旅立ち
シンがアリシアのために強くなることを決心してから5年が経った。
ヒュンッ、シュッ
まだ日も登りきっていない時間だがヴェルディベース家の屋敷にある庭からは風切り音が耐えることなく聞こえてくる。もっとも音源となっている少年以外にその音を聞いている人はいないが。
やがてその音は止む、日はその全貌を表し、惜しむこと無く大地へとその光を注いでいる。少年は汗を拭い、その場から立ち去っていった。
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シンは朝の修練を終えて、朝食を取っていた。シンはもう既に12歳になっている。5年前と比べると随分と背丈も体格も大人に近づいている。
シンはこの5年間ひたすら強くなるために尽力してきた。1週間後、シンがここまで努力してきた理由の始まりとなることが行われる。
今日はそのための準備をする。シンはギルザールに自分の元へ来るようにと言われている。
シンは着替えてから屋敷へと向かう。ギルザールから呼ばれているが、まずは自分の仕事を果たさなければならない。シンの主を起こさなければならないのだ。
シンは主の部屋の前に立ち、無駄だと分かってはいるが扉を2回ノックする。当然ながら返事は無い。シンは扉を開けて中へと入る。部屋の中央にはベッドがあり、そこに眠っているのはアリシアだ。
シンと同じく12歳になったアリシアのその容姿はまだ幼さを残しながらもそこには母親の面影を感じさせる精緻に整った顔立ちをし、身体の方も着々と成長している。
シンはアリシアの朝日を受けて輝く腰の当たりまである金髪を一撫ですると、今度は肩に手を置き、
「アリシア起きて。もう朝だよ。」
軽く揺すりながら声を掛ける。アリシアは目を虚ろにしながら体を起こしていく。
「おはよぉーシン。」
「おはようアリシア。早く着替えてきてね。」
シンはアリシアの部屋を後にしてギルザールの元へと向かう。
途中でメイドにギルザールが今どこにいるかを聞くと執務室にいるようなのでそちらに足を向けた。
「シンです。ギルザール様に呼ばれたので参りました。」
シンが扉をノックしてからそう言うと、直ぐに返答が帰ってきた。
「シンくんか。どうぞ。」
「はい失礼します。」
シンは扉を開けて執務室へと入る。中には椅子に座ったギルザールしか居らず、ギルザールの前にある机には布で包まれた棒状のものが置かれている。
「突然呼び出して済まないね。」
「いえとんでもないです。」
「それならよかった。ところで1週間後だね。」
「はい。正直なところ不安でいっぱいです。」
1週間にあること、それはアリシアの「入学式」だ。アリシアは1週間後に貴族の子息が行く学院に入学することになる。当然、従者であるシンも付いていくことになる。
アリシアがただの女の子ならシンは不安になどならない。だがアリシアは普通ではない女の子だ。アリシアは「聖女」。
シンはアリシアが聖女であっても問題なく学院生活わ送れるように5年間ひたすら自分を磨いた。それでもシンには不安が残っている。
ギルザールはそのことに関して相談しようとしてシンを呼んだ。
「取り敢えず今のシンくんのステータス見せてもらえるかな?」
「はいどうぞ。」
シンは胸に手を当てステータスを呼び出す。
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シン
Age 12
Lv72
体力 850/850
魔力 520/520
筋力 B+
敏捷 S
防御 A
魔耐 C+
【スキル】
風魔法適性Lv.6
血盟契約Lv.2
【称号】
暴君の子・聖女の従者・レイピアの申し子・エンシェントエルフの末裔
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ギルザールは絶句する。シンのステータスを二度三度見直すがステータスに書かれていることは変わらない。
(もう既に神銀ランクの冒険者程度の実力があるとは、、、)
この世界の冒険者にはランクが存在しており、下から
見習い冒険者
銅ランク
鉄ランク
銀ランク
金ランク
白銀ランク
神銀ランク
神鉄ランク
金剛ランク
の最初以外、金属の名を冠した9段階で冒険者は区別される。このランクは功績によって冒険者ギルドによって評価されていくが詳しくは省略。
ギルザールはシンのステータスを見て神銀ランク程度の実力があると判断した。冒険者の9段階のランクは当然ながら上のランクに行くほど人口が少なくなるためピラミッド型のように人口は構成されている。
シンは既に上から3番目に当たる神銀ランク。理論上で考えれば上位約11%に属しているのだ。にも関わらずシンは不安を感じている。ギルザールは不思議で堪らなかった。
