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第4話「冒険者、太郎とミシェル」

 2人が冒険へ旅立った当日のこと。

 予定通り夕方にはサテライトコロニーへ到着すると、2人はそこで一夜を明かした。


 サテライトコロニーは、火星探査の前線基地として約5年前に建設された。

 今まではコロニーを中心とした小さな範囲しか探査できなかった。

 しかし、サテライトコロニーの建設により探査範囲は飛躍的に広がった。

 主な目的は更なる地下水脈の調査だ。

 人類が大挙して移住してもそれを賄えるだけの保証。

 地球の科学者たちはそれを求めていた。


 水さえあれば飲み水はもちろんのこと野菜の栽培もできる。そして酸素にもなる。

 太陽光発電により電気に困ることはない。

 これまでの研究の結果、野菜や穀物の自給と建築資材の一部を現地調達する目途は立っている。


 翌朝。


 鼻孔をくすぐる懐かしくも香ばしい匂いで太郎は目を覚ました。

 視界には昨日までいたコロニーよりも粗末なサテライトコロニーの天井広がる。

 ここには部屋は1つしかなく作業も寝るのも同じ場所だ。

 隊員を管理するためのカメラもここにはない。

 横を見ると時計の針は6時ちょうどを指していた。


(んー、まだ眠り足らないなぁ)


 目をこすり、大きなあくびをしながら伸びをする太郎。

 寝起きはいい方だったが、今日は疲れが残っているようである。


 ミシェルは既に起きており、朝食の用意らしきことをしている。

 機嫌がよいのか、鼻唄が聞こえてくる。


「おはよう。朝から上機嫌だな」


 太郎の声に、ミシェルが振り返る。

 そしてニカッと満面の笑みをたたえた。


「おはよ、太郎。ねぇ見て見て! 少しだけどコーヒーが残ってたわ!」

「ん?誰かがこんなとこまで持ってきてたのか。そいつには感謝だな」


 ニコニコしながら小さな作業机にカップを2つ並べる。

 太郎はのそのそと机の前に移動する。

 机の上にはコーヒーといつもの保存食。


(これがトーストだったら最高なのになぁ)


