Episode12 「2つの力」
「つまり……さっきまでこの天井に付いてたライトが、本当はネオアークエナジーだったってこと?」
佳代子は脚立にのぼって、地下室の天井に市販のLEDライトを取り付けながら言った。
「はい、そうです。用心深い父さんは、ネオアークエナジーの隠し場所も一筋縄ではなかったって事ですね」
やれやれといった感じで、勇気は肩をすくめた。その右腕には、遂に完成したサンダーフィストが装着されている。
「これでよし、と……」
天井に付いたLEDライトが起動し、先程までと同じように部屋全体を明るく照らした。
「しかしまあ、完成したネオアークエナジーを地下室の天井のライトとして使うことでカモフラージュしていたなんてねぇ……」
脚立から降りた彼女があきれ顔で言う。
「父さんらしいと言えば、父さんらしいかも知れませんね……」
勇気は微笑みながら、腕のガントレットをうっとりと眺めた。ガントレットの全長は約40cmで、勇気の腕にぴったりの長さだ。塗装は特にされていないため、一面が銀色である。造形は全体的にシャープにまとまっており、余計なディテールがなくすっきりとした印象を受ける。一際目を引くのはやはり手の甲に取り付けられた円盤状のネオアークエナジーで、青白い光を発しながら神々しく輝いている。
「それで、そのサンダーフィストでは、どんなことができるの?」
「設計図には、ガントレットの装着者は2つの力を手に入れられると書かれていました」
「2つの力?」
彼女は首をかしげた。
「はい。まず1つ目がこれです」
そう言って勇気はガントレットに覆われた右手をグッと握りしめた。彼が拳の部分に意識を集中させると、青い稲妻がパチパチと音を立てながら微かにほとばしり始める。
「脳波コントロールで、ガントレットから電撃を発生させられるんです……!」
勇気の眉間にしわが寄る。すると、彼の集中力の増加と比例するように、ガントレットにほとばしる電流が徐々に勢いを増していった。
「……ストップ!ここではやらないで!」
慌てた佳代子がすかさず勇気を止める。
「ああ、すいません。つい……」
彼が握り拳を解くと、ガントレットは放電しなくなった。
「はぁ、でも凄いわね……脳波コントロールで電撃を繰り出せるなんて」
「はい!まるでヒーローになった気分です!」
勇気は右腕を振り上げながら嬉しそうに言う。歳相応にはしゃぐ彼を見て、佳代子は優しく微笑んだ。
「それで、2つ目の力は何?」
佳代子がそう聞くと、勇気は無邪気に笑いながら言った。
「それじゃあ、外に行きましょう!」
午後10時。夜の暮明町を照らすのは月明かりではなく、繁華街のきらびやかなライトだと昔から言われている。そして今日も御多分に漏れず、繁華街は大盛況のようだ。酔ったサラリーマンや不良たちの陽気な笑い声が遠くからこだまする。
「高いわね……」
暮明町の光り輝く街並みを眺めながら、佳代子はポツリと呟いた。
勇気と佳代子が今いるのは、繁華街に面した場所に立つとある高層マンションの屋上だった。そのマンションの全長はおよそ40m。こんな高さから落ちようものなら、有無を言わさず即死である。
「ねえ勇気君。本当に跳ぶの?」
佳代子は心配そうな声で目の前の勇気に話しかけた。
「ええ。きっと大丈夫ですよ。サンダーフィストを装着すれば、跳べるはずです」
そう答える彼は、黒いジーパンにフード付きの青いパーカーという出で立ちであった。
驚くべきことに、彼は今から、このマンションと道路を隔てた向かい側にあるデパートの屋上へと跳ぼうとしていた。その距離は約25m。常人であれば跳び越えるなど到底不可能な距離だ。だが、今の彼はもはや「常人」ではない。
「よし……」
勇気はパーカーの右袖をまくり上げ、そこにサンダーフィストを装着した。手の甲のネオアークエナジーが青く光る。その瞬間、全身を電流が駆け巡るのを感じた。
「これで……行ける……!」
サンダーフィストが装着者にもたらす2つ目の力。それは、筋肉の急激な発達である。ガントレットを通して全身を流れる電流が、装着者の筋肉を増強させるのだ。その効果は薬物によるドーピングとは比にならない。サンダーフィストを装着している勇気は今、常人をはるかに凌駕した力を手に入れた状態であった。
「うーん……見た目は何の変化もないけれど……」
ガントレットを装着した彼をみじまじと見つめながら、怪訝な表情で佳代子は言う。
「そうですね。さっき地下室でサンダーフィストを身につけてた時も、見た目はいつも通りでした。でも、これを装着すると、凄まじい力を手にした実感が湧いてくるんです」
勇気は力強く拳を握りしめながら、25m先のデパートの屋上を見つめた。
「とにかく、気を付けてね」
「はい。それじゃあ、行ってきます」
彼は助走の距離をとるため、デパートとは反対の方向へ歩きだす。そして屋上の縁に着いたら、振り返ってデパートの屋上を視界に捉えた。夏の夜特有の生暖かい風が優しく肌を撫でる。
「行くぞ……!」
小さな声で自らを鼓舞する勇気。
全身を流れる電流、そしてそれに呼応する様に脈動する筋肉を感じながら、彼は確信した。「これは跳べる」と。




