6話 その男、猛者。
「へぇ~」
俺は感嘆の声を漏らす。
コロッセオと言えばいいのだろうか? ドーム型に広がっている天井に、訓練に使うだろう地面は土で固められ、しっかりと踏みならされていた。
そのコロッセオの中で何人かの男や女たちが武器を使って訓練していた。
あの人たちも冒険者なんだろうか。
槍や剣、斧といったポピュラーな武器を素振りしていたり、カカシみたいなものに斬りつけたりもしていた。
そこから少し離れた場所では、魔法らしきものを発動させている人もいる。それ以外のグループは木剣らしきもので対人戦もしていた。
周りをキョロキョロとくまなく見ていた俺だが、おっさんの声で引き戻される。
「ここは訓練場だ。見ての通りいろんな冒険者がいるだろ? 模擬戦をしたり武器の訓練や魔法の練習。色々とできるぞ。そのために広く作られてるからな。……でだ、さっきも言ったとおりこの訓練場の一部を使ってテストをする。ジン、お前は多少、戦えるんだろう? 足運びが素人のそれじゃないぞ」
……え、そうなの、か?
――爺さん曰く、唐突に襲われた時にすぐ対応できるようになる歩法、だったはずだ。
子供の時に爺さんから教わってからずっと続けてた動きだ。体に染みついてるか……死んだ後でも変わんないものみたいだな。
その当時の爺さんとの稽古を思い出した。
最初の頃は失敗ばかりして叱られ、同級生には変な歩き方と馬鹿にされたりしたな……。けど慣れるとゴキブリみたいにシャカシャカ動くことも出来た。
…… 碌な思い出がない。今考えると素人の子供にはキツイぞ、あの稽古は。
思い出した事によって、青い顏になってる俺を不思議な顏でおっさんは見てた。
「まぁ一応は戦えるけど……(メアリー、このオッサン、どうだ?」
『了解。対象を確認。スキャンを開始します――』
遠慮気味にそう言い返す。
戦うのはいいけど、俺は機人だ。
そう。メアリー曰く一騎当千の力があるみたいだし、おっさんはどうみても人族だ。下手すりゃ殺してしまうかもしれない。
恩人を殺したなんてことになったら、人として終わってる。
――だからこそ、ちゃんとおっさんの強さの確認をメアリーに任せる!
それで結果次第で俺は手加減をする。
完璧なプランだな……。
一人でいきなりドヤ顔をした俺を見ておっさんは目を丸くしていた。
おっと、また自分の世界に入ってたよ。自重、自重と。
「さっきから変な顔ばっかしてるが……気分でも悪いのか? 俺は別の日でもかまわないぞ?」
「あ、いや。大丈夫!」
「……そうか! なら俺は準備をしてくるから、ジンも得意な武器があるなら、あそこで選ぶといいぞぉ!」
おっさんはそう告げてから少し遠くにある武器が立て掛けられて置いてある場所に歩いて行った。
……それにしてもメアリー遅いな。もしかして強さの確認とかはできなかったりするのかな?
いつもならすぐ応答してくれるんだけど――
『――スキャン完了。マスター。あの人族はかなりの戦闘能力を持っています。気をつけてください』
と、考えてたら頭の中にメアリーの声が聞こえてきた。
……ほーう? かなりの戦闘能力とな。
「具体的には?」
小声で尋ねる。
『そうですね。通常時のマスターと同じくらい強いです』
通常時? 通常以外が俺にあんの? ……あとで聞いてみよ。
まぁ要するに機人族の俺と同等ってことか?
……それ、相当強くないか? 本当に人族なのかよあのオッサン。と、遠目で見ていたら手を振ってきた。
もし、そうだとしたら……手加減はいらなさそうだな。
俺は軽く体をほぐす柔軟運動に入った。
機械の体だし、ほぐすとかは意味が無いのかもしれない。
……まぁ癖みたいなものだからしょうがない。
――そうして数分が経った。
体操を終えてゆったりしていた俺の元におっさんが戻ってきた。
「俺の準備は終わったぞ。そっちはどうだ?」
おっさんがそう言いながら肩に置いたのは、やたらデカい剣だ。
ふむ。いわゆる大剣ってやつか?
ゲームで見たことあるけど、現実で見ると余計大きく感じるな。
……いや、大きすぎじゃない? おっさんの体より大きいんだけど。大剣ってこんなデカいの?
