結末(エピローグ5)
「――せっかくだから、あなたにもあげるわ。力を。ヴァンパイアの王たるにふさわしい力を。誰もがひれ伏す力を。他のヴァンパイアなんて、鼻歌まじりに蹴散らせるような力を。わたしの与えられるすべてを、あなたにあげる。だから――もっとわたしを愉しませてね、雹夜くん」
そう言ってルチアは雹夜の首筋へと唇を近づけようとする。
「やめろ……!」
ルチアの鋭い犬歯が、雹夜の首筋に――
ヒュン!
鋭い風切り音にルチアは飛び退いた。
一瞬前までルチアのいた場所に、銀のテーブルナイフが突き立っていた。
礼拝堂の入口をふりかえる。
そこには、闇に溶け込む黒装束の少女――史曜氷雨の姿があった。
「ルチアさん。ボクのお兄ちゃんをあまりいじめないでもらえるかな?」
現在の不裏戸衆を預かる領袖は、そう言いながら別のナイフを取り出した。
「そうそう。そいつ、意外に打たれ弱いところあるからさー。こないだの一件でアルトに助けてもらったのも、けっこう引きずってたりするんだから」
別方向からかけられた声に、首だけでふりかえる。
礼拝堂の側面入口、菜園に続く扉から現れたのは、鈴城かるら――名うての元・ヴァンパイアハンター〈黒ずきん〉だった。今は降魔の塗油を受けていないとはいえ、その戦闘能力は、自分自身で扱える能力の限られたルチアの、はるか上をいく。
ルチアは残された出入り口――異人墓地に至る古道に出る、反対側の側面入口に目をやった。
案の定、そこからも人影が現れた。
「やれやれ。まさか、本当にルチアさんだったとはね。〈聖霊の声〉にとっては大不祥事だな」
現れたのは、浦戸学園教師にして〈白銀の十字剣〉団長、矢野・クリストフ・征拾朗。
今日は白衣ではなく、麻のローブの上に白いプレートメイルを着込んだ騎士然とした姿をしている。
その手には、十字を模した鋼の直剣が握られている。
「……なるほど。わたしを火にかけたくないなんて言いながら、ちゃんとやるべきことはやっていたのね、王さま?」
「そりゃ、同じ轍は踏まないさ。守良のときも、準備不足がなければもっとうまいやり方があったはずなんだ。個人的には、今回の〈召命〉は失敗だったと思ってる。実際、アルトがいなけりゃ、どうなってたかわからねーからな」
「失敗から学べる王さま。すばらしいことね」
軽口を叩きながら、ルチアはじりじりと後じさる。
外に通じる三つの出入口を塞ぐ形で現れた三人は、油断なくルチアの動きを観察している。
雹夜もまたその場からゆっくりと下がり、正面入口から現れた氷雨と前後を交代する。
「……あいにくと俺は凡人でな。地道に努力するしかねーのさ」
「力が欲しいのなら、分けてあげるわよ?」
「んなもん、いらねーよ。ちょっとずつでも自分を高めていく楽しさってのは、最初から力を持ってるやつには味わえないもんだからな。誰もがひれ伏す力? 他のヴァンパイアを鼻歌まじりに蹴散らせる力? ……正直、ゾッとするね」
「……そう。それが雹夜くんの答えというわけね」
「そうさ。俺が力を求めだした途端、俺は尊敬すべき友人たちの王たる資格を失うんだよ」
「力尽くで支配すればいいじゃない」
「そんなことして、何になるんだ? 人を力尽くで言いなりにして何が楽しい? ルチア、永い時を生きてきたヴァンパイアに俺なんかが言えることじゃないんだろうけどよ……」
「……何かしら?」
「それが、あんたの躓きの石なんだよ、ルチア。あんたは特権者としての自分に固執するあまり、親しくなれたかもしれない人たちの手を取ろうとしなかった。それじゃあ孤独にもなる」
「……わからないわよ、雹夜くんには。誰も特権者になどなりたくはない。特権者になりたがるのは道理を知らない愚か者だけよ。わたしはこうならざるをえなかったからこうなったのよ。雹夜くんが王にならざるをえないから王になったようにね」
「あいにくと俺は運命論者じゃないんだ。王になったのは偶然だけど、最後には俺は自分の意志で決めたんだよ」
「人間にもヴァンパイアにも自由意志などありはしないわ。永く生きていれば、誰でも運命の動かしがたさを知るようになる……」
ルチアはまるでひとりごとのようにつぶやいた。
雹夜は小さく首を振り、あらためてルチアに向き直る。
「で、どうする? 大人しく投降してくれるよな?」
確認のつもりで、雹夜は言った。
かるら、氷雨、矢野の三人はそれぞれの獲物を手にじわじわと包囲の輪を狭めていく。
ルチアはうつむき、うなだれているように見える。
聖壇の灯りで煌めく前髪のせいで、ルチアの表情を窺うことはできない。
が――
「……ッ!? 下がれ!」
雹夜が叫ぶ。
雹夜の言葉に三人がルチアから飛び退る。
しかし、間に合わない。
ド……ッ!
