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モノクロームの世界、唯一の色彩3

「っの、馬鹿!」俺は慌てて霜月が飛び降りた地点へ向かった。すると彼女はすぐに少年を抱え上げ、ホームにあげようとする。しかし、力が足りないのかうまくいかない。俺は手を伸ばし、少年をホームへ投げ出すように引き上げた。放心状態で座り込む少年を一瞥してから、霜月に声をかける。


「早く上がれ! 霜月!」俺がそう言って手を差し出すと、顔をしかめた霜月が何とか俺の手を握り返す。が、なかなかホームに上がれない。

「どうした!」


「あ、足が…」霜月は泣き出しそうな表情でそう言うと、ますます顔をしかめ崩れ落ちた。

「なんだって!!」俺の声とともに、列車の汽笛が聞こえた。さらに大きなどよめきが、ホームにいる人たちからあがる。


「畜生!!」俺は、自分も足を痛めないように枕木の上を狙って飛び降りた。

「拓人さん!!!!」優恵が叫ぶ。

「優恵! 非常停止ボタン!」俺がそう言うと、優恵は慌ててボタンの方へと走り出した。しかし、どんどんと列車は近づいてくる。くそ、霜月の身体をホームの上へ押し上げていたら間に合わない。二人とも轢かれる。


「霜月! 少しぐらいの傷は我慢しろ!」俺はそう怒鳴ると、霜月の上半身を抱えてホームの前方へ全速力で引きずっていった。距離は数メートル。それなのに、遅々として進まない。


「うおおおおおおおお!」俺は渾身の力を込めて走った。霜月の足が枕木やら敷石にぶつかる感触が伝わってくる。


 迫り来る汽笛と、軋むようなブレーキ音。それに押しつぶされるような威圧感。俺はホームの先端へたどり着くと、霜月の身体を線路から遠ざけるように投げ、そして自分も霜月に覆いかぶさるように転がり込んだ。


 そして、その直後、列車は盛大なブレーキ音とともに俺の足をかすめて行った。

「拓人さーーーんん!」ホームから優恵の絶叫が聞こえる。


 俺は何とか動こうとするが、上手く動けない。まさか電車に巻き込まれたか? いや、それにしては痛みがない。

「せ、せんせー…」俺の身体の下で、何やらもぞもぞと動く。ふと視線を下に向けると、そこには顔を真っ赤にした霜月がいた。そうだ、俺は彼女の多いかぶさってしまっているのだ。


 霜月の身体は燃え盛るように熱かった。それに、無駄なところが一切ない、しなやかな身体が、俺に押し付けられてしまっている。

「す、すまん。今、退くから」俺はようやくゴロリと身体をひねることができた。どうやら肉体の疲労が極限に達し、うまく身体が動かないらしい。俺の下敷きになっていた霜月は服についた埃を振り払うと、全身を使って俺の側ににじり寄ってきた。そして俺を真上から覗き込む。


「先生は、何故、私なんかを助けたの…?」霜月が真剣な眼差しを俺に向ける。

「そりゃな、助けないわけにはいかないな」

「教師だから?」さらに俺を覗き込む霜月。

「いや、違うな。教師でなくても、俺は君を助けた。知り合いがピンチの時、助けるのは当たり前のことだ」


 霜月はさらに俺の側に寄り、俺の頭を抱えるとそっと彼女の膝にのせた。そして、俺の額に手を当てる。

「ごめんなさい…!」霜月の瞳から止めどなく涙が流れ落ちた。その涙は、暖かいしみを俺の頬につくる。

「謝るな。みんな助かった。それでいいじゃないか」俺はそう言うと、そのまま意識を失った。


    *


 俺は病院のベッドの上で目覚めた。最初に目に入ったのは、薄暗い病室の中で(俺は最初、自室だと思っていた)、次に目に入ったのは俺に覆いかぶさるようにしながらうとうとしている優恵の姿。泣きはらしたのか目の周りが真っ赤に擦り剥けていた。大変だったのはその後だ。俺は喉が渇いたので、優恵に飲み物を貰おうと声をかけたところ、彼女は飛び起きると大声で泣きながら俺にしがみついてきた。消灯後だったので、慌てて看護師と医師がやってきたのは、言うまでもない。


 医師が俺の容態をチェックし、明日にでも退院できると告げる。優恵は、はしゃぎながらまた泣き出した。医師たちは微笑みながら、そんな優恵を見つめている。


「先生、ありがとうございます。ところで、私と一緒に搬送されてきた人はいませんでしたか?」俺は霜月とあの男の子のことが気になっていた。どちらも怪我をしてなければいいが。

「ああ、あなたが救った男の子と女の子は、どちらとも大した怪我をしていませんでしたので、すぐに帰宅しましたよ」と、当直の若い医師が言う。


「怪我をしたんですか?」

「ええ、男の子の方は軽い打ち身、女の子の方は足に裂傷がありました。女の子の方は傷を縫うほどでしたが、すぐに良くなるでしょう」医師は眼鏡の位置を片手で直すと、看護師に点滴の指示を与える。