ちなみにおっさんの体格はかなりイイ。俺の身長は180㎝を超えている――はず。対しておっさんは俺を頭二つ分ほど超え、体格もガッシリとした筋肉質な体だ。ゴリマッチョだな。
おっさんはそんな馬鹿デカい大剣と固そうな金属の鎧を装備していた。
……あれ? 結構本気なの? これってテストだよね?
いや、おっさんだってテストだから手加減するはずだ。それに俺が合わせる。これでいこう。
「俺も準備いいよ」
軽くステップを踏んでサッと拳を構える。
日本に生きてた頃から俺の武器は空手だ。俺はこれしかできない。
まあ、他にも小技程度には覚えてるけど。
「ん? ジン……お前素手で戦うのか?」
「うん。俺の武器は『コレ』」
両手を見せるように掲げる。
空手の武器は己の肉体だ。……まあ、ヌンチャクや棍、小刀とかの武器は一応使える。爺さんに「ついでじゃから覚えておけ」なんて言われて無理やりやらされたからな。あの時は死ぬかと思った。
「ほう……変わってるな、と言いたいが拳闘士なんてのもいるくらいだ。ジンがそれで戦うっていうなら別に構わねぇけどよ――」
そう言っておっさんが大剣を構えると、途端に威圧感が増す。
――武器を持った相手と戦うなんて日本にいた頃はあんまなかったな。
あ、強盗は銃持ってたな。死ぬかと思った。
……あ、死んだでたわ。
「――ひとつ言わせてくれ」
「……はい?」
なんだ? 戦う前のあいさつでもするのか?
構えていた剣をおっさんは肩に乗せた。
「なんとなくだけどよ。ジン、お前……かなりやるだろ?」
そう言いながらおっさんは獰猛に笑った。
なんだこのおっさん……。
足運びの事といい、俺のこと観察しすぎじゃないか?
それともただの勘の当てずっぽうか?
……それだけ、油断してないってことか?
「……い〜い面構えになったな。んじゃぁ……手加減なしでいくぞォ!」
「ッ!?」
おっさんはそう言い放ちながら、その見た目からは信じられないほどの速度で俺に肉薄してくる。
っ! 馬鹿デカい剣持って走れる速度じゃねーぞ!!
俺は驚愕を顔に貼り付け、振り下ろされる大剣を体を横にそらして回避する。
大剣が振り下ろされた地面は爆発したかのように土が舞い、地面には穴が穿たれていた。
……見た目通りの威力ってわけか。それに膂力も半端ないなこのおっさん。
おっさんは振り下ろしで仕留めてないのを確認すると、すぐに大剣を僅かにバウンドさせ横薙ぎの軌道で俺を襲う。
俺は慌てずバックステップで避ける。
「かなり本気の一撃だったんだが……避けられたな」
「ゼンさん! あれに当たってたらただじゃすまないんだけど!?」
多分、死にはしないだろうけど絶対大ダメージだ! 間違いない! 多分!
「大丈夫だ!うちには優秀な魔法使いがいるからな! そいつに怪我を治してもらえばいい」
即死したら意味ないんですけどぉ!?
どんだけ俺のことを買ってるんだろこのおっさん! 脳筋やろう!
と軽い罵倒を心の中でしている間にも、おっさんは気にせず接近してくる。
「――なに変な面してやがる?……俺を相手に考え事たぁ……死んじまうぞオラァッ!」
おっさんはまた振り下ろしをしてきた。さっきと同じように回避をして次に備えた。だが、先ほどと違い、地面が爆発しなかった。
「っ!?」
おっさんは地面にあたる直前に寸止めしていた。
そして、剣撃による風圧で砂が舞い、あたりが砂埃で包まれる。
――瞬間、おっさんを見失った俺は隙をさらしてしまう
「ッぐぅ!?」
大剣が迫っていたが、気づいた時には遅かった。
咄嗟の反応が遅れた俺は、そのデカい大剣にぶち当たる。
――が、反射的に両腕でガードだけは出来た。
「どうだぁッ!?」
掛け声と同時に俺は文字通り斬り飛ばされ、吹き飛ぶ。
吹き飛んだ俺は訓練所の壁に背中から激突し、ぶち当たった壁はガラガラと音を立てて崩れた。
――いってぇ……。おいおい、あのおっさん……マジで殺しに来てないか?
「テストじゃないのかよ……」
……こうなったら、ちょっと本気で行くぞ。
俺は体についている壁の破片を手で払っておっさんに向かっていく。
砂埃の中から出てきた俺を見るとおっさんは歓喜し豪快に笑いっていた。
「がははははは! あの一撃で倒れねぇとは、楽しめそうだなァ?」
さっきみたいに獰猛な笑みを作り、おっさんは大剣を構える。構えた腕の筋肉ははち切れんばかりに盛り上がっていた。
……このおっさんもしかして戦闘狂かよ!?
