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Episode10 「ネアス」

 健吾が舞台を降り、入れ替わりに勇気が上がる。健吾よりも少し背が低い彼は、スタンドマイクを自分の身長に合わせて調節した。


 そして勇気は、背筋をピンと伸ばし、しっかりと前を見据えながら口を開く。


「皆さん、初めまして。たった今ご紹介にあずかりました、宮田勇気です」


 そう言うと、記者団の方からカメラのシャッター音が頻繁に鳴り響きだした。


「横島健吾さん、この度は社長就任おめでとうございます。それでは、少しばかりお話をさせていただきたいと思います」


 唐突に、ピシャリとシャッター音がやむ。こうして会場が静寂に包まれると、まるで世界の時間が止まってしまったかのような錯覚を受けてしまう。


「……宮田コーポレーションは、元々私の祖父が起業した会社です。そしてそれを継いだ父は、本当に偉大な人物でした。毎日朝から晩まで働き、少しでもテクノロジーの力で日本を良くしようと、努力していました」


 ここで一呼吸置き、佳代子の方を見やる。彼女は微笑みながら、勇気のことを見つめていた。


「……父は、常々言っていました。どんなテクノロジーも、全ては使い方次第だと。これはつまり、父が研究に長年を費やしていたネオアークエナジーにも言えることです。少量で多くの電力をまかなうことができるこのエネルギーは、使い方を転用すれば非常に恐ろしい兵器にもなります。ここで、宮田コーポレーションが負う責任とは何でしょうか」


 ここまで言って今度は、ちらりと健吾の方を見た。彼はのんきにシャンパンを飲みながら、そっぽを向いている。


「……それは、テクノロジーの保護です。ネオアークエナジーを作ってそれで終わり、ではいけません。適切にこのエネルギーを使用し、同時に兵器開発に使われないように保護する必要があるのです」


 これは完全に、健吾へのあてつけだ。しかし当の本人は、相変わらず虚空を見つめながらシャンパンを口にしている。勇気は頭に血がのぼりそうになるのを必死に抑えながら、スピーチをまとめた。


「私がこれからの宮田コーポレーションに期待するのは、父が残したエネルギーを、しっかりと守っていくということです。決して、このエネルギーを悪用して欲しくはありません。……以上です」


 勇気はそう言い終えてから、舞台をゆっくりと降りる。来客たちが拍手をする中、健吾がシャンパングラスを片手に笑顔で歩み寄ってきた。


「やあ、勇気君。本当に素晴らしいスピーチだったよ」


「……ありがとうございます」


 勇気は社交辞令的に微笑みながら、彼に会釈をして通り去った。そして健吾はグラスを持ったまま、再び舞台の上に上がる。


「やあ、勇気君のスピーチはとても素晴らしかったですね。確かに、我々にはネオアークエナジーを適切に運用していく責任があります。……そして実は、我が社は既にこのエネルギーを平和利用していくための第一歩として、とある新商品を開発しています。あちらをご覧ください」


 彼が指した先にスポットライトが当たる。そこには、白いシルクのカーテンで覆われたスペースがあった。


「……何でしょう」


 佳代子の元に戻ってきた勇気は、不安げな表情でぼそりと呟く。


 その瞬間、スペースの横にいた健吾のアシスタントと思われる初老の男性が、カーテンを取り外した。それを見た勇気は、自分の目を疑った。


「……ご紹介しましょう。ネオアークエナジーを利用した、人体支援用パワードスーツです」


 カーテンを外した中にあったのは、鈍く輝く金属の鎧であった。全体が青く塗装されたそれは、胸の部分に光り輝く球体が取り付けられている。間違いない、ネオアークエナジーだ。


「このハイテクスーツは、体が不自由な人の活動を補助するために開発された、言わば強化外骨格のようなものです。今までもこういった類のスーツはあらゆる企業で開発されてきましたが、どれも出力的に不十分なものばかりでした。ですが我が社はネオアークエナジーを使うことによって、コンパクトかつ高性能なスーツを完成させることができたのです」


 よく見るとそのスーツは、腕や足の関節などの各部位が簡略化されたスマートな構造になっていた。装着者の動きを制限しないための配慮であろう。


マスコミのカメラが猛烈な勢いでシャッターを切り、フラッシュの点滅がパワードスーツを照らした。


「佳代子さん、あれ……」


「ええ、間違いないわ……あれは、兵器として利用するためのものよ……」


 勇気と佳代子は、怪訝な顔でパワードスーツを見つめる。健吾はご機嫌な表情で、新商品の解説を続けた。


「このスーツは背中を基点として、腕から足まで装着する仕組みになっています。見ての通り、胸部プロテクターの中央にあるネオアークエナジーがバッテリーですね。これを着用すれば、なんと下半身が動かない人でも立って歩けるようになります。スーツが、新たな脊椎として人体を支えるからです」


 強化外骨格として人体をサポートするパワードスーツ。介護やリハビリの分野で大いに活躍できそうな商品ではあるが、それと同時にいくらでも兵器に転用することができる代物だ。このスーツを戦場の兵士が着用すればどうなるだろうか。一人ひとりが本来の人体の限界を超えたより強力な力を発揮できるようになり、戦争におけるパワーバランスが激変するであろう。


「我が社はこの商品を、ネオ・アーク・スーツ……略して、「ネアス」と呼んでいます」


 会場のあちこちで湧き上がる、驚きや興奮が入り混じったような歓声。それに紛れて、勇気はポツリと呟いた。


「父さんは知ってたんだ……」


 佳代子が不安そうに勇気を見つめる中、彼は拳をグッと握りしめる。


「健吾さんが、このスーツを兵器目的で作っていたことを、知ってたんだ……だから、対抗できる武器としてサンダーフィストを作った……」


 勇気はここに来てようやく、信弘が自分にサンダーフィストを託した理由を完全に理解することができた。それは、健吾があのスーツを兵器として世界に売り込むのを、阻止することである。


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