Episode17 「コンテナ船」
午後7時。地下のガレージで、勇気と佳代子は戦いに向けて準備をしていた。彼は今茶色いジーパンに、大きなフードのついた長袖の青いパーカーという格好だ。
「よし、それじゃあサンダーフィストを腕に」
「はい」
彼女に促され、勇気はパーカーの右袖をまくり上げる。そして、テーブルの上のガントレットを手に取った。
「……」
銀色のガントレットをじっと見つめる勇気。そして、それをゆっくりと右腕に装着した。
「いい?勇気君。何度も言うけど、絶対に顔を見られちゃだめよ」
「はい」
彼はそう言って頷きながら、パーカーのフードを頭にかぶる。大きなフードのおかげで顔の半分が隠れた。
「あとこれも」
佳代子が革製の黒い手袋を片方だけ手渡す。これは左手用のものだ。
「指紋が残らないようにしないとね」
「確かに」
勇気はガントレットに覆われた右手を器用に使って、左手に黒いグローブをはめた。革製品特有のつやつやとした光沢が美しい。
「あと気を付けることは……そうね、死なない事よ」
彼女は真剣な声色で言った。今まで意識することのなかった「死」という概念が勇気の肩に重くのしかかる。
「……大丈夫です。絶対に生きて戻ってきます」
彼は低く、強いトーンで答えた。佳代子がかすかに微笑む。
「あなたはあの前社長の息子だもの。きっと無事に戻ることができるわ」
彼女の言葉が、困難な任務を前にする勇気を奮い立たせた。彼の脳裏に、厳格な父の顔が浮かんでくる。
「そうですね、頑張ります。……それじゃあ、行ってきます」
「ええ。最後に握手でも」
そう言って佳代子は右手を差し出した。それを見た勇気が、バツの悪そうに笑う。
「握手をするなら、左手で」
彼女はハッとした顔で差し出した手を引っ込めた。照れくさそうな仕草で、代わりに左手を出してくる。
「それじゃあ……行ってらっしゃい」
勇気と佳代子は、左手で固く握手を交わした。
午後8時。勇気は暮明町の港に足を運んだ。そこは繁華街から何キロも離れた場所にあり、人の出入りは少ない。
「あれか……」
彼がポツリと呟く。眼前には、全長300mはありそうな巨大な貨物輸送船があった。船上にはたくさんの茶色いコンテナが置かれている。あの中のどれかにネアスが隠されているのだろう。
船への入り口の所には二人の警備員がいた。彼らに見つからないよう、勇気は十分に距離を離した状態でコンテナ船の船尾へと回り込む。そちらの方面は街灯がないため薄暗く、人もいなかった。ただ月明かりがぼんやりと辺りを照らすだけだ。
「よし……」
彼は辺りを入念に見まわし、安全を確認する。地上から見たコンテナ船の高度はおよそ30m。常人であれば警備員に見つからずのぼるなど不可能だ。そう、常人なら。
「行くぞ……」
勢いよく助走をつけて跳躍した勇気は、軽々とコンテナ船の甲板後部に着地した。その衝撃でずれたフードを深くかぶり直しながら、用心深く甲板を観察する。周りは高く積み重なったコンテナの山ばかりで、人がいるようには見えない。だが、足音がする。おそらく巡回中の警備員だ。
勇気は大きな音を立てないよう、慎重に傍らのコンテナによじ登った。そこからもう一度辺りを見回す。確認できる限りでは、四人の警備員が甲板の上を巡回しているようだ。
「……やるか」
前方の通路から、青い制服に身を包んだ警備員が一人、懐中電灯を片手に歩いてくる。勇気はそれをコンテナの上で身を低くして見下ろしながら、右腕に力を込めた。ガントレットから青い稲妻がほとばしる。
緊張で頬をしたたる汗を気にも留めず、勇気は目の前の警備員にしっかりと狙いを定めた。




