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Episode13 「跳躍」

 高層マンション屋上の縁から反対の縁まで、勇気は迷うことなく全力疾走した。佳代子が心配そうに見つめるのを横目に、夜の暮明町の風を全身で感じながら彼は走る。マンションの高さは40m。目標のデパートの屋上までは25m離れている。だが、勇気の中に不安は一切なかった。


「うおおっ……!」


 勢いよく助走をつけた彼は、何の躊躇もなくマンションの縁を踏み台にして高く跳んだ。


「……っ!」


 佳代子がハッと息をのむ。


 そして勇気の眼前に広がる、夜の暮明町。


 繁華街の賑やかな光。


 喧騒。


 風。


 五感を通して伝わってくる情報の全てが、スローモーションのフィルターにかかっていた。


 彼の全身の筋肉は今、極限まで緊張状態にある。だがその反面、心の中は実に穏やかなものであった。


「(そうか……これが僕の住む街の景色か……)」


 勇気は生まれてから19年間、暮明町を離れた事は一度もなかった。ずっと住んできたのだから、もうこの街のことなら何でも知っていると思い込んでいた。だが、違った。


 今この街は、自分の知らない表情を見せてくれている。ここに限ったことではない。見る角度を変えるだけで、きっと世界はいくらでも表情を変えるのだろう。


 空中をスローモーションで跳ぶ中で、勇気はこの街に思いをはせた。


 そして、着地。彼の身体は何のダメージを追うこともなく、デパート屋上の中央に綺麗に着地した。


「やった……!」


 嬉しくなった勇気は、立ち上がって後ろを振り返る。


 25m先のマンションの屋上には、驚愕に染まった顔で彼を見つめる佳代子の姿があった。





 午後11時。勇気と佳代子は宮田邸の地下室に戻ってきた。


「いやあ、それにしてもさっきのジャンプ、凄かったですよね!」


 腕から外したガントレットをテーブルに置きながら、勇気はしたり顔で言った。


「ええ、その話は何度も聞いたわ」


 そして佳代子は、あきれたような顔で続けた。


「それで、これからどうする?まあやっぱり、横島さんがこの間発表した「ネアス」ってスーツを破壊する必要があると思うんだけど……」


 先日、健吾が社長就任記念パーティーで披露していたあのパワードスーツのことを思い返しながら、彼女は言う。


「ええ、そうですね。でもそれよりも先に、このサンダーフィストを使った戦闘に、しっかりと慣れておきたいです」


 彼は傍らのガントレットを見つめながらそう口にした。


 サンダーフィストは、装着者に凄まじい筋力と電撃を自在に発生させる能力を与える。この力を完全に制御できるようになるためには、それなりの実践経験が必要になるであろう。


「確かにそうね……もちろん戦うことになんてならないのが一番ではあるけど、戦闘訓練はやっておくべきだわ。でも、具体的には何を?」


「うーん……」


 そこまでは考えていなかった。勇気は思案顔で虚空を眺め、テーブルにもたれかかる。


「そうだなぁ……ねえ佳代子さん……」


「うん?」


 佳代子が首をかしげながら返事をすると、彼はいたずら小僧のような笑みを浮かべながら言った。


「ヒーローになるっていうのは……どうですか?」


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