1話 目覚めは見知らぬ部屋から
これは二話の分割話になってます。
気づくと俺は仰向けに倒れていた。特に落ちた衝撃は感じなかった。
――あれ? 俺落ちてたよな? で、落ちた先がここ?
「……けど、やっぱり暗いのな。はぁ……」
さっきと変わらぬ状況に嘆息した。
なんとなく手を伸ばすと何か堅いものにぶつかった。
なんだ? ていうか俺すごい狭いとこで寝てるぞ!?
さっきみたいな不安定な暗闇ではなく、どこかに仰向けで寝かされているのだ。背中にひやりとした感触がある。
腕を動かそうにも何かに遮られる。足も同様だ。
「今度は箱の中ってか! くそ!」
俺はそこから出ようと必死に体を動かそうとする。だが、狭すぎて思うように動かない。
「空手で鍛えた体を舐めんなよ……! ぐぐぐ……」
結果、ダメだった。
もう無理。なんでこんな所に閉じ込められてんだ……。
誰か出してくんないかな。
家に帰りたいなー……。母さんの御飯食べたいなー。
母さんの顏を思い出してそんなことを考えていると耳に無機質な声が聞こえてきた。いや、機械的な声と言ってもいいだろうか。
『3……2……1』
えっ。急になんなんだ。怖いぞ。
爆発とかしないよな!?
『オープン』
その言葉が聞こえた時、今まで見ていた暗闇がスライドして光が入ってくる。
まず最初に目に入ったのは、黒い天井だった。
俺は体を起き上がらせてその箱? から降りる。
「……どこだここ」
そこはなんというか、物凄く研究室っぽいというイメージだった。見たことない機材や、紙が床に散乱していた。
次に自分の姿を見てみる。……裸だった。
「うわわぁ!?」
俺は慌てて局部を隠した。けど、周りに人はいない。
人はいないが、気になるので局部を隠しながら俺は部屋の中を散策する。
そういえば、俺ってどこに閉じ込められてたんだ?
そう思って後ろを振り返ると――
「カプセル……か? なんだって俺はこんなとこに……」
SF映画でよく見る人が入れるほどの箱というか、なんというか。名前がわからん。仮称カプセル。
いや、本当にどこだここは。あれか? 手術した後ってやつか? じゃあさっきまでいた空間は夢だったのか?
そうかそうか……。
「ってんなわけねーだろ!」
一人ツッコミ。その叫びが寂しく部屋に響いた。
「……とりあえずここ出ないといけないな」
ここを早く出て、家に帰りたい。我が家で暖かい母さんの御飯を食べたい。
……俺はいつから眠っていたんだろう。カレンダーは……ないな。
俺は時計がありそうなところを見渡すが、なにも置いていない。
まわりでは静かに見知らぬ機械が動いているだけだった。
「うん。出たらわかるだろ」
俺はさっき見つけた扉らしきとこにペタペタと足音を鳴らしながら向かっていく。
「あっ……そういえば俺、裸じゃん」
どうしよ……。
地味にあの服、お気に入りだったんだけどな。といっても二千円あれば揃う程度の服だったが。
……いいんだよ、母さんが決めてくれたものだし。
さて……どこかに服の代わりになるものがないか探すか。
適当に辺りを探索したが、服らしきものは見つからなかった。
その代わりにタオルみたいな白い布は見つけた。なんかやけに柔らかい。
「これだけでも巻いとくか。少しはマシだろうしな」
腰にその布を巻いてから扉に向かっていく。
――その扉は、見た目は頑丈そうな扉だった。だが、飲食店でよく見る……自動ドア、か? 扉のノブとかは見当たらないし、中心に縦の線が入っているあたり間違いないだろう。どっちかというとエレベータの扉に似てるな。
だが――
「……開かない」
そう、開かないのだ。普通はセンサーかなんかで対象を感知して開くはずなんだけどな。
なんで開かないんだ? センサーが俺を感知してないとか?
そう思って扉の前でピョンピョンと飛び跳ねてみた。扉に変化なし。
次は扉を叩いてみた。……変化なし。
「出れない……」
色々してみたが開く気配がない。
溜息を吐いてふと横を見てみた。
なんとそこには番号を入力する装置が設置されているではないかー。
oh……気づかなかった。扉に集中しすぎた。いかんいかん。
「ふんふん、なるほど。キーを押して開けるタイプか。どれどれ……」
キーの番号を見てみたが……なんだこれ。
キーに刻まれていたのは数字かもわからない文字だった。
が、外国の数字か? ダメだ、わからん。
唸って考えるが、俺の記憶の中にはその数字? は見当たらなかった。
「えぇい! 物は試しだ!」
そう言って俺は適当にキーを押してみた。
だが、少しうるさいだけの警告音みたいなのが鳴り響いただけだった。ちょっとびっくりしたのはご愛嬌。
――その後、何度か試したみたが変わらず警告音が鳴り響くだけだった。
俺は怒りで体がプルプルと震えた。
「意味わかんない暗闇で目が覚めて、正体不明の光の玉追いかけたら今度は変な場所にいるし……」
拳を握って今までの意味不明な体験が口に出る。
そして俺は、怒りのまま叫びながら扉に蹴りをぶち込んだ。
「さっさとここから出しやがれェ!」
今まで稽古をしてきた中で最高に近い蹴りじゃないだろうか?
