Episode24 「空中の死闘」
時刻は正午。メタルウィングタイプのネアスを装着した健吾は、宮田コーポレーション本社ビルの屋上で仁王立ちしていた。
「ふぅ……やはりここは、良い風が吹くな……」
この屋上は本来ヘリポートとして用いられている場所だ。そのため中央には、丸で囲まれた大きなHのマークが白線で描かれている。本社ビルの高さは200m。風が強いのも当然である。
「しかしまあ、随分と騒がしいものだ……」
彼はそう呟きながら、上空を見上げた。その視線の先では、マスコミのヘリが一台、けたたましい音を響かせながら飛んでいた。
「……」
いっそ、破壊してやろうか。そんな衝動が突発的に湧いてきたが、それを冷静に抑える。今ここでそんなことをすれば、自衛隊との正面衝突は避けられない。ロシアへの亡命権を勝ち取るためにも、ここは穏便にいく必要があった。
そして彼はちらりと傍らを見る。そこには怯えた状態で座り込む二人の人質。後ろ手に両手を縛られ、口にはさるぐつわがしてあった。ここへ来た時に彼が適当に拉致した、宮田コーポレーションの社員だ。
「そう怯えるな、手荒な真似はしないよ」
政府が大人しくこちらの要求に応じてくれれば、だが。
そんなことを考えながら辺りをなんとなく見渡していると、彼の視界に不自然なものが映った。
「……ん?」
宮田コーポレーション本社ビルの隣に位置する、製薬会社のビルの屋上。高さは180m程で、こことは約20mの差がある。その屋上の上に、一人の人間が立っていた。青いパーカーに、黒いジーパン。頭には大きなフードをかぶっているため、顔は全く見えない。だがそれよりも目を引くのは、あの右腕だ。
「なんだ、あれは……」
健吾が眉をひそめながら呟く。謎の人物の右腕には、銀色の機械……いわゆるガントレットが装着されていた。そしてその手の甲には、青く光る小さな円板。
「(あの光……ネオアークエナジーの光とそっくりだ……)」
不審に思った健吾は、軽く身構えた。もしも相手がおかしな行動をとったならば、最悪の場合人質を一人殺す必要がある。
「(……さあ、どうする?)」
健吾は目を凝らし、フードの人物を見つめる。すると突然、彼、あるいは彼女のガントレットがまばゆい光を放ち始めた。その光が見る見るうちに全身を包んでいく。
「貴様、そこで止まれ!人質がどうなってもいいのか!」
健吾は威嚇するようにメタルウィングの翼を広げ、大声で言った。だが、フードの人物は止まる気配がない。空手のような、ボクシングのような、よく分からない構えを取り始めた。
「おいおい、なんなんだ一体……」
するとその瞬間、フードの人物が勢いよくジャンプした。物理法則を無視したかのような凄まじいスピードで、流星のようにこちらに向かってくる。
「なっ……!」
気が付けば、敵は健吾の懐へと肉薄していた。ガントレットに包まれた鋼鉄の拳が彼の鳩尾に触れる。
「くそっ!」
健吾は渾身の力でバックステップした。だが、相手のスピードは彼の想像の数段上を行っている。
「うぉぉぉぉ!」
フードの人物が声をあげながら迫ってきた。この声は男性だ。
「うぐぅ!」
今度こそ確実に、ガントレットの拳が健吾の鳩尾にクリーンヒットした。だが、相手は勢いを殺すことなく、そのまま健吾を押し続ける。
「なにっ!?」
気が付けば、健吾はビルの屋上から空中へと押し出されていた。
「(なるほど、俺を人質から遠ざけようというわけか)」
健吾はフード男のガントレットを両手で掴み、メタルウィングの出力を最大まで上げた。
「ならば、押し返すまでっ!」
宮田コーポレーション本社ビル屋上の縁でせめぎ合う二人の男性。拮抗しているかのように見えたが、フードの男の力が若干上回った。
「……ば、ばかなっ!メタルウィングの出力でも押し切れないっ!?」
フードの男はそのまま健吾を拳で押し続け、勢いよく二人は空中へと飛び出した。
重力に任せ、両名の体は本社ビルから落下していく。
「うおお!」
健吾は気合いを入れて叫び、空中で姿勢を立て直した。そして掴んでいたフードの男を、目の前のビル目がけて投げ飛ばす。だが、相手も負けてはいない。
「……はぁぁあっ!」
フードの男は空中できりもみしながらビルの壁に垂直に着地した。それはまるで重力を感じさせないかのような動きだ。
「あのガントレットは一体何だ……」
健吾は寒気を覚えながら相手を観察する。おそらく、あのガントレットが磁石のような働きをしているのだろう。相手はガントレットに覆われた右の手のひらをビルの壁にぴったりとくっつけて、それで全体重を支えているようだ。
「だったら!」
健吾はメタルウィングの両翼から青いビームを照射させた。二本のビームが敵に向かって真っすぐ突き進む。
すると相手は巧みにビームをよけながら、ビルの壁を思いっきり蹴り上げてこちらへとジャンプしてきた。ここは高度100m、落ちればひとたまりもない。そんな状況でここまでアグレッシブな動きをしてくる謎の敵に、健吾は恐怖のようなものを感じていた。
相手のガントレットが、メタルウィングの左の翼をガシリと掴む。
「くっ!」
翼を掴まれると、うまく飛行することができない。健吾と敵は空中でもみ合いのような形になった。徐々に高度が落ちていく。
「まだだ!」
落下しながら、フードの男が健吾の胸に左腕でパンチを繰り出す。彼は猛烈な痛みを覚えると同時に、意識が遠のいていくのを感じた。だが、ここで気絶するわけにはいかない。
「ぬああああ!!」
健吾はメタルウィングの翼を力強くはばたかせて、フードの男を払い落とそうとした。だが、必死にしがみつくフードの男はてこでも動きそうにない。
「なんなんだ、貴様は!」
しびれを切らした健吾は、相手がかぶっていたフードに手を伸ばし、勢いよく払いのけた。敵の顔があらわになる。
「……っ!」
驚くべきことにその人物の正体は、健吾がよく知っているものであった。
「……ゆ、勇気君……」
宮田勇気。健吾がかつて殺した男の、一人息子である。




