アリシアとシン
メリークリスマス!
「…はぁ」
ドラゴンを無事に討伐し、昇華も終えたアリシアはこの日、何度目になるかも分からない溜め息をどんよりとした灰色の雲が覆っている天気模様が思わしくない空を眺めながら肩を大きく落としてついていた。
アリシアを悩ませているもの、それは昇華を終えた直後に出現し、衝撃的なことを言い残してさっさと去っていった三大神の1柱「ピトエム」に対するものではない。もちろんそのことに対する懸念もあるが今現在彼女の思考の中でうずまいているものは他でももないシンのことだ。
アリシアは学園にいたときに起きた魔物行進をきっかけにある誓いを立てていた。それは「シンの隣に立っていられるような女性になろう。日常において、そしてなにより戦いの場でも」というもの。この言葉を体現するために己がもつアドバンテージである聖女であることと溢れる魔力を高めるために世界でも極一部の人しか達成していない昇華による魔法の格上げを目標とした。そして今、その目標を達成したのだがいくつかの問題が彼女を悩ませているのだ。
一つ目の問題としてルジュールと出会ったこと。ダンジョンにイレギュラーな形で出現したデーモンを討伐したときにシンとアリシアが助けた2人よりは少し年上の赤髪の女騎士。普段は騎士として凛とした態度をしており、素敵で大人な女性。なのにシンに助けられたことをキッカケにシンの誇る人外級の強さに惚れ、それ以来スイッチが入るとシンに「子作りしよう!!」と鼻息を荒くしながら迫ってくる残念な一面を持っている。
そんなルジュールだが、シンに惚れているのは確かであり、アリシアとも仲良くなり既に何回も一緒に戦った。そのためアリシアとしは恋のライバルなのだがそれと同時によき友人でもあるため非常に悩ましい。
そして何より二つ目の問題がどうしようもないのである。あろうことかアリシアはルジュールが積極的なことに感化されてシンに勢いに任せて告白してしまっているのだ。本当ならば昇華が終わって落ち着いたあとにするつもりだったのに。
「なんで私はあんなことを……タイミングが悪いことは少し考えれば分かったのに」
告白したときこそ、いい雰囲気になったのだがルジュールに横槍を入れられて霧散してしまった。というかルジュールが隣で寝ている状況で告白しようとしたことが間違いだったとアリシアは海よりも深く反省している。そんな理由でシンからの返事もなく、アリシアは悶々としているのだ。
「今日こそちゃんとシンに聞かなきゃね……よし!行こう!」
ピトエムの件もあるため長い間腰を落ち着ける訳にはいかない。ならばその間にはっきりとさせておくびきだとアリシアは決意してシンの元へと向かった。
アリシアがシンがいると思われる部屋にいく。が、そこにはシンではなくシンのベッドに張りついて顔をニヤケさせているルジュールがいた。
「エヘヘへ〜〜シン殿〜」
シンが普段使っている枕を抱きしめながら怪しい薬を使っているかのように半分くらい魂が抜けているような虚ろな目をしながら若干紅潮しているルジュールを目撃したアリシアは取り敢えず話しかけることにした。
「ルジュール……何してるの?」
「ハッ、あぁアリシアだったか。質問に対する回答だが私はシン殿の匂いに埋もれて今にも天国にでも旅立ってしまうところだったところだ」
「やっぱりスイッチが入っちゃってるわね。まぁいいわ。それよりシンがどこにいるか知らない?」
ルジュールはシンと出会って以降、2面性のある女性になってしまった。というか変貌ぶりを見るならば二重人格と言っても過言ではないかもしれないレベルだが。
普段は誇り高き女騎士としてしっかりとした大人の考えを持って行動を起こしたいるのに対して、1度スイッチが入ると先ほどまでの態度が嘘かのようにシンに対しての欲情が強くなるのだ。もはやそこには理性など初めから無い。
「恐らく裏にある開けた場所で素振りでもしていると思うが……もしやアリシアは遂に、決心したのか?」
いつの間にかルジュールはいつものように引き締まった凛とした顔をしており騎士モードに戻っていた。
「騎士モードのルジュールには隠し事ができないわね……そうよ、今から改めてシンに聞くの。私と、私と結婚してくれないかを 」
「頑張ってくるのだアリシア。うまくいけば私が受け入れられる可能性もグンと高まるしな」
ルジュールは述べたとおりのことを心の底から思っているが、あえてここでは、わざとらしく且ついたずらっぽい笑みを浮べながらアリシアを励ますように言った。
「……ありがとうルジュール」
アリシアはルジュールの真意に気付き感謝の言葉を残してシンが居るであろう裏口へと向かった。
シンはルジュールの予想通り、宿の裏で素振りをしていた。一汗かいたところで訓練を打ち止めにした。日もそろそろ落ちてしまう時間帯であったからだ。納刀して宿に戻ろうと踵を返して振り返るとそこには、いつもに比べて緊張しているような顔をし何か重大な決心をしたのか雰囲気が引き締まったアリシアがいた。
「アリシア、どうかしたか?そろそろ戻ろうと思っていたところだけど……」
「シン……少し時間を貰える?」
「分かった。なら、ちょっと場所を変えようか」
シンはアリシアを連れて人気が無いベンチへと連れて先にアリシアを座らせるとその後その隣に座った。
「ふふっ、まだ学園での癖が残っているわね」
「あっ、そうみたいだ。だけど本来なら主人と従者の関係からしたら一緒に座ること自体おかしいんだけどね」
学園にいた時は周囲の目もあったため、アリシアが聖女であることとシンがエンシェントエルフの末裔であることを隠すためにも、普通の主人と従者であることを示す必要があった。
