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Episode2 「USB」

 勇気が住んでいるのは、東京都郊外にある暮明町というところだ。土地代が安いため集合住宅や飲み屋街が多く、言わば東京都民のベッドタウン的な街である。


 そして彼は今、繁華街から少し離れた場所に位置する「グエッタ」という小洒落た雰囲気のカフェに来ていた。


「あっ、こっちよ、勇気君!」


 店内に入ると、奥の方の席でスーツ姿の女性が手を振っていた。


「こんにちは佳代子さん、お久しぶりです」


 勇気は女性の向かい側の席に座り、微笑みながら言う。


「ええ、そうね。お父様の葬式以来かしら」


 彼女の名は澤田佳代子、26歳。かつて勇気の父である信弘の元で秘書として働いていた女性である。茶色がかった髪を肩の辺りで切り揃えていて、いつも甘い香水の香りを漂わせている。勇気とはかねてより親交があり、仕事が多忙であまり家に帰ってこなかった父親の代わりに、彼に勉強を教えたりしたこともあった。


「佳代子さんは、今何をしていらっしゃるんですか?」


「それがね、まだ再就職先は決まってないの。最近はなかなか雇ってくれるところも少ないから、しょうがないわ」


 彼女はそう言って爽やかに笑った。


「そうですか……すみません、何も出来なくて……」


 信弘の死後、彼女は秘書としての仕事を失い、自動的に会社を退職することになってしまった。そのことについて勇気は、自分が直接関係していないことではあるが、少し申し訳なさを感じている。


「あなたが謝ることはないわ。それより、勇気君は今何をしてるの?」


「今、ですか……まあ、フリーターってところです……」


 勇気は恥ずかし気に顔を伏せる。


「それじゃあ、新社長に就任した横島さんは、結局あなたを雇ってはくれなかったのね……」


 先程の笑顔とは一転して、眉間にしわを寄せながら彼女は言った。


「ええ。まあ仕方のないことだとは思います。今の時代、父親が社長だったという理由でコネ入社なんて、あまり歓迎される事じゃありませんから」


 勇気は今19歳である。高校を卒業した後すぐに父の会社で働くつもりであったが、その父が亡くなり新しく社長となった横島健吾は、彼の入社を拒否したのだ。


「そうね……でも、あなたはとても優秀なエンジニアよ。お父様の後を継ごうと頑張って勉強していたことは、私が一番よく知ってるわ。コネなんて関係なく、宮田コーポレーションで開発事業に携われるだけの工学知識なら十分にあるはず」


「ど、どうも……」


勇気は少し照れくさくなった。佳代子は続けて語り掛ける。


「……ねえ、勇気君……何か、おかしいと思ったことはない?横島さんがあなたを会社に招き入れなかったことについて、もしも何か裏があったとしたら……どうする?」


「え……?」


 勇気は驚いて顔をあげ、彼女の目をまじまじと見つめた。その目は、真剣そのものである。


 一瞬の静寂の後、それを打ち破るように勇気の元に店員がコーヒーを運んできた。


「お待たせしました、ブラックコーヒーです」


「ああ、どうも……」


 勇気は運ばれてきたマグカップ入りのコーヒーを一口飲み、喉を潤す。


「……勇気君……」


 真剣な表情のまま、佳代子が静かに口を開く。


「は、はい……」


 彼女の重々しい雰囲気を前にして、勇気は、自分の心臓が早鐘を打つのを確かに感じていた。


「これを……受け取ってちょうだい……」


 彼女は懐のポケットから、白いUSBメモリを取り出した。それをポン、とテーブルの上に置く。


「……これは、なんですか?」


 勇気は恐る恐る聞いた。


「これが、今日私があなたをここに呼んだ理由よ。この中には、あなたのお父さんからの遺言が残されているの」


 彼女が発したその言葉に、勇気は耳を疑う。


「ゆ、遺言、ですか……?」


 佳代子はゆっくりと頷いた。


「ええ、そうよ。時が来たらあなたに渡すよう、頼まれていたの」


「時が来たらって、どういうことです?な、なぜ今なんですか?」


 突然の出来事に、彼は驚きを隠すことができなかった。そんな自分を落ち着かせるように、コーヒーをもう一口飲む。


「……ここでは、あまり詳しく話せないの。とにかく、これを家に持って帰ってから見てちょうだい。それと、このことは誰にも言っちゃだめよ。マスコミにもね」


 佳代子が少し強い口調で言う。勇気は呆気にとられながら、テーブルの上のUSBを手に取った。胸の中に、暗雲が立ち込めたような感覚がした。



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