音すら立てて、不可視の何かが爆ぜた。
「きゃ……!」
「くっ……!」
「ぐぅ……!」
ルチアに近づこうとしていた三人は、その何かに弾き飛ばされた。
かるらは会衆席を巻き込みながら転がり聖壇の前へ、矢野は側面入口脇の壁に激突する。礼拝堂の正面扉へと叩きつけられた氷雨は、分厚い正面扉を破って礼拝堂の外へと投げ出された。
「かるら! 氷雨! 矢野先生!」
雹夜は慌てていちばん近い場所にいる氷雨へと駆け寄ろうとする。
が――
「……な……っ!」
動けない。
ルチアから噴き出す何かが、雹夜の身体をその場に射止め、身動きひとつ取ることができない。
そして――雹夜は気づく。
自分の膝が、腕が、歯の根がかたかたと震えていることに。
雹夜は、怯えていた。
「な、何……? ど、どう、して……!?」
顔から血の気が引いているのがわかる。目からは涙があふれ、頬をおびただしく湿らせている。
ルチアは先ほどから毛筋ひとつ動かしていない。
ただ、そこにいるだけだ。
しかし、そのルチアを睨んでいると――いや、睨むことすらできず、顔を背けていてすら、その圧倒的な存在感にほとんど恐慌とすらいえそうな激しい恐怖を感じてしまう。
その場に膝を折り、ルチアの足下に這いつくばって赦しを乞いたい――そんな衝動すらこみ上げてくることに雹夜は戦慄した。
そんな雹夜をつまらなそうに見下ろしながら、ルチアが言った。
「これが、本当の支配者というものよ、雹夜君。ただその場にいるだけで他の者を威圧し、支配する」
雹夜は我を失いそうな恐怖と戦いながら、ルチアへと視線を戻す。
ルチアは、いつも通りのうつろな笑みを浮かべていた。
そう――先ほどルチアに近づくかるらたちに雹夜が警告した時に浮かべていたのと同じ笑みだった。
「……な、何を、した……んだ?」
雹夜はそれだけのことを問うのに、全精神力を費やさなければならなかった。
目の前に所在なげに佇む金髪の吸血鬼に対しては、言葉を発することすら赦されていないのだと、雹夜の身体の全細胞が主張しているのだ。
「何も」
「……何、も?」
「わたしはただ、隠すのをやめただけ。もう、バレてしまったものね」
「……だ、だが……かるら、たちは……」
「わたしに逆らうからよ。彼らは、わたしに逆らった罰を、自らに対して執行したのよ。わたしは何もしていない。でも、彼らはわたしに逆らった自分自身を赦せなくなって、勝手にそうしたの」
「……お、俺……、は……?」
「むしろ、あなたが特別なのよ、雹夜君。きっと、あなたの持つお守りの力でしょうね。地中海の魔王からもらったとかいう」
「……天、秤……か」
守良美芳の超自然的能力を跳ね返したあの天秤が、ルチアの放射する圧倒的な存在感を緩和しているということか。
「さて……どうしようかしら?」
「……ど、どう……?」
声音を冷たくしたルチアに、雹夜は震えが激しくなるのを感じた。
「このまま放っておくと……ほら」
ルチアが聖壇を振り返る。
そこには――
「か、かるら!」
ルチアに吹き飛ばされていた――正確にはルチアに害を加えようとした罪悪感から自ら吹き飛んだかるらは、その場に立ち上がり、レッグホルスターから抜き取った拳銃の銃口を自らのこめかみに突きつけた。
「何を……した!」
怒りが恐怖を束の間だけ打ち消し、雹夜はルチアに噛みついた。
が、その一瞬後には恐怖の揺り返しがやってきて、雹夜はルチアを恐れ多くも詰問しようとした自分を恥じ、この場で死んで詫びたくなった。
死んで……詫びる?
