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第1話「出航準備」

 青年の名は山下太郎である。


 東京生まれ東京育ちの28歳。代々同じ土地に住まう生粋の江戸っ子である。

 父は宇宙船開発のエンジニアで、主に居住区域の研究開発をしている。

 母とは同じ会社の同期で、事務員をしていた母に一目惚れをしたそうだ。

 太郎という名前は、昔の日本では男子の代表的な名前であったことから、これからの日本の代表になってほしいという想いからつけられた、らしい。


 幼いころから父親の影響を受けた太郎は、自然とその興味を宇宙へ向けることとなった。

 一時期不登校になるなど紆余曲折はあったが、22歳で宇宙大学操縦士課程を卒業。

 卒業と同時に民間のシャトル操縦士候補として就職。

 最終的には狭き門である宇宙船操縦士の座を勝ち取ったのである。


 有史以来、より遠くへ旅立つことを願う人類の飽くなき夢は、西暦1960年代には月へ、そして西暦2156年の今、火星へまでその足を到達させるに至っている。

 地球の軌道上には円盤型の宇宙ステーションが周回しており、直径1000メートルを超えるその巨体は地上から肉眼で確認できるほどである。

 遠心力による重力確保のためゆっくりと自転しており、時おりその巨体に反射する太陽光が眩しく煌めく。


 宇宙ステーションと地球との連絡は小型のシャトルがその役割を担っている。

 白いデルタ型の機体が宇宙ステーションに吸い込まれ、あるいははじき出されたように飛び出している。

 その動きは巣にせっせと蜜を運ぶミツバチのようだ。


 宇宙ステーションの運営は、国連宇宙開発機構という組織が担っている。

 これは、世界平和を願った有力国家たちが、その軍事費の一部を平和的宇宙開発に回す国連宣言に至ったことに遡る。


 火星の有人探査は約20年前に本格的に始まった。

 無人ロボットによるコロニー建設に始まり、完成後、地球と火星が接近する2年と2ヶ月おきに有人探査隊が送り込まれている。

 探査隊は、有人探査船と無人補給船で編成されており、その建造は、宇宙ステーションにて行われている。


 コロニーは居住区・執務区・与圧倉庫・暴露倉庫の4区画からなる。

 与圧倉庫には補給が1度失敗しても十分な食料の備蓄をしており、暴露倉庫には、2台のローバーと帰還船・採取した鉱物資料などが保管されている。

 酸素や水は現地調達する手法が確立されているため補給の心配はない。

 そして動力は太陽光にて賄っている。


 太郎はミシェル他2名と共に国連宇宙開発機構で編成された第4次火星探索隊に選抜された。

 探査隊の滞在期間は3年半で、期間満了後は次に送り込まれた探索隊4名を残し、地球に帰還することになる。

 従って、コロニーには都合4~8名の隊員が常駐していることになる。


 彼らのミッションは植民の可能性調査だ。


 地球は今、人口増加という癌細胞に蝕まれている。

 先進国ではまだ経済が機能しているが、貧困国はより貧困の度合いを深める一方だ。

 急進派は地球から人類がいなくなれば平和になると説き武器を手にし、民衆から湧き上がる不満は、暴動にまで発展することも少なくなかった。

 雨後の筍のように新興宗教が乱立し、自らの生産性のなさを棚に上げ国の将来を憂えているという有様だ。


 その打開策の1つが地球外植民というわけだ。

 最初に目を向けられたのは身近な月であるが、これは早々に移住の対象外と結論付けられた。

 それは、鉱物資源は豊富にあるものの、大気を留めておくために必要な引力がないためである。

 大気がないと、太陽から降り注ぐ有害な放射線をすべて人口建造物で遮る必要があり、屋外活動にも制約が付きまとう。


 次に金星と火星が同時に着目された。


 金星はサイズや引力が地球に近く、地球からの距離も惑星の中では最も近い。

 しかし太陽に近く大気が厚いので高温で気圧が高く、長年人間の住める環境でないとされてきた。

 過去にはソ連の探査機が金星へ着陸し、地表の写真を送信することに成功したこともある。

 その際の観測データは気温がセ氏450℃以上、気圧がは90気圧にも上ったそうだ。

 プラスチックなど、あっという間に溶けてしまう。


 ところが近年の研究の結果、上空50キロメートルの環境は人間の生活に適していることが判明した。

 それからというもの世界中の学者が浮遊基地構想に明け暮れた。

 最終的には生活に必要なすべてを浮遊する施設の中で賄わなければならないことの煩雑さや地上の鉱物資源を利用しにくいといった理由から、金星支持派の発言力も次第に弱くなっていった。


 反して火星は、過去幾度となく行われてきた無人探査により、将来的に人類が居住できる可能性が見つかった。

 地下水脈が発見されたのだ。

 しかも地下80メートルという、それほど深くない場所にである。

 そのまま飲めるものではなかったが、簡単な濾過で飲用に耐えられるレベルだ。


 この発見は大きかった。

 国連宇宙開発機構の理事会は速やかに火星への有人探査を議決し、この地下水脈掘削地点にコロニーが建設されることとなった。

 それから行われた3回の有人探査は大きなトラブルもなく順調に進み、現在へ至る。




「そら、そこ! ぼうっとしてないでこっちを手伝え!」

「はっ、はい!すぐに行きます!」


 宇宙ステーション内のドッグは今、喧騒に満ちている。

 探査船の建造が完了し最終チェックが行われているからだ。

 物資を満載したコンテナがその巨体へどんどん吸い込まれていき、白い作業服を身に纏った作業員が慌ただしく指示を飛ばす。


 火星へのミッションは有人探査船と無人補給船からなるというのは先に触れたとおりである。

 有人探査船出発から1週間後、無人補給船がその後を追うように送り出されるという運用となる。


 有人探査船は、22世紀初頭から行われていた月面探査ミッションで使用されている技術を改良しながら運用している。

 いわゆる「枯れた技術」であるが、信頼性は高い。

 人類初の有人月面探査で使用されていたコンピュータが後年発売された家庭用ゲーム機よりはるかに劣っていたのは有名な話である。

 第3次探索隊の帰還はまだ先になるが、今までの火星へのミッションも危なげなくこなしていたことも、その信頼性を裏付けている。


 有人探査船の横には、さらにそれを1周り大きくした無人補給船が横たわっている。

 こちらは実証実験器のテスト運用を終えたばかりの初号機である。

 というのは火星探査が進んだ今、行動範囲を広げるためより大きな機材を供給をする必要があった。

 既存の補給船は基本設計も古く、消耗品程度しか運ぶことができなかった。

 そのため、新規設計の大型補給船の運用が急務であったのだ。

 当初は初回火星派遣時から運用される予定であったが、開発が遅延したため今回からの運用となった。


「ピーッ・ピーッ・ピーッ・ピーッ・ピーッ」


 大きな警告音がドッグに響く。

 有人探査船の準備が整ったようだ。

 探査船を載せた台座がゆっくりと動き、ドッグから姿を消す。


 太郎たちの出航はすぐそこまで迫っている。


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