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Episode23 「覚悟」

「護送車から脱走した横島健吾容疑者は現在、人質を取って宮田コーポレーション本社ビルの屋上を占拠している模様です。また、容疑者は人質解放の条件にロシアへの亡命を要求しており、政府は早急な対応を迫られています」


 ニュースキャスターが早口で原稿を読み上げる。


 現在カフェにいる勇気と佳代子は、スマホを使って先程起きた爆発に関するニュースを見ていた。他の客たちは皆軽くパニックになりながら店を出ていってしまったので、実質貸し切りのような状態だ。


「まいったな……まさかあの人が、あんな奥の手を隠していたなんて……」


 スマホのニュース画面に、ヘリから撮影した現在の宮田コーポレーション本社ビル屋上の映像が映し出された。鋼鉄の翼が生えたネアスに身を包んだ健吾が、二人の人質とともにヘリポートである屋上を占拠している。


「どうやら、人質になっているのは宮田コーポレーションの社員みたいね。それにしてもこのネアスは……」


 佳代子はスマホを食い入るように見つめながら言った。


「どうやら、空を飛べるタイプみたいですね」


 勇気が怪訝な顔で返す。


「それにしても、ロシアへの亡命が要求とは、随分と大胆に来たわね」


「そんなまどろっこしいことをしなくても、あのネアスを使ってロシアまで飛んでいく……なんてことはできないんですかね?」


 彼は首を傾げた。


「まあ、ネオアークエナジーのエネルギー供給があるから理論上は可能よ。もちろん実行するなら相当な根気が必要になるけど……でもそれ以前に、自衛隊の対空ミサイルに落とされるのがオチね」


「なるほど、確かに。だったら人質との交換条件で亡命をした方が確実ですね」


 合点のいった勇気は、腕を組みながら唸った。


「じゃあとりあえず、僕は一旦家にサンダーフィストを取りに戻ります。そしたら次に、横島さんを止めに行きますよ」


 彼のその発言に驚き、佳代子は顔を上げる。


「ちょっと待ってよ!どうやってあの場所に行くつもり?当たり前だけど、周囲は全部警察に封鎖されているのよ」


 しかし勇気は、あっけらかんとした表情で返した。


「そうですね、地上は封鎖されています。でも、屋上は大丈夫です」


「……つまり、近くのビルの屋上を移動して、宮田コーポレーションの屋上に向かうってこと?」


「はい!」


 彼は力強く頷く。もう気持ちは決まっているらしい。


「……もちろん、サンダーフィストなら可能ね。でも、こんな真昼間に行動するなんて、正気とは思えないわ。顔を見られるかもしれない」


 佳代子は不安げな表情で言った。しかも、本社ビルの屋上はマスコミのヘリによって常に中継されている。そこに飛び込むなど、火中の栗を拾いに行くようなものだ。


「佳代子さん、僕を信じてください。人質を傷つけず、顔も見られないで、横島さんを倒して見せます」


 勇気は佳代子の目をじっと見つめながら言う。


「……」


 まただ。また、この眼だ。


 彼は時々、瞳に強い決意を宿す時がある。これは父親譲りだろうか。物言わぬ瞳の中に隠された、圧倒的な説得力。


 そんな眼で見つめられたら、もう何も言い返すことなんてできないじゃない――佳代子はそう思いながら、渋々了承した。


「……分かったわ。でも約束してね。絶対に……」


「……死なない、ですよね」


 そう言って彼はフッと、儚げに微笑んだ。


「大丈夫ですよ、任せておいてください。死ぬ気で戦いますけど、死ぬつもりなんてありませんから!」


 勇気は力強く言い放ち、カフェの椅子から立ち上がった。


「それじゃあ行ってきます。ここのお代は払っておいてくださいね」


「ええ……」


 力なく返事する佳代子。すると彼は、手を振りながら足早に店を後にした。


「……」


 彼が最後に見せた微笑みが、彼女の胸に引っかかる。


「(……勇気君……あなたまさか……)」


 死ぬ気で戦うが、死ぬつもりはない。彼は確かにそう言った。だがどうだろうか。あの最後の微笑みはまさしく、己の死を覚悟したような表情だ。


「……」


 佳代子は胸のざわつきを覚えながら、ただただ、カフェの椅子に大人しく座っていることしかできなかった。


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