第3話「度重なる問題」
太郎たち第4次探索隊がコロニーへ着任し2年が経過した。
第3次探索隊は既に地球への帰りの途についているので、現在コロニーに滞在しているのは4名だ。
「相変わらず不味いなぁ」
太郎はコロニーの4つの建物のうちの1つ、居住区のダイニングで水のように薄いコーヒーを啜りつつ味気ない保存食を齧っていた。
(補給船の到着は何日後だっけな。新しい食べ物――といっても保存食に変わりはないが――が楽しみだなぁ。
味噌汁との再会も待ち遠しいけどやっぱりサクサクの天ぷらも捨てがたい、といってもここじゃ天ぷらはムリか……)
「ガタン!」
勢いよくドアが開かれ、太郎の思考はは寸断された。
そこには、顔面蒼白の隊員が息を切らしながら立っていた。
「た、大変です! 太郎さん、すぐにオペレーションルームに集まってください!」
「どうした? 何かあったのか?」
「まだ詳細は届いていないのですが、補給船に何か異常があったようです。
詳しくは隊長から説明があります。とにかく行きましょう!」
それほど広くないコロニーを数十秒走ったのち、オペレーションルームへ駆け込む太郎。呼びに来た隊員が後に続く。
ドーム状の室内には所狭しと観測機器が並べられ、モニターが様々な情報を映し出している。
窓がなく湾曲した天井に埋め込まれた白い照明がその室内にいる2人を照らしている。
隊長とミシェルだ。
ちょうど隊長は地球からの詳細情報を受信したところだったようだ。
「なに? 補給船が軌道から外れて消失しただと!」
部屋中に怒声が響く。
「補給船には食料だけではなく、我々が帰還するための宇宙船の修理部品が積まれていたというのに。くそっ」
鬼の形相で隊長は机を殴りつける。
ペンが落下し、静まり返ったコロニーにカランカランというプラスチック特有の音が響き渡る。
さらに壁を殴ろうとしたところで理性がその行為を踏み留めた。
「まだ、リカバリーする手は残っているんじゃないですか?」
「いや、既にできる手は尽くしたそうだ」
「第5次探索隊は火星へ着陸せずに周回し、地球に帰還するそうですわ」
ミシェルがそう続けた。
人類の英知が集結しているとはいえ、過去に人類が到達しえなかった世界に踏み込んでいる以上、常に何らかのトラブルは抱えていたといっていい。
今までも小さなトラブルが発生するたび、隊員の能力を活かし、それを解決してきた。
故に、隊員たちはちょっとしたトラブルには動じない胆力も身に着けてきた。
しかし、今回は致命的だ。
次の補給までは2年以上待たねばならない。
しかし、もう「次」は無い。
それは、太郎たち第4次探索隊が到着した際にも補給に失敗していたからである。
大気圏突入後に制御が失われ、コロニーから遠く離れた大地に墜落してしまったのだ。
元々潤沢にあった食料も、あと2年は持たない。
待っているのは食料枯渇による、死、あるのみである。
「新型の補給船がまたやらかしてくれたか」
「それで、今回の原因は何なのかしら」
「まだわかっていない。が、軌道を外れたならエンジンか船体制御系のトラブルだろう」
「どうなるんすかねぇ、僕ら……」
オペレーションルームに陰鬱な空気が広がる。
太郎も(あぁ、俺の味噌汁が宇宙の藻屑に……)とどうでもいいことを思いつつ口を閉ざした。
◇ ◇ ◇
それから5ヶ月後。
「もうダメだ! みんな、死んじまうんだ!」
倉庫に絶叫とも言っていい声がこだまする。
隊員が錯乱状態に陥り、それを隊長が羽交い絞めにして押さえている。
その身には屋外活動用の防護服を身に着けている。
「待て、じっと耐えれば司令部が何らかの打開策を講じてくれると何度言ったら分かるんだ」
「うそつけ! もう僕らは見捨てられたんだ! 現にもう5ヶ月も待機状態じゃないか!」
「結果が出るまでそんなこと分からないだろ! って、うわっ」
力任せに隊長の拘束を振りほどくと、そこにあった鉱物の塊を手に取り振り下ろした。
「ゴッ!!」
鈍い音がした。
隊長がその場にうずくまる。
頭からは一筋の血が流れる。
ほどなくして体から力が抜けたのか、そのまま仰向けに倒れてしまった。
「た、隊長が悪いんですよ……。ぼ、ぼくは、悪くない!」
