無双
『ステータス反転』
シンの体が翡翠の光に包まれ、シンはエンシェントエルフへと変身する。
「行くぞ魔獣」
シンは冒険者の防衛を破って溢れ出てきた魔獣の群れに向かって走り出す。いや、ほぼ一直線に水平に空を飛んだ、といったほうがいいかもしれない。翡翠の光の残像を残しながらシンは魔物へと迫る。
一呼吸で魔獣の前に躍り出てその腕を振るう。凄まじい勢いで魔獣に腕が振り下ろされる。大気を裂くような鋭さと大地を穿つような力強さをもって。その衝撃で先頭の五、六匹が吹き飛ばされ命を落とす。
シンはそのまま流れるようにほとんど途切れることなく魔獣を殴り、薙ぎ払い、蹴り飛ばす。シンの体から溢れる翡翠の光の軌跡がいくつも現れた思えば、それに応じて魔獣も数をどんどん減らしていく。
魔獣の中には捨て身でシンに特攻してくるものもいる。そうなればシンも攻撃を受けざるを得ない。だからシンは受けるがダメージは貰わないようにする。
「【魔力装甲】発動」
魔力を体の一部に集めるほどそこの防御力が高まる。シンは攻撃が当たりそうな背中に魔力を集め、攻撃に備える。その直後背中にオーガが突進とともにその手に持つ石斧を叩きつけてくる。が、シンの背中はまるで岩でも叩いたようにオーガの石斧が反動で明後日の方向に弾け飛ぶ。
シンはすぐ様背後のオーガを回し蹴りを当てて屠る。この繰り返しでシンは全方向の攻撃に対応していった。
気付けば冒険者の防衛を突破してきた魔獣は全滅していた。残るは後ろに控えている100弱の魔獣。シンは躊躇うことなくその集団に突っ込み、その腕と脚を用いて魔獣を次々に屠っていく。
シンの脅威を感じたのか魔獣は直ぐに攻撃することをやめ、周りを何重にも取り囲んでくる。そして、指揮官らしき魔獣の合図で20匹以上の魔獣が一斉にシンに襲いかかる。流石のシンも一斉に来られては対応するのは難しい。
「【高速処理】発動」
シンの視界には緑のフィルターがかかり、そこに写るものの動きがゆっくりしたものになる。シンは迫る魔獣らに順番を付けて自身の最大のスピードを持ってその場を切り抜ける。使用後の副作用も学院長との修行で克服している。
シンがその圧倒的な力で押し進んでいくがやがて個人であることの限界が出てくる。オークやオーガなどの大きい魔獣がその身体に傷を受けながらシンの腕や脚を拘束しようとしてくるのだ。最初は右腕が次に右脚、左脚、最後に左腕がまるで重りを付けているかのように魔獣に掴まれている。
そして、鬼熊が押さえ付けられて満足に動けないシンに向かって突進してくる。その様子を見たアリシアは思わず叫ぶ。
「シン!危ない!」
アリシアと同様に他の人も迫りくる鬼熊に焦りを感じている。
「流血変換発動。」
シンの体がより一層輝く。これまでに流れた血の量が多ければ多いいほど自身を強化する。シンは既に多くの魔獣の死体を生み出している。よってシンのステータスは大幅に強化される。
腕や脚にしがみついている魔獣を更に強化されたステータスで振り払い、突進してきた鬼熊の鼻頭にカウンターを叩き込む。カウンターをくらった鬼熊は頭部を凹ませてそのまま吹き飛ばされる。
その後シンは更にペースを上げて魔獣を屠る。史上最強と謳われたエンシェントエルフの力を存分に奮う。全ての魔獣が力尽きるまでシンが戦闘を開始してから10分も掛からなかった。
シンの背後には体の一部を失った魔獣や頭部を著しく変形させた魔獣、既に頭部すら見当たらない魔獣などが死体となって散らばっている。
シンは全てが終わったのを確認すると変身を解き、翡翠の光がむさんしていつも通りのシンの姿に戻る。シンは直ぐにアリシアの元へ歩く。たった1人で魔獣を圧倒したシンにその場にいる人の全ての視線が集まっている。
「お嬢様、お待たせしました」
「お疲れ様。かっこよかったわ。」
「ありがとうございまs……」
アリシアへ応えようとした時、シンの体がフラつき前のめりに倒れてくる。アリシアは慌ててシンに駆け寄って体を支える。
「シン大丈夫?」
「Zzz」
「あれ?シン?」
「ちょっと長い時間変身しすぎたのね。能力もフルに使っていたし。」
学院長がその原因を突き止める。
「しばらくしたら目を覚ますでしょう。私達は後片付けしておくからシンくんを宜しくね。」
「分かりました。」
学院長は他の人に指示を出し、それぞれ仕事を始め出す。
アリシアは眠っているシンの頭を撫でて
「本当にお疲れ様。ありがとう。大好きよ」
誰にも聞こえない告白をしていた。
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「……ん、うーん」
シンが意識を取り戻す。。頭には柔らかい感触、何故かいい匂いもする。どこか落ち着くようなやさしい匂い。そして、目の前にはアリシアの可愛らしく整った顔がある。