 ふと、両親と東京の自宅で迎えていた「いつもの朝」が脳裏をよぎる。

 太郎の実家でも毎朝決まってブラックコーヒーを飲んでいた。

 父親がコーヒーに凝っており、毎朝豆をひいて淹れていたのだ。

 そのコーヒーの相棒は高確率でトーストだった。

 日によりジャムやバターなどで変化をつけるのがささやかな楽しみだった。


「いただきます」


 ゆっくりと噛みしめるようにコーヒーを味わう。

 苦味と酸味が口の中に広がる。

 懐かしい。そして美味い。

 飲み込むと喉から順に胃まで温かさが通り抜ける。

 自然に「はぁ」ど出る満足げな溜息。

 それと同時に鼻に香りが広がる。

 心まで暖かくなるような朝のひとときを2人はじっくりと楽しむ。


「久しぶりのコーヒー、おいしいわね」

「うん、うまい。胃に染み渡るよ」

「保存食と水ばかりだったから生き返る気がするわ」

「昨夜の缶詰も大発見だったけど、隅まで探してみるもんだな」

「ええ。でも、賞味期限はとっくに切れてるけるわ」

「そんなこと気にしない。大体5年以上保存が効く食料が半年の期限オーバーだなんて、ただの誤差だよ」

「そうね、ふふっ。」


 ……などと話しているうちに朝食は2人の胃の中へ消えてしまった。


「さて」


 食事が終わると、太郎は真面目な顔になり机に地図を広げた。


「今後の予定なんだけど」

「決まったのかしら?」

「うん。ここに行ってみようと思うけど、どう思う?」


 太郎が指差したのは、標高でいうと500メートルくらいのちょっとした丘だった。


「ローバーでおよそ2日間の旅程。そこからの眺めもいいだろうし、ピクニックには最適かな。と」

「あら、もしかしてデートにぴったりなコースを考えてくれたのかしら」ミシェルが悪戯っぽく返す。

「そ、そういう訳じゃな、ないけど……」

「ふふっ、冗談よ。そこでいいと思うわ」

「なんだよ、もう。じゃぁ早速準備するぞ」

「はいはい、そうしましょ」


 そう言葉を交わし、2人は防護服を装着する。

 そしてサテライトコロニーに残っていた食料や水をローバーへ積み込む。


「食料と酸素は2週間くらい持ちそうだな」

「ええ。思った以上にたくさん残ってたわね」


 あっという間に準備は整った。

 ここから先は人類未踏地帯だ。

 思いがけないアクシデントに見舞われるかもしれない。

 しかし2人には、昨日感じていた不安など微塵も無い。


「行くぞ」

「はい」


 アクセルを踏むと、ローバーは砂埃を上げながらその場を離れていった。



 ◇   ◇   ◇



 相変わらず広がる赤茶けた大地。

 そこに風物詩とも言っていい砂埃が立ち上がる。

 意思を持ったように動き出すが、数分後、ある場所にそびえ立っていた壁に阻まれ霧散した。


 よくみるとそれは壁、ではなく崖である。

 ほぼ垂直に切り立ったその崖の高さはおよそ500メートル。

 それが幅数10キロに渡って続いている。


 そんな1歩踏み外せばそれは即ち死へとつながる切り立った崖の上に2人の人間が立っている。

 もちろん太郎とミシェルである。


「危なかったなぁ。地図を信じてこのままローバーで突進してたら完全にあの世へ一直線だったよ」

「ほんと。ここまでずっと、ゆるやかな上り坂だったのにね」

「でも頑張って来た甲斐があったな。ずごい眺めだ」


 緩やかな丘だと思いローバーを進めていたら、その先は切り立った崖だったのだ。

 使えない地図だなと悪態をつきつつも、太郎は眼前に広がる風景に息をのむ。

 崖の向こうには平原が広がり、ところどころ小さなクレーターが見える。

 昔は川でも流れていたのか左右にうねっている地形の向こうには山脈が連なっており、太陽を背に平野へ影を伸ばしている。


(この星を大気で満たしたらまた川が水で満たされるのか? いや、引力が小さいから大気を保持できないのか。どうなるんだろう)


 太郎が自分の世界に入っている横で、ミシェルが何かを見つけた。

 はっと息を飲み、太郎へ話しかける。


「太郎、あれは何かしら?」

「……」

「ねえ、太郎?」

「……、……」

「太郎!」

「お、うわっ!」

「もう、何考え込んでたのよ」


 すぐ自分の世界に入るんだからと続けつつ、ミシェルは片手をヘルメットにかざして正面に輝く太陽の光線を遮りながら、もう片方の手で山脈の一部を指している。


「うん? どうした?」

「あれよ、あれあれ。細長くて白っぽいの、見えない?」


 太郎が目を細めながらその先を見ると、明らかに違和感のある物が目に入った。

 丘からローバーで1日くらいの距離であろうか。

 その麓には、ここにあってはならない物。いや、あるはずの無い物が建っていた。


「人工物にしか見えないな」


 目の前にある物が自然の中でできる可能性を考えたが、寸刻の後その考えを放棄した。

 地面と水平に、山腹へ刺さるように建っているそれは、人の手で建てられたようにしか見えない。

 形容するならば、それは空港の滑走路のような、あるいは高速道路の高架橋のようでもある。


「衛星写真にはこんな長いもの映ってなかったわよね」

「そうだな。もしかしたら上層部は知ってて隠してたかもしれないけどな」

「あら、そうかしら。衛星から見たら保護色で同化してるのかもしれないわよ」

「……まぁ、どっちでもいいや。それにしても何の建物なんだろ」

「火星人が住んでる、なんてね」

「楽しくなってきたじゃないか。よし、次の目的地はあの建物だ」


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