!」
「私は決してあきらめない。勇気君、これが最後の戦いだ。君が勝てば君の復讐は成就する。私が勝てば私の悲願が成就する」
健吾はゆったりとした動作で、戦いの姿勢を取る。
束の間の静寂。張りつめた緊張感の中で、勇気と健吾はにらみ合った。
「……行くぞ!」
先に動いたのは勇気だった。ガントレットに青い稲妻をほとばしらせながら、健吾に襲い掛かる。
「ふん!」
健吾が強化外骨格に包まれた左腕で相手の拳をガードした。そしてすかさず、空いた方の右腕で勇気の顔面目がけてパンチを喰らわせる。
「うがっ!」
まともにダメージを負った勇気が顔を抑えながら後ずさる。しかし健吾は休む隙を与えずに、勇気の腹に勢いよく蹴りを入れた。
「……!」
鈍い衝撃が彼を襲う。もはや心身ともに限界に近付いていた勇気は、なすすべもなく倒れ込んだ。
「無様だな!宮田勇気!せっかく復讐に来たというのに、親子そろって私に敗れ去るとは!」
「なんだとっ!」
勇気の頭に血がのぼる。だが、怒りだけでこの状況を改善できるほど敵は甘くない。健吾は倒れ込んだ勇気の身体を掴み、コンクリートの壁に向かって勢いよく投げつけた。
「っ!」
肉がほぐれ、そして骨が折れる生々しい音。
背中をしたたかに打ち付けた勇気は、その激しい痛みに悶える。
「もう一度だ……」
健吾は気味の悪い笑みを浮かべながら、仰向けに倒れる勇気の胸倉を掴んだ。
「安心しろ、殺しはしない。君は大事な大事な、僕の人質だからね」
「く……そ……っ!」
「ふふふ……ふははははっ!」
健吾は勇気の胸倉を掴み上げながら、愉悦に浸るかのように大きな笑い声をあげた。
「(ごめん……父さん……佳代子さん……)」
勇気の意識が徐々に遠のいていく。鼓膜を刺激する健吾の笑い声が、少しずつ、少しずつ小さくなっていき――やがて彼は、延々と続く奈落の落とし穴に落ちていくかのように、完全に意識を失った。