「縫うほどの怪我だったんですね。無理矢理、引きずっちゃったからな。悪いことをした」俺は看護師が点滴を交換するのを見つめながら、ぼんやりと言った。


「何言っているんですか。あなたが助けなかったら、あの女の子は足の怪我ぐらいでは済まなかったんですよ? では、もう消灯時間を過ぎていますので、ゆっくりと休んで下さい。明日、退院の手続きをとります。おやすみなさい」医師はそう言うと、看護師とともに病室から出て行った。このときになって初めて気付いたのだが、ここは個室だ。うわー、個室しか開いてなかったのか。入院費はどのぐらいかかるんだろう。


「た、拓人さん?」暗くなった部屋で、ふと熱い存在が俺に近づく。優恵だ。

「どうした?」


「拓人さん、もう、絶対にあんな無茶しちゃ、やですよ? 拓人さんに何かあったら…」優恵が鼻をすすりながら涙声で言う。

「ん?ああ、もうしないよ…」俺はそう答えながらも、睡魔に襲われる。点滴に入っていた鎮静剤か何かが効いてきたのだろうか。


「絶対に?」

「ああ、絶対だ…」俺はそこまで言うと、急激に意識レベルを低下させた。

「…おやすみ、拓人さん」

 俺は額に優しい暖かさを感じながら、眠りについた。


    *


 退院から六日後。俺は再び、授業をするために学園へ向かう。入院費その他は、すべて線路へ落ちた子の両親が払ってくれた。しかも、お見舞いまで頂いた。かなりの額だった。ありがたい。


 それに、地元の新聞社が取材に来た。俺は目立つのが嫌なので、全部適当にあしらっておいた。が、男児だけでなく女子高生を身を挺して救った教員(非常勤だけど)と言うことで、いわゆる美談になってしまっているらしい。

 ちなみに、何故か優恵はそのことにご立腹だ。


「じゃあ、優恵。出かけようか」俺はカバンを手に取ると、玄関に向かう。

「はいです。じゃあ、これお弁当♪」優恵は嬉しそうに、俺に包みを渡す。え、弁当?


「いいのか?」

「もちろんですよー。今日、一緒に食べましょう」優恵は上機嫌で、今度は俺に靴べらを渡した。どうもあの事故以来、優恵は今まで以上に俺の世話をやこうとしているようだ。


「ありがとうな。じゃあ、いく、か?」俺はドアを開けた途端に、首を傾げた。誰かがドアの前に立っている。


「せんせー、おはよう。一緒に行こ」

 そこには青みがかった銀髪で、同じような神秘的な色の瞳をしている女の子が、無表情に立っていた。


「し、霜月?」

「霜月さん!?」

 いつから待っていたのか、玄関の前にカバンと大きな包みを抱えた霜月がいたのだ。


「あ、神無月さん、いたんだ」と素っ気なく言う霜月。

「うーーーー」恨みがましそうな目で、俺と霜月を見つめる優恵。

「せんせー、おべんと作った。後で一緒に食べる」霜月はそう言うと、一人分にしては多すぎる、いや四、五人分はありそうな重箱の包みを掲げた。


「はぁ? え??」俺が素っ頓狂な声をあげると、霜月は僅かに微笑み、俺の腕を掴むと歩き出した。俺は慌ててドアの鍵を閉め、ずるずると霜月に引きずられていく。

「ちょ、や、やめなさい。霜月、待ちなさい」と俺が教員らしさを損なわぬよう、何とか口調を変えると、霜月は立ち止まり下唇を噛み締めながら恨めしそうにこちらを見つめる。ちなみに、優恵も同じような表情でこっちを見つめたままだ。


「その呼び方は、いや」やや特徴のあるハスキーな声で、霜月が言う。小柄な体型からは想像し難い、大人の女性の声だ。

「ああ、呼び捨てはまずいな」

「違う、伊織と呼んで。拓人先生」上目遣いで俺の手を掴みながら、そう霜月が言う。


「え。ええええーー?」と、俺よりも先に声をあげたのは優恵だった。

「それ、おかしい。おかしいですよーーー!」

「何が?」きょとんとする霜月。

「名前で呼ぶなんておかしい!」優恵が耳と尻尾の毛を全て逆立て、犬歯をぎらつかせながら抗議する。うわ、久しぶりに怒りモードの優恵を見た気がする。


「おかしくない! 神無月さんだって、名前で呼ばれてる!」霜月も負けじと、全身の毛を逆立てる。


「あ、そうか」優恵はそう言うと、尻尾をへろへろと下げてしまった。

「というわけで、学校に行く」霜月は俺と優恵に満面の笑みを向けると、そのまま歩き出した。俺は首を何度も傾げながら、その後をついていく。そして、優恵も負けじとこれ見よがしに、俺の腕にしがみついた。


 ふと、霜月が振り向く。

「私、ずっと世界には色がないと思っていた。でもそれは、自分で色を見つけようとしていないだけだって事がわかった」

 霜月はそう言うと俺と優恵の手を両手で掴み走り出した。空を見上げると、そこには透き通った青空が広がっていた。

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