「そっか。でもさ、そろそろ終わりにしない?」
「え?」
「私はこのままの関係でいることは嫌なのよ」
「それって……。もしかしてオレになにか到らないところがあったのか?それならなんでも言って欲しい!頼む!」
今度はアリシアが唖然とする番だった。
「シン、勘違いしてない?」
「ん??アリシアはオレと主従関係をやめたいって言ったから。オレはもうアリシアの従者ではいられないのかと……」
「違うわよ!私はそういう意味で言った訳じゃないわ!」
「え?そうなの?」
「もうシンに回りくどい言い方をするのはやめたわ。真っ直ぐ、正面からいくことにする」
アリシアは姿勢を正して台詞の通りに真っ直ぐに視線をシンへとむけ、己が決心したことを紡ぐ。
「シン。どうか私、アリシア・ヴェルディベースと生涯を共にしてくれませんか?私は貴方の隣で生きていきたい」
「アリシア……」
「私は本気よ。シン」
シンを見つめるアリシアの目には1片の迷いも無い。
「アリシア、ありがとう」
「なら!」
「ああ、一緒に来てくれるならオレも嬉しい」
「シン!」
アリシアはシンの名前を呼ぶと同時にシンへと飛びつき抱きついた。シンもアリシアを優しく受け止めアリシアの身体を抱き返した。
「これから先も色んな困難があると思う。ダークネスエルフとも戦わなくちゃいけない。正直に言うとオレは怖い。だけどアリシアが隣にいてくれるなら、アリシアを守るためにオレはどんな障害だって打ち破っていける。そんな気がするんだ」
「私だって怖いわよ。けど私もシンが隣にいてくれるなら、いくらだって力が湧き出てくる」
そう言い交わして優しく互いの唇を触れさせた。夕日によって空が朱に染まるなか、アリシアとシンは結ばれた。
それから2人は手を繋いで歩いて帰った。お互いの手の指の間に指を絡めて。宿に帰ってドアを開けると少し乱れたベットの傍にルジュールがおり、2人を見ると賞賛の言葉をくれた。
「アリシアおめでとう。うまくいったなだな」
「ルジュール、ありがとう」
「ん?ルジュールは知っていたのか?」
「シン殿に逢いに行く前のアリシアと会話したのでな。あの様子を見ればほとんどの女と一部の敏感な男ならこれから告白するのだと分かるさ」
「そうだったのか」
「ところでシン殿。アリシアと結ばれただから、私を側室にしてはくれぬのか?」
「ちょっとルジュール!そういう話は今しないでよ!」
「アリシア、そうカッカするな。正妻はアリシア、側室に私、どうだ?なかなかよさそうではないか?」
「正妻!そっか私ついにシンと結婚するんだ、えへへ~」
ルジュールの提案に返事するよりも「正妻」というキーワードに反応してアリシアは頬を赤くして照れたように手で顔を伏せた。
「すっかりとろけておるな……、シン殿、この件についてはまた後程話し合うとしよう」
「あ、うん、そうだね。オレの意見はまるで入る余地は無さそうだけどな」
その夜、シンが窓から入ってくる月明りを使って読書していると隣の部屋がやけに騒がしいことに気づいた。隣の部屋はアリシアとルジュールがいたはずで、いつもはここまで騒がしくなることはない。
シンが壁に耳を当てると何を言っているのかは聞き取れなかったが、どうやらルジュールがアリシアに何か言うとアリシアが必死になって言い返そうとしているが分かった。5分ほどでそのやり取りは終わったようで特に宿のほかの客から何か言われることなく落ち着きを得た。
「何をしてたんだが、おおかたルジュールがアリシアをからかっていたんだろうけど」
シンがやれやれと頭をふると誰かがドアを開けた音がした。
「誰だ?さっきうるさくしていたのは隣の部屋だけど……」
ドアのほうを振り返りながらシンが尋ねるとそこにいたのは枕を抱えた寝間着姿のアリシアだった。
「アリシア?何かあったの?さっきルジュールとなんか口論してたみたいだけど。それにその格好は…外を出歩くのはやめておいたほうがいいよ」
アリシアが着ていた寝間着は日本のパジャマのようなものでは無く、肩をだし、ひもで吊るすタイプのものでパジャマのようなミニワンピースという感じのものだった。肌が露出している面積も多く、男がみれば扇情的になってもおかしくない。最も並みの男ならばステータスの差で襲おうとしても手も足もでないだろうが。
「ルジュールがさ、結ばれたその日の夜は一緒に過ごすのが普通って言ってたから……」
「……うん、確かにそういう考え方はあると思うよ」
「だからさ、えっと、一緒に、寝よ?」
アリシアは耳まで真っ赤にしてしどろもどろになりながらも言い切った。
「う、うん。なら今日は一緒に寝ようか」
シングルのベッドは2人で寝るのは少し狭かったため予想以上に互いの身体が密着することになった。
布団をかぶってから会話がなくなってしばらくたつとアリシアがボソリとつぶやく。呼吸音からまだ起きているのは分かっているからだ。
「シン、私は別にいいんだよ?」
「アリシア、本当に?」
「今日のことをしっかりと私の心にも身体にも刻み付けておきたいの。好きな人と結ばれることになった、今までの人生で一番幸せなこの日のことを。だからね、来て」
「アリシア!」
この日の夜、2人は心も体も愛し合った。
翌朝ルジュールにばれたこというまでもない。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
ついにアリシアとシンが結ばれることになりました。クリスマスと重なったのは偶然ですw
次からは(女)勇者編となります。
それでは良きライトノベルナイトを