Episode15 「メタルウィング」
午後8時30分。不良を懲らしめることに成功した勇気は、フードを深くかぶったままビルの屋上に立っていた。そこから眼前に広がる暮明町の夜景を見渡す。繁華街の方はまるでシャンデリアのようにキラキラと光り輝いているが、対照的に郊外の方の明かりはまばらだ。
彼はおもむろにポケットからスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。
「……あ、もしもし佳代子さん。こっちの方は終わりましたんで、今から帰りますね。それじゃあ、また後で」
電話を切り、先程の戦闘に思いをはせる。サンダーフィストの性能を試すための戦闘ではあったが、結果は大成功であった。手加減をした状態にもかかわらず、一度も反撃を許すことなく三人の不良を倒すことができたからだ。あの時の高揚感は一生忘れはしないだろう。
「これなら、万が一ネアスを装着した人間と戦うことになっても大丈夫だな……」
ネアスの性能がどれほどのものかはまだ分からないが、サンダーフィストを装着した今ならばどんな敵が来ようと大丈夫だと、彼は思った。右の拳をグッと握りしめる。彼の中の闘争本能を表現するかのように、サンダーフィストから青い稲妻がほとばしった。
暮明町の街のはずれに、大きな倉庫があった。周りは森になっているため、一般人が寄り付くことはあまりない。その倉庫にはでかでかと「宮田コーポレーション」のロゴが書かれており、一目でここが宮田コーポレーションが所有する場所だとわかる。
午後9時、そこに一人のビジネススーツ姿の男性が足を踏み入れた。
倉庫内は、一般人が見ても何なのかさっぱりわからないであろう電子機器や、ブルーシートに覆われたスペースが大量に存在していた。だが、それらはきちんと整頓されているため、雑然としているといった印象は受けない。男は革靴を鳴らしながらゆっくりと奥に進む。その先には、初老の男性が立っていた。白髪頭に、ぴっちりとした黒いスーツ、そして丸メガネ。まるでイギリスかどこかの執事のような格好である。
「ようこそ健吾様。お待ちしておりました」
初老の男性は丁寧にお辞儀をしながら男を迎えた。
「ああ……進捗はどうだ」
ネクタイを緩めながら、健吾は言う。
「ええ、万事順調です。予定通り、今夜実行に移すことができます」
「ふっ、そうか」
健吾はニヤリと笑った。
「それと……もう一つの方はどうなっている?」
「はい、こちらにございます」
初老の男性が示した先には、ブルーシートに包まれた大きな何かがあった。健吾が外すように促すと、彼はまるでテーブルクロス引きをするかのような素早い手つきでシートを取った。
「こちらが、健吾様が3か月前に開発を依頼なされたネアス用補助兵装「メタルウィング」です」
「ああ……」
健吾が感嘆の声をあげる。そこには、光沢の強い銀色で塗装された、横幅約4m程の巨大な鉄の双翼があった。翼と言っても飛行機のそれのような直線的な形状ではなく、タカやワシのもつ羽根のような形状をしている。羽根と羽根の付け根、接合部の部分には、青く輝く球体が取り付けられていた。言うまでもなく、ネオアークエナジーである。
「素晴らしい……この機能的で美しいフォルム、もはや芸術の域だな」
「ええ、全くです」
初老の男性は真面目な表情を崩すことなく健吾に同意した。
「ようやくだ。ようやく、ここまで上り詰めた。あとは、ネオアークエナジーの力を使って世界を牛耳るだけだ……。よし、これは地下の秘匿スペースへ移しておけ」
「はい、かしこまりました」
横島健吾の野望。それは、ネオアークエナジーを利用した軍事生産を世界中に売りさばき、莫大な資産を得ることである。軍需が生み出す利益は、家電製品や電子機器を作って生み出す利益とは比べ物にならないほど大きい。
「ふふ……ふふふ……」
嬉しさをこらえきれず、健吾は静かに笑い始めた。
戦争において、本当の勝者とは誰であろうか。それは決して、戦争に勝利した国のリーダーのことではない。ましてや戦った国民でもない。本当の勝者とは、戦争する国に武器を売り渡し、その戦争を遠くから眺めているだけで莫大な利益を手にすることができる、武器商人のことに他ならないのである。
彼が武器商人になる日は近い。