そのまま屋外活動のために連絡通路へ走り去っていった。
入れ替わりで騒ぎを聞きつけた太郎とミシェルが到着した。
「何があったんですか!?」
「きゃぁ! 隊長! 大丈夫ですか!?」
「うわっ、これは酷いな。ミシェル、すぐに隊長の手当てを」
「分かってるわ!」
一瞬通路の向こうにいる隊員の背中が見えた。
「俺はあいつを追う。一体、何しやがったんだ」
与圧倉庫と暴露倉庫をつなぐ通路。
隊員はもう扉の向こうにいた。
この扉は気圧管理のため、所定の手順を踏まないと開けることができない。
太郎に気付いた隊員の声がスピーカー越しに聞こえてくる。
「くっ、くっ、くるなぁ! 僕はこんなとこ出ていくんだ。太郎さんも隊長みたいになりたくなかったら僕に構うな!」
「まずは落ち着け。落ち着くんだ。とっておきの紅茶を飲みながらゆっくりと話そう」
「もう何もかも終わりなんだ! 話なんてすることは無い!」
そう言い残すと隊員はローバーへ乗り込み、赤茶けた大地の向こうへ走り去ってしまった。
(ったく、最悪な展開だな……)
生きたかったら帰ってくるだろうし、ここで追いかけたら共倒れになってしまう可能性が高い。
そう考え、太郎は錯乱した隊員の後を追うことを諦めた。
その後ミシェルの治療の甲斐もなく、隊長は帰らぬ人となってしまった。
そして、太郎とミシェル2人だけがコロニーに残されることとなった。
◇ ◇ ◇
「ねえ太郎、私達これからどうしよう?」
「どうしようって言ってもすることないし、暇だよなぁ」
「暇ねー」
居住区にて、もはや味すらついていない白湯を飲みながら老夫婦のような会話を交わす2人。
着任当時よりも頬がこけているが、目から力は失われていなかった。
隊員発狂事件からさらに2ヶ月が経過したが、司令部から具体的な救済策は出されなかった。
2人の帰還を完全にあきらめているのだ。
遂行すべきミッションも与えられていない。
従って2人は暇を持て余していた。
「いっそのこと冒険にでも出ないか?」
「冒険? 面白い響きね。具体的にどうするの?」
「うーん、そうだなぁ。とりあえずサテライトコロニーに行ってそこに残ってる物資を補給して、そこからどっかへ行く」
「ぷっ。どっかってどこよ?」
「そんなの行ったら決めるよ。どんだけ食料が残ってるか分からないし」
「いいわ。その話、乗った。ここで退屈して餓死するよりも数百倍ステキなプランね」
「えっ? 冗談じゃなくて、本当にいいの?」
「ほんとよ」
この瞬間、第4次探索隊の『最後のミッション』が確定した。
もともと太郎は探究心旺盛なタイプである。
火星探査はガチガチの計画でその行動が制限されるため、もっと遠くに行きたいという欲望が尽きなかったことも事実だ。
どうせ最期ならばと己の想いをミシェルに告げたところ、拍子抜けするくらい簡単に受け入れられたため、逆に太郎は面喰ってしまった。
(一応司令部には報告しておくか)
太郎は地球の司令部へ今後の計画とも言えない計画を報告する。
亡骸がないと家族も寂しかろうなどど留意はされたものの、最終的に太郎は押し切った。
(どうせ基地からローバーが失われることを避けたいだけだろ)
既に太郎は父親と別れの言葉を交わしている。
ミシェルには、残された家族はいない。
故郷との交信はこれが最後だ。
外を映し出すモニターに目をやると、コロニーの影が長く伸びている。
火星の夜は酷く冷え込む。
今から準備するにはもう遅すぎると太郎は判断した。
「じゃぁ、明日の朝から準備を始めて、そのまま出発といこう」
「そうね。明日が楽しみだわ」
翌朝、定番となった味気ない朝食をとったのち、冒険の準備を始めた。
ローバーに屋外作業で必要な機材を積み込み、キャンプモジュールを牽引させる。
キャンプモジュールは屋外活動をする際、食事や睡眠に使用する最低限の機能が搭載されたモジュールだ。
所謂キャンピングカーのようなものである。
「本当に少ないわね。何日分かしら」
「さぁな、1週間くらいはいけるんじゃないか」
最後に、残ったすべての食料を積み込む。
用意できるものは多くない。
あっという間に準備は整った。
そして冒頭のシーンへとつながる。