「あ、シン起きたの?」
「おはようアリシア。で、オレ今どうゆう状況?」
「ひ・ざ・ま・く・ら」
「えっと、取り敢えずありがとう」
「どういてしまして。」
「てかそういうことじゃなくてオレはどうしてアリシアに膝枕されてるのか教えてくれない?」
「ああそのことだったの。それはシンがあの後急に倒れたから学院長先生が休ませておけって。」
「そっか、迷惑かけてごめんな」
「いいのよ。シンは頑張ったもの。というかどういう事なの?」
アリシアが声色を変えて若干怒っているのかのように質問する。
「どういう事って、何が?」
「学院長先生よ。何であんなふうになっているのよ」
「ああ、フィーシャさんか。それはオレに聞かないでくれ。オレにもよく分かってないんだよ。もう自由にしてくれって言ったら、その時からあんな調子なんだよ」
「シンのことが気に入ったのかしら。それよりも『フィーシャさん』って何?」
「フィーシャさんが『フィーシャ』って呼んでって頼んできたからそれに『さん』を付けて呼んでるけど……何でそんなこと聞くの?」
「それならいいの、ちょっと気になっただけよ。ねぇシン」
「ん?なに?」
「これから何しよっか?」
「そうだな、アリシアは何がしたい?」
「んーダンジョン探索とか?」
「アリシアが言うならそれで」
「ありがとう」
シンが立ち上がり、皆の元へ向かっていると学院長から声がかかる。
「あ、アリシアさんいいところに。シンくんも起きたのね」
どうやら学院長はアリシアに怪我をした冒険者のために回復魔法をかけてもらいたいらしい。
「分かりました。なら1箇所に集めて貰えますか?」
「纏めてやるのね。分かったわ、そうさせる」
怪我をした冒険者が集められてアリシアが回復魔法をかける
「聖女の祝福」
範囲型の回復魔法が冒険者たちの傷を癒していく。これで終わりと思ったが
「もう凄い回復魔法だな」
「これは……聖女の魔法だ!」
「何?ならあの女の子は聖女なのか?!」
アリシアの使った回復魔法がまずかった。聖女の祝福は聖女にしか扱えない広範囲に回復の光を届けるもので、20~30人しかいない怪我人に使うには過剰すぎる効果を持っている。アリシアはそれを知らなかったので自分が使える範囲型の1番効果が高いものを選択したのだろう。
「え?どういうこと?」
アリシアは自分が聖女だと言われ困惑している。
「あちゃ~、アリシアさんやっちゃった~」
「学院長先生、何でバレたんですか?」
「さっきの回復魔法は聖女にしか使えないやつだからよ。」
「そそ、そうだったんですか?」
「こうなったらもう自由にはできないかもね。」
「そんな、せっかく……」
アリシアはその瞳に涙を浮かべて始めている。もう泣き出すのも時間の問題だろう。
シンは見るに堪えないその姿を見て急いでアリシアの元へと駆け寄り、フォローを開始する。
「アリシアはあの人達を助けてあげたいから回復魔法を使ったんだろ?それなら仕方ないって」
「でも、せっかく気にしなくてもよくなったのに……ヒグッ」
「それは残念だけどさ、オレは全然大丈夫だし、これからもアリシアの味方であるから」
「ごめんねシン。私のせいで」
「だから気にするなって」
「だって、だってー!ウエーン」
遂にアリシアは泣き出してしまった。シンは知っている。こうなったアリシアはなかなか元には戻らないことを。小さい頃はよくこうなっていた。シンはアリシアの頭を撫でて慰める。
「フィーシャさん、アリシアは多分もう少しかかると思うので先いってていいですよ」
「まぁショックだっただろうしね。私からもなるべく良くなるように取りもつつもりだけど……期待はしないでね」
「やっぱりスルーはしてくれないですよね」
「とくに教会の連中が黙ってないでしょうね」
教会は聖女の存在をとても大事にしていると同時にかなり執着してくる。教会のシンボルとしてお膝元に縛りつけようとするなんて噂もある。アリシアも例外では無いだろう。きっと教会が目を付けてくる。
「忙しくなりそうです」
「まぁ頑張ってね、最強の従者さん」
「父さんがいる限りオレは最強にはなれませんよ」
学院長はそうだったわね、と微笑みながらその場を去っていく。アリシアは依然としてシンの腕の中で泣いている。シンはアリシアの膝と腰に腕を回してお姫様抱っこをして学生寮へと向かう。
気付けばもう日も落ちかけている。アリシアとシンはオレンジの光を浴びながら街へと帰った。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次話は出来次第朝か夜の9時に投稿します。
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