プロローグ
目の前には荒野が広がっている。
見渡す限り広がるは、赤茶色でひび割れた大地ばかり。
生物どころか、草木すら全く見当たらない。
遠くに連なる山脈が薄らと視界に入る以外、この荒野を彩るものは何も無い。
故郷のそれとは違う、グレーの天頂に輝く小さな太陽から降り注ぐ光が台地を染め上げている。
雨は全く降らないのか、どこを見渡しても水の流れた跡すら見当たらない。
小石も角が立っており、河口などで見かける角の取れた石も無い。
大地が乾燥している象徴のごとく、時おり砂嵐が巻き起こる。
その姿はまさに乱舞する龍のようである。
大地の至る所で舞い上がり暴れ、満足したものは地に帰りその姿を消す。
また1匹の龍が立ち昇った。
そしてくすぐ近くにいた青年に容赦な襲い掛かる。
「ちっ、またか……」
青年はブレーキを踏みヘルメットを覆った砂埃を手の甲で乱雑に拭う。
これで何度目だろうか。
回数すら覚えていない。
(せっかくの旅立ちをこんなに手荒にもてなされるとはなぁ)
視界に赤茶けた荒野が再び広がった後、首を下げ自分の姿を確認する。
全身を覆うオレンジ色の上下に白いグローブとブーツは砂埃で汚れている。
パンパンと軽くたたくと、水気のないその汚れは簡単に舞い落ちる。
全身を負うスーツにヘルメット。
青年が身に纏っている一見すると宇宙服のような、しかしそれよりはスマートであるこの装備は屋外活動用の防護服である。
気密構造で酸素発生装置がついており、人体に有害な紫外線などを遮断する素材で作られている。
振り返ると、1時間前まで生活していた、半球が4個つながる形状の建物は霞んで見えなくなっていた。
快適とまでは言えないにしても、3年以上生活した場所でもある。
空調が効き、蛇口を捻れば水が出る。ベッドもある。
一見当たり前のようなことだが、この世界ではこれは特別なことであった。
そそいて、この過酷な環境下で青年が生命を維持するためには、そこを住処にする必要があった。
そう、「あった」のである……。
「もう、あそこへ戻らない、絶対にだ」
心の中から湧き上がる不安を押し殺すようにつぶやき、再び探査車を前へ進める。
屋根のない武骨なオフロード車のような形をしたそのローバーの荷台には数個の箱が転がっており、その後ろに別の車両を牽引している。
幼児の背丈ほどもある6輪のタイヤが少なくない段差を乗り越える度に、シートへガタガタと不快な振動を伝える。
「本当にいいの?」
青年は運転しながら声のした方--右を向く。
声の主は、青年のただ一人の同行者、ミシェルである。
ブロンドの髪を持つこの女性は、まだ20代前半にもかかわらず医者という肩書を持つ才女である。
青年のそれと同じ防護服は砂埃で少し汚れている。
ヘルメット越しの碧い瞳に宿るのは、青年と同じ不安であろうか。
「コロニーにずっといても一緒だ。どうせ死ぬなら、行けるところまで行ってやる」青年は気丈に振舞う。
「そうよね。そうするって決めたものね」
「日没まであと6時間。それまでにはサテライトコロニーに着く。そこから先のことは……」
「今考えても仕方ないから、明日、決めましょ」
「そうだな」
行く当てはない。
しかし2人は進むことを選択した。
固い決意とともに。
アクセルを踏む足に力を込める。
軽くシートに背中が押し付けられ、ローバーは不安から逃げ出すように加速していった。
そこにはタイヤの巻き上げた砂埃と綾模様のような2本の轍が残されていた。
2人はまだ知らない。
この冒険の先に、人類の歴史を変える大きな発見が待っていることを……。