Episode16 「動き出した計画」
翌日、午前7時。起床した勇気がパジャマ姿のままリビングに向かうと、そこにはソファに座る佳代子の姿があった。彼はあまりの驚きに腰を抜かす。
「か、佳代子さん!?」
「あら、おはよう勇気君」
彼女は平然と挨拶をしてきた。ピンクのTシャツに青いジーパン。いつもスーツを着ている彼女にしては随分とラフな格好だ。
「お、おはようじゃなくって……どうしたんですか?こんな時間に」
佳代子は宮田邸の合鍵を持っているため、彼女がリビングにいること自体はさほど不自然なことではない。だが、こんな朝早くから家に来たのは初めてのことだ。
「そんなに驚くってことは、まだ今朝のニュースは見ていないってこと?」
「今朝のニュース?」
勇気は表情を曇らせる。佳代子がコクリと頷くと、傍らのリモコンを手に取りテレビをつけた。朝のニュース番組が映し出される。そこでは、デカデカとした「緊急速報」のゴシックフォント字幕と共に、男性のアナウンサーが少し早口で原稿を読み上げていた。
「……速報です。昨晩午後11時に、東京都暮明町の宮田コーポレーションが所有する倉庫が、何者かによって襲われました。被害届によると、今回の襲撃で現在特許出願中の人体支援用パワードスーツ「ネアス」が2体盗難にあったとの報告が見られます」
勇気はリビングに立ち尽くしたまま、アナウンサーの声に耳を疑った。
「この「ネアス」は、先日新社長に就任した横島健吾氏の就任記念パーティーの際に発表されたもので、2つ合わせて1億円相当の被害金額になると考えられています。警察では、襲撃者の身元に関する情報を調査しています。今のところ、横島社長からの声明は発表されていません」
ここで、佳代子がテレビを消した。リビングは静まり返り、朝の小鳥のさえずりが外から小さく聞こえてくるばかりだ。
「……勇気君、このニュースのこと、どう思う?」
佳代子が真剣な面持ちで尋ねる。
「正直、驚いてます。まさかネアスが奪われてしまうなんて……」
予想外の事態に、眉間にしわを寄せる勇気。
「勇気君……これは恐らく、横島さんの自作自演よ」
「えっ……?」
彼女のその言葉は、完全に勇気の想像の範疇を超えていた。朝から予想外の展開の連続で、彼の脳は理解が追い付かない。
「自作自演って、どういうことです?」
「考えてみれば簡単なことよ。日本有数の大企業である宮田コーポレーションのセキュリティを突破して、倉庫から試作品を盗み出すなんてほぼ不可能だもの。しかも、それなりの重量だと思われるパワードスーツを2つも。だけど、自作自演だとすれば納得がいく」
勇気は軽く混乱しながら、一連の事件について頭の中で整理をつける。
「……でも、自作自演に何のメリットが?」
この事件が健吾の自作自演だと仮定した場合、わざわざこんなことをする理由は何なのか。勇気にはそこが分からなかった。
「調べてみたんだけど、今夜午後11に宮田コーポレーションの貨物輸送船が、中国に向けて出航することになっていたの」
「中国に、ですか?」
宮田コーポレーションの工業製品は、世界中で高い評価を受けている。そのため、あの会社は貨物輸送船を用いて、定期的に自社の製品を海外へ輸出している。
「……まだ分からない?要するに、何もかもタイミングが良すぎるのよ」
彼女の言葉を受け、勇気はもう一度事件を見直す。
「ネアスの盗難……翌日に、貨物船の出航……行先は海外……ああ、そうか……」
彼の中で、全てに合点がいった。佳代子が頷く。
「そう。横島さんは、パワードスーツを何者かに盗難されたと見せかけて、あれを自社の貨物船に乗せて海外へ運ぶつもりよ。おそらく、中国経由でロシアにね」
「やられた……」
通常、パワードスーツであるネアスを正規のルートで海外に輸出し軍事利用させるなどということは、不可能に近い。だが、一度「テロリストに奪われてしまった」ということにしてしまえば、その後海外で軍事利用されていたとしても「あのスーツをテロリストが売ったのだ」と言えば責任逃れができる。密輸を悟られにくい独自の輸送ルートを持っている宮田コーポレーションだからこそできるパワープレイだ。
「勇気君。戦う準備はできてる?」
佳代子が問いかけた。
このままでは、パワードスーツがロシアに渡ってしまう。勇気は、今夜出航する輸送船をなんとしても止めなければならない。頬を伝う冷や汗をぬぐいながら、彼は静かに覚悟を決めた。




