Episode20 「流星」
勇気は渾身の力で後ろに跳躍し、寸でのところで上空から迫ってきた二人の攻撃をかわした。その攻撃の衝撃で、コンテナ船の甲板がグラリと揺れる。もしもあの攻撃に当たっていたら、今頃勇気の意識はなかったに違いない。
彼は冷や汗をかきながら、ひげ面の男に攻撃を仕掛ける。
右フック。
左ストレート。
もう一度右フック。
だが、ひげ面の男は機敏に勇気の攻撃をいなし続けた。金属と金属、筋肉と筋肉が激しくぶつかり合う。すると今度はメガネの男が、横から勇気に掴みかかってきた。
「くそっ!」
凄まじい握力で両腕を掴まれた彼は、身動きが取れなくなる。
「ぬぅああ!」
メガネの男が雄叫びをあげながら、勇気を投げ飛ばした。だが彼は冷静に空中で姿勢を整え、地面に着地する。
「なかなかやるじゃねえかフード野郎」
ひげ面の男がニヤリと笑いながら言った。
「まったくだ。その貧弱な体格で俺達二人を相手取るとはな」
メガネの男も続く。見るからに、二人とも体力的にはまだ余裕がありそうだ。対して勇気は、かなり限界に近かった。そろそろ勝負の決着をつけなくてはならない。
「悪いけど、おじさんたち……今から、本気でいくよ……」
構えながら、勇気は言った。
「……あ?」
勇気の言葉を挑発と受け取ったのだろうか。敵二人の目つきが明確な殺意を孕んだものに変わった。だが、勇気の「今から本気でいく」という言葉は決して冗談ではない。
すると、ガントレットのネオアークエナジーが一気に輝きを増した。どんどんと光が強くなっていく。
そう、勇気は今まで力をセーブしていたのだ。それは決して油断していたというわけではなく、もしも最大の出力でサンダーフィストを扱った場合、彼自身の肉体がその過剰な負荷に耐えられない可能性があったからだ。
しかし、今回はネアスという強力なパワードスーツを装着した二人が相手だ。もはや手段を選んでいる暇はない。
「お前たちなら……全力を出して問題ないな……!」
目もくらむような光が勇気を包み込む。ひげ面の男とメガネの男は、目を細めながらファイティングポーズを取った。
「はぁぁ……ッ!」
気合いとともに、勇気が前へ踏み込む。そのスピードはもはや、今までのものとは比べ物にならなかった。
「なっ……」
瞬く間に、勇気はひげ面の男の懐に入り込む。そのまま素早く体をねじり、勢いをつけて敵の下あごに右アッパーを入れた。
「がっ!」
強化外骨格ネアスは、パワードスーツとして装着者の身体を守り、サポートする。しかし、唯一無防備な部分があった。それは、頭部だ。
勇気のアッパーはひげ面の男の脳を的確に揺さぶった。その威力は、彼が脳震盪を起こすには十分すぎるものである。
「ああ……」
男は、力なく膝から崩れ落ちた。
「なんてこった……」
残されたメガネの男は、勇気と一旦距離を置くために後ろへと跳んだ。だが、それはもはや無意味な行動に過ぎない。
「うおお!」
一瞬でメガネの男との距離を詰める勇気。そのまばゆい光をまとって超高速で移動する様はもはや、流星と形容する他にない。
「ふん!」
彼はその高速移動の勢いを殺すことなく、自らの全体重を乗せて相手の腹に拳を入れた。
「がはっ……!」
メガネの男は吹っ飛び、コンテナに全身を激しくぶつける。
「ちくしょう……こんなやつに……」
「へえ……立つのか……」
驚く勇気を横目に、メガネの男がよろよろと立ち上がった。だが、もはや虫の息だ。目の焦点も上手く合っていない。
「はあっ……!」
勇気は助走をつけて飛び上がり、メガネの男の顔目がけて左腕でパンチを繰り出そうとした。
――しかし、彼のスピードは空中で徐々に減速していく。
「そん……な……」
勇気が驚愕の声をあげた。だがその原因は単純なことだ。サンダーフィストの出力を最大にしたせいで、彼の肉体はもはや限界に達していたのである。
メガネの男の1m手前で、彼は無残にも地面に突っ伏した。ガントレットから光が消えていく。足に力が入らない。
「はあ……はあ……!」
敵は最後の力を振り絞りながら歩み寄り、勇気の胸倉を左腕でつかみ上げた。
「おら!おら!おら!」
ガツリ、ガツリ、ガツリと。
鈍い音を響かせながら、メガネの男は勇気の顔面をフード越しに殴り続けた。しかしながら、あまり痛みは感じない。それだけ敵も満身創痍ということだろう。
「はあ……はあ……顔を……見せやがれ……!」
するとメガネの男は唐突に、勇気がかぶっているフードを取ろうと手を伸ばしてきた。それだけは阻止しなければならない。
「やめろ……!」
勇気はもはやすっかり光を失ってしまったガントレットで、敵が伸ばしてきた腕をパシリと掴んだ。
「なにっ!?」
「ふんっ!」
彼も、最後の力を振り絞る。ガントレットのネオアークエナジーが、徐々に光を取り戻していった。そしてそれと比例するかのように、サンダーフィストに青い電流が駆け巡っていく。
「うおおおおおお!」
勇気は叫んだ。
もっと、もっと激しく電流を流すために。
ガントレットを通じて、相手の身体に電流が伝わっていく。メガネの男の全身を、焼き尽くすかのような激しい痛みが襲った。体中の末端神経が凄まじい電流に耐え切れず悲鳴を上げる。
「ぬあああああ!」
たまらず、メガネの男は悲痛な叫び声をあげた。
「くらえぇぇぇぇぇっ!」
勇気も無我夢中で叫び続けた。喉がかれるほど、全力で。
一体、どれほどの時間叫んでいただろうか。数秒、あるいは数十秒に至るだろうか。
気が付けばメガネの男は、完全に意識を失っていた。勇気の胸倉をつかんでいた手が、パッと離れる。
「……」
敵は、糸が切れた操り人形のようにばたりと地面に倒れた。