その蹴りが扉にヒットすると――蹴った部分がひしゃげて奥に飛んでいった。
「……え?」
飛んでいった扉は奥に広がっていた通路を滑っていった。冷や汗が垂れる。
いや、そんな力込めてないよ? 普通に蹴っただけだし……。
まぁ多少は怒って力が入ってたかもしれないけど、それにしても……。
「……いや、おかしいだろ。普通蹴っただけであんな頑丈なもん飛ばねぇよ!」
冷静に一人ツッコミ。……寂しいな。
いやそんなことはどうでもいい。
ポジティブに考えよう。扉が開いた(壊した)ってことはこの部屋から出られる。
それでいい。他の事を考えるのは外に出れてから考えよう。……この施設の主にもあとで謝ろう。
「しっかし、部屋から出れたのはいいけど、あんま変わらないな」
部屋の外は真っ直ぐな通路がありその左右にはこの部屋についていたような扉がいくつもあった。
ただ、俺が吹き飛ばした扉よりは小さい扉だ。
近づいてみるがやっぱり開かない。横にあるこの機械に番号を入力しないといけないみたいだ。
別に入りたいわけじゃないから俺は無視して奥に進んでいく。
さっきから人がいる気配がまったくしないな。
さっき壊した時もそうだったが誰も出てこなかったし、無人の施設かなんかか?
「じゃあなんで俺はあんなとこに入ってたんだ? まさかあれで治療してたってわけじゃないよな……」
うーむわからん。患者をほったらかして医者がどっか行くか? 普通は傍に看護師とかがいてもいいんだけど……。ていうか母さんがいなかったのもおかしい。
……そもそもこの考えはここが病院って前提なんだけどな。
「ダメだな、うん。とにかく外に出よう」
考え事してたら歩く速度が落ちるな。
ふと足を見た。ちゃんと足はついてる。幽霊になったわけじゃないな。そりゃ蹴りができるんだから当たり前か。
「そういえば、俺の怪我人だったよな」
と、今更ながら思い出して、強盗に撃たれたときの傷を見る。
「塞がってるな。……なんか前より綺麗になってないか?」
白い肌とそこそこ厚い胸板。
いや、うん。ちゃんと毎日風呂入って洗ってたから綺麗に決まってる。
……そうじゃなくて、手術した後が見えないほど綺麗に塞がってんだよなぁ。
というより、元からなにもなかったみたいな……。
と、傷があったと思われる箇所に目を向けながら歩いていた俺は前方の扉に気づかず、ぶつかる。
「――ぶっ! ……なんだよ、また扉か……」
どうせまた横に設置されてるタッチパネルみたいなのに入力するんだろ?
そう予想して横を見たら、別の機械が設置されていた。
今度は手の平を合わせて認証する装置のようだ。
「別のタイプか……ええいどうにでもなれ」
とりあえずダメもとで手の平をつけた。
ピピっ、と機械音が鳴る。
『認証中………認証確認。typeSPと断定。いってらっしゃいませ』
聞き覚えがない言葉と同時に機械音声が聞こえると、扉が横にスライドしていく。
あれ? 開いちゃったよ。……ここのセキュリティ大丈夫か? ……ま、まぁ蹴らずに済んだしな……。
「……まぁいっか。入ろ」
難しいことは気にせず俺は扉の先へ進んでいく。
その部屋はそんなに大きくなかった。
最初にいた部屋より半分ほどの広さだろうか。置いてある機械はそんなに多くない。
そして、入ってすぐ目に入ったのは……
「……エレベーター……か?」
そう、映画でよく見るような円形の床に透明のガラスを張った筒形のものがそこに鎮座していた。
それ以外には小さい機械とテーブルやイスがあるだけだった。
「どう見てもここに乗ってくださいと言わんばかりに……けど、これに乗ると出れそうだな」
そのエレベーターらしきものに近づく。
だが案の定ここにも認証装置がついていた。さっきしたように手の平を当てるタイプだ。
「ほいほい。ここに当てたらいいんだろっと」
『認証中……認証確認……ダウンロード完了』
スッと横にスライドして開く。
「ん……? お、開いたな」
……何だか変な声が聞こえた気がするけど、気のせいか?
そのエレベータの中は人が三人ほど乗れそうなスペースだった。そしてゆっくりと入り口がスライドしていった。
……乗ったのはいいけどどうやって動かすんだ?
普通は階層を選ぶためのボタンがあるはずなんだけど……うん、一面ガラス張りだな。
「どうしたもんか……」
俺は腕を組んで考えていた。上を見てもガラス。下を見ても……ってあれ、なんだこの模様?
下の床には複雑な模様が描かれていた。
それをまじまじと見ていると、突然床が光り始め
た。……と思ったらすぐに収まった。
そして、閉まっていたガラスが横にスライドして開く。
「うわ!? ってなんだったんだよ……あ、開いた」
俺は不思議に思ってそのエレベーターらしきものから出た。
一歩踏み出すとそこは、
――森が広がっていた。
「………」
俺は呆然として立ちすくむ。
だけどすぐにハッとして後ろを振り返った。
そこには前と同じ森が鬱蒼と広がっていただけだった。
「……これも夢か?」
俺は自分の頬を抓ってみたが、痛い。普通に痛かった。
どうなってんだ? あれってエレベーターじゃなかったのか?
……ダメだ全然わからん。さっきから俺の脳が処理できる範囲を超えてるぞ!
頭をうんうん唸らせる。
ずっと考えてても仕方ないと思い、とりあえず真っ直ぐ歩き始めた。
地面を見て気づいたのだが、一部分だけ草があまり生えていなかった。
つまり人がここを歩いてたって証拠だな。
これを辿れば人に会えるかも……知れない。多分。
「けど、また歩くのか……今日は歩いてばっかだなぁ……はぁ」
俺はため息を吐きながらゆっくりと歩を進めた。
2019年 十月五日 加筆と修正。