「シンくん。もしかして他の人のステータス見た事ない?」
「アリシアお嬢様と父のステータスは見たことがあります。」
「やっぱりか、いいかいシンくん。君のお父さんのステータスは比べちゃいけない。あの人は異常だから。」
シンの父親であるハルトは実は最上位ランクである元金剛ランクの冒険者だ。世界に5人しかいない金剛ランクの内の1人である。そのハルトと比べればシンのステータスは見劣りしてしまうだろう。それに話を聞けば、手合わせもハルトとしかやっていないらしい。
1人でも違う人のステータスを見ておけばこうはならなかっただろう。この世界での平均レベルは約30前後、兵士などでも50を超えておけばいい方だと言われている。
「シンくん、君の父さんは世界最強に近いところにいるんだよ。だから比べれば不安になるのは皆同じ。だから大丈夫。君にならアリシアを任せられる。」
「そうでしたか。なるほど、それなら父に傷を付けた時、凄く褒められたのは納得ですね。」
「そう、それに僕から君に餞別だ。これを受け取って欲しい。」
ギルザールは先程から机のあった布に包まれた棒状のものを手にとってシンに差し出す。
「ありがとうございます。ここで開けても?」
「どうぞ。」
シンが巻き付けられていた布を外すと中からは剣、否レイピアが出てきた。そのレイピアはまだ鞘に収められているがこれまでシンが使ってきたレイピアに比べて数段階上等なものだとシンは直感で察した。
「それは風牙龍の犬歯から作られたレイピア。風の魔法適性のある君と相性が良いし、刺突の威力は耐久力も折り紙つきの一級品だ。銘は『千穿』。是非君にこれを使ってアリシアを守ってほしい。」
シンは鞘からレイピアを抜く。綺麗な装飾が施されている鍔から真っ直ぐに伸びる刀身は吸い込まれそうになるほど漆黒に染まっていた。シンはそのまま鞘に戻し、腰に千穿を付ける。
「ありがたく頂戴します。」
「僕の用件はこれで済んだけど何かあるかな?」
シンは特に何も無いのでそのまま一礼して執務室を後にした。
(シンくんもアリシアと同じぐらい話題になるだろうね。同年代どころか大人でもシンくんに敵う人は少ないだろう。)
「血は争えないね、ハルト。」
いつの間にか執務室にはハルトの姿がある。
「そう言って頂ければ幸いです。」
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5日過ぎた。アリシアとシンは今日学院に向けて出発する。入学式は2日後だが先に学生寮に向かい。荷物の整理など済ませなければならないことがあるため、余裕を持って学院に向かう。
先にメイドたちが必要なものは馬車に積めてあるので後はアリシアとシンの当人が乗り込めばいつでも出発できる。今はそれぞれ別れを済ませている。基本的に学院にいる間は実家には帰れなくなるからだ。
「お父様、お母様行ってまいります。」
「気を付けてねアリシア。」
「安心してくださいお母様。私、強くなりました。それにシンが居てくれます。」
「そうね。だけどそれでも気を付けてね。」
「アリシアとシンくんがいれば勝てない人はいないと思うけど用心するんだよ。」
「分かっていますお父様。」
アリシアはギルザールとルナマリアと別れの挨拶を済ませて馬車に乗り込む。
シンのほうは既に昨日の夜に散々リースから別れを惜しむ声を書けられていたので今日の分は少なめだった。ハルトからは
「まずアリシアお嬢様を守れ。次に自分。それだけ覚えていればいい。」
一言だけもらい。シンも力強く頷いて馬車に乗り込む。
馬車に乗り込む時にシンはギルザールから呼び止められる。
「シンくん。これを。」
ギルザールはシンに茶封筒を渡す。その茶封筒にはヴェルディベース家の紋章の蝋印があり、正式な貴族の手紙であることを示している。
「ギルザール様これは?」
「入学式のあの時に使ってくれ。少しは力になれるはずだ。」
「あの時、、、あ、はい分かりました。受け取っておきます。」
シンはギルザールを意図をくみ、ギルザールから茶封筒を受け取る。それをしまい、座席に着く。
御者が馬の手綱を引き、馬車は前に進み出す。
(これからだ。これからが本番になる。オレはアリシアを守り抜く。)
シンは馬車の中で改めて決意する。
アリシア・ヴェルディベースとその従者シン。数年後、その名前は学院に留まらず王都中に知れ渡ることになる。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回、初の戦闘シーン出す予定です。
次話は出来次第朝か夜の9時に投稿します。
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