なんつー楽しそうな顔で笑うんだよ。
……なんか爺さんを思い出すからやめてほしい。切実に。
「ふんっ。今度はこっちからいくぞ……!」
俺は体の体勢を低くする。
この手の人間はボコボコにしないと更に滾って相手に向かってくるからな。
出来るだけ短い時間で終わらせてやる!
俺は陸上選手がするクラウチングスタートの様な体勢を取ると、一気に脚に力を込め――。
――ドンッ!
訓練場の地面が陥没する勢いの踏み込みで猛接近する。
その瞬間、頭の中で声が聞こえてきた。
『マスター。自動アシストは必要ですか?』
「いやいい。このまま戦うよ」
『畏まりました。もしもの時は体の機能をお使いください。一部変化させるだけでも構いませんので』
「ああ、もしもの時は使わせてもらうさ」
――俺はおっさんに十分に接近すると、まず右ストレートを繰り出す。
だが、さすがはおっさんだ。
それを見切って大剣の腹で防御し、固い打撃音が訓練場に響く。
その防御をした姿勢のまま、おっさんは数メートル後方に地面を滑っていく。
「……ッかぁー! なんつー重い拳だ。体全体が痺れたぞ!」
大剣を地面にさして軽く両手を振りながら笑顔になっていた。
……真性の戦闘狂だな、このおっさん。
だけど、これ以上やると、どちらかが大怪我するかもしれない。
まあ多分おっさんが大怪我するだろうけど……。
あ、やっぱわからんわ。
「もうこれくらいにしないか? 俺の実力は十分わかってもらえたと思うんだけど」
「いいや、だめだな。――久しぶりに楽しくなってきたんだよ……俺が満足するまで付き合ってもらうぞ?」
俺の提案は速攻で蹴られた。おっさんは痺れがとれたのか地面に刺していた大剣を手に持ち構え、とても漲っていた。
……もうやだこのおっさん。だれか止めてくれ。え? 無理? そっかぁ。
「はぁ……」
仕方ない。腕か足をひとつ折って、終わらすか。……そう簡単にやらせてくれなさそうだけどな。
おっさんからは凄い気迫をビリビリと肌で感じる。コロッセオの中が騒がしくなってきた。これが、おっさんの本気モードか?
…… いいぜ、 受けて立つ! と意気込み俺は拳を構える。
「ジン。今から俺は全力でいくぞ。ーー覚悟し「はいストップ!」ろ……?」
おっさんがなにやら真剣な顏で言っている最中に、どこかで聞いたことがある声が遮った。
最近聞いたばかりのその声は、方向的にオッサンの後ろ――あっ、ベルナさんだ。
「ギルド長。……これは、テストのはずですよね? なぜ、壁が壊れているんですか?」
「そ、それはだな……ジンをふっ飛ばしたら壊れちまった! がはは! 怒るなら頑丈なジンを怒ってくれ!」
このおっさん、俺に擦り付けやがったぞ!?
なんて野郎だ! この脳筋やろう!
と内心で罵倒していたら――おっさんを睨みつけていたベルナさんの怒声が響き渡った。
「そんなわけないでしょ! この髭面脳筋やろう! 言い訳はギルド長室できっちり聞きますから、行きますよ!」
「えっ髭面――いてぇ! いてぇよ! 耳を引っ張るなって!」
おっさんとベルナさんは言い合いをしながら出口へと向かっていった。
……ていうか、あの巨体を引きずっていくベルナさんに戦慄するんだが。
もしかしてとんでもない実力者なのでは……?
「あーあ、またギルド長がベルナちゃん怒らせたよ」
「これで何度目だ? ホント懲りない人だよなぁ」
「全くだわ。今回は何時間説教されるのやら……」
今まで俺たちの戦いを遠巻きに見ていた冒険者たちが口々に言い始める。
…… やっぱり何度も怒らせてるんだな、あのおっさん。
とりあえず俺はこの場を去らせてもらうとするかな。
……あ、後でおっさんに宿の場所聞いてから宿代貸してもらうか。
図々しいかな? ……まあおっさんだからいいか。
なんて吞気に考えながら俺は訓練所を出て行った。
俺の背中に好奇の視線が集まっているとも知らずに。
誤字や脱字、おかしな部分は気づき次第修正します。
2019 十月五日 加筆と修正、改行などしました