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美貌の司祭


 三時間後。

 そろそろ腹も減ってきたと言って、はしゃぎまわるアルトとかるらを引き留めることにようやく成功した。


「楽しかったです!」


 元気いっぱいにそう叫んだのはアルトだ。

 

「うん! やっぱり絶叫マシンはこうでなくっちゃ!」


 さっきまでの不機嫌はどこへやら、アルトと同じくらいのテンションではしゃいでいるのはもちろんかるら。


「……なんでしょっぱなからトランシルヴァニア・マウンテンなんだよ……しかも続けて三回も乗りやがって……」


 雹夜はげっそりとした顔でつぶやく。

 ちなみに、トランシルヴァニア・マウンテンとは、ドラキュラランドの名物ジェットコースターで、時速百キロ超の速度で海に向かって張り出したコースを疾走する絶叫マシンである。

 

「ワタシ、イナカに住んでたから遊園地初めてです! こんなスバラシイ場所があるなんて知らなかったですよ!」

「そっかー、あんたも大変なのねぇ。いつまでいる気か知らないけど、あたしでよかったらいつでも誘いなさいよ」

「オー、かるらさん、さっきまではオニのよう思ってたけど、実はいい人でしたね!」

「なんだとっ、このぉ!」

「痛い痛い痛いです! そのコメカミぐりぐりするのやめてください!」


 意気投合(?)したらしい二人を尻目に、Gに翻弄されて気分の悪くなった雹夜はベンチにへたりこみ、大きなため息をついた。

 

 背中をじりじりと焦がす初夏の日差しが、雹夜の前に黒く濃い影を作り出している。

 その雹夜の影に、別の影がかかった。

 雹夜はうとましげに顔を上げた。

 

 いつのまにか雹夜の前に立っていたのは、雹夜のよく知る女性だった。

 

「楽しそうね、雹夜くん」

「……シスター・ルチア」

「はぁい♪ 今日は両手に花でうらやましいこと」

「そんなんじゃねえよ……」


 もう一度ため息。

 雹夜の前に現れたのは、雹夜の通う浦戸学園の敷地内に立つ礼拝堂の管理者で、浦戸市を根城にするキリスト教系宗教法人〈聖霊の声〉の女性司祭、ルチア・ウェスターナである。

 くすんだブロンドの長髪とやさしそうなハシバミ色の瞳、いつも眠そうに垂れている目と眉。

 すその長い紺のローブに高いえりのついた白い肩掛けをはおる、〈聖霊の声〉の司祭服姿だった。

 背は雹夜と同じくらいだから、女性としてはかなり高い部類に入るだろう。

 スタイルも抜群で、母性を感じさせるその大きな胸と腰に、熱心な男子生徒のファンも多い。

 ちなみに、ミサを行う権限を持つ司祭ではあるが、本人の要望により周囲からはシスターと呼ばれている。

 

「って、なんであんたがここに?」

「今度向こうで新しいアトラクションを作るでしょう? その地鎮祭に呼ばれたのよ」

「地鎮祭って……。ふつう神主とかがやるもんなんじゃ?」

「遊園地のオーナーが〈聖霊の声〉の信徒なのよ。地元に根ざした宗教を目指す〈聖霊の声〉としては、キリスト教とは関係がないにしても、そういう土着の祭祀には食い込んで行きたい訳なの。……貴重な現金収入にもなるしね」

「最後のが本音か」


 容赦のない雹夜の言葉に、ルチアは肩をすくめて見せた。

 そのあたりのざっくばらんさがルチア・ウェスターナという司祭の魅力でもあり、〈聖霊の声〉という宗教の強みでもあるのだが、反面ではそのいい加減さがたたってカトリックからもプロテスタントからも異端扱いされているらしい。

 

「あ、シスター・ルチア」


 かるらがルチアに気づく。

 

「はぁい、かるら。デートの邪魔して悪いわね」

「そ、そんなんじゃありません!」

「うふふ。かわいい。……でも、感心しないわね」

「何がです?」

「男一人に女二人だなんて……〈聖霊の声〉は重婚なんて認めてませんよ?」

「ち、ちがいますっ! この子は、雹夜が――」


 かるらがこれまでの事情をルチアに説明する。

 アルトがヴァンパイアであることなど、面倒なことは適当にはしょってくれていた。

 

「ずいぶんおもしろそうなことになってるのね?」

「どこがだ」


 からかうように言ってくるルチアをぎろりと睨む。

 

「青春って、そんなものよ。渦中にいる間はその有り難さがわからない。でも、有り難さがわかるようになった時には、それはもう終わってしまっている……。消化不全のままに終わってしまった青春をひきずりながら生きていく人も多いのよ。だから……そのわずらわしさを、面倒くささを、葛藤を存分に楽しんでおきなさい、雹夜くん。それはいつまでもそこにあるものじゃないんだから」

「ルチアだって、まだ青春を懐かしむような歳じゃないだろ。少なくとも見た目ではそうだ」

「ふふっ。見た目では、ね。雹夜くんも口が上手くなったものね」

「そ、そういうんじゃねーよ! ったく、わかってて言ってるだろ?」

「ええ、まあ。お気遣いには感謝しておくわ」

「……余計なお世話だってか? でもよ、ルチア、俺は思うんだけど、あんたは――」


 真剣な眼差しで何かを言いかけた雹夜の前に、ルチアは人差し指を立ててみせた。

 

「気遣ってくれるのなら、わたしもデートに混ぜてくれないかしら?」

「……これはデートって言うのか?」


 雹夜はアルトとかるらを目で示す。

 

 が、ルチアはそれをまったく無視して、


「ねえ……よかったら、みんなでランチにしない? ちょっとしたものならおごってあげられるわよ。臨時収入もあったことだし」


 アルトとかるらに提案する。


「いいんですか!?」

「もちろん」


 肉食系女子二人はルチアの魅力的な提案に一も二もなくうなずいた。

 聞けば、地鎮祭の正式な費用の他に、儀式にあたったルチアにもいくらかの謝礼が支払われたらしい。

 

「おい、こんなことに使っていいのかよ?」

「大丈夫よ。お布施に領収書なんてないもの」

「そういう問題か?」

「そういう問題なのよ」


 渋い顔で首をかしげる雹夜を、

 

「ヒョウヤ、早くゴハン食べましょう!」

「なにグズグズしてんのよ! 早くしないとあんただけ飯抜きにするわよ!」


 肉欲に突き動かされた少女たちが引っ張っていく。

 

 その後を、


「……青春ね」


 くつくつと笑いながらつぶやいたルチアがゆっくりと追いかけていく。

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