「……ま、まさか……!」
「ふふっ。きっと雹夜君の想像通りよ。かるらさんは――いえ、氷雨さんや矢野先生も、今激しい自責の念に襲われているの。わたしを捕らえようとしたのだものね。その罪を贖うには、はっきり言って彼らの命では足りないくらいよ」
「……や、やめろ……やめてくれ……!」
「守良さんの方は拍子抜けに終わったから、これで楽しませてもらうことにするわ。あなたの命令に従ってわたしを捕らえようとした彼らは、自らの不明を恥じて今この場で命を絶つのよ。
――さあ、かるらさん。愛しい愛しい彼の前で……死んでみせてちょうだい?」
「やめろおおおおおっ!」
雹夜が絶叫する。
かるらは命令通りに、いや命令を待つまでもなく、こめかみに突きつけた銃の引き金を――
引こうとした、瞬間。
「……くっ」
ルチアが不意に顔をかばう。
それと同時に、礼拝堂の内部を金色の炎が灼き払った。
「アルト……!」
炎が止んだ時、雹夜の前に立っていたのは見慣れた金髪のヴァンパイアの少女だった。
アルトの放った炎のおかげか、かるらは拳銃を取り落とし、その場に倒れている。
立ち上がりかけていた矢野も、かるら同様〈白銀の十字剣〉の象徴である十字剣を取り落としてその場にしゃがみこんでいた。
が、美芳の超自然的能力を短時間で灼き払ったアルトの灼魔の炎を浴びてなお、ルチアは涼しい顔を崩していなかった。
それどころか、
「……そうね。あなたがいたわ」
ルチアは何の気負いも感じさせない足取りでアルトへと近づいてきた。
「アル、ト……?」
身じろぎひとつしないアルトに、雹夜は不安そうに呼びかける。
「わたしの存在感を前にして、ここまで動けたこと、さすが〈灼魔の天遣〉だと、褒めてあげるわ。でも――」
ルチアはアルトの頬に手を伸ばす。アルトは反射的に逃れようとしたが、半歩後じさることができただけだった。
「……これまでのようね?」
「……アルト……!」
「ひ、ヒョウヤ……逃げ、て……」
アルトがうめくように言った。
アルトもまた、ルチアを前にして動くことすらできなくなっているのだ。
「……アルトさん。わたしの興を削いだ罪は重いわよ? でも、赦してあげる。あなたは特別な存在だものね? とくに、雹夜君にとって」
ルチアはアルトの首からチョーカーをむしり取った。
そのチョーカー――〈ヴラド聖公の寝棺〉だというそれを床に放り投げると、銀色の十字架はアルトが引っ越してきた時に入っていた例の悪趣味な棺へと姿を変えた。
「アルトさん。特別に赦してあげるわ。だから、わたしにあなたの力を見せてくれる? あなたの力を使って、今この場で、大好きな雹夜君の前で、自分自身を骨まで焼き尽くすの」
「なっ……!」
雹夜は絶句した。
「や、やめろ……! やめて、くれ……!」
アルトはルチアの言葉にかくんとうなずくと、その白い手のひらを棺へ向けて――
「――そこまでにしてもらおうか」
突然、男の声が割って入った。
コマ落としのように、事態が動いた。
雹夜を縛っていた恐怖が消えた。同時に、ルチアも消えていた。
雹夜は慌ててルチアを探す。いた。ルチアは聖壇の十字架のタペストリーに縫い止められていた。
縫い止めているのは白い服を着た男だった。白い服――いや、これは料理人がよく着ているコックコートだ。
ルチアは首を縫い止められていた。縫い止めているのは、持ち手が両端に付いた三日月状の刃をしたみじん切り用の包丁だった。たしか、チョッパーとかメッツァルーナとかいう道具だ。
男が、雹夜の方を振り返る。
男の顔に、雹夜は見覚えがあった。
「あんたは……たしか」
思い出した。
男は、四日前――ドラキュラランドのイタリアンレストランで言葉を交わした、イタリア人のシェフだ!
「――久しぶりだな。有門雹夜よ」
「久し、ぶり……?」
一応三日ぶりということにはなるが、シェフと雹夜の間には面識があるというのもためらわれる程度の関係しかないはずだ。そもそも、雹夜はシェフに名乗ってすらいない。
にもかかわらず、シェフの表情には見間違いようのない親しみが浮かんでいた。
「……ああ、この姿ではわからぬか。しばし待っておれ」
シェフの姿が、変わった。
もともと体格のいいシェフではあったが、背丈は頭ひとつ分、肩幅はひとまわり以上大きくふくれた。顔かたちもいかつく変化する。
その顔は――
「お、おやっさん……!?」
「久しぶりであるな。我が友にして義息、有門雹夜よ」
そう。それはおやっさん――地中海の魔王にしてアルトの父親であり、十年前雹夜に王としての心得を授けてくれた恩師でもある男、ジュリオン・ソラーレだった。
「い、いや、あんたの息子ではないけどよ。どうしてこんなところに……それにさっきの格好は、一体?」
「ふむ。手紙ではああは言ったものの、やはり何かと心配でな。しかし、私がそのまま浦戸を訪ねれば、浦戸のヴァンパイアたちは警戒しようし、何より我が娘も嫌がろう」
「……まあ、後半の理由が主なんだってことはわかるよ」
昔から過保護なおっさんだったからな、と雹夜は内心でつぶやく。
それにしても、懐かしい。十年前とまるで変わらない。雹夜の方まで、十年前のこまっしゃくれたガキに戻ってしまったような気がしていた。
「だから、私は旧友であるカルメロに相談してな。我が娘が浦戸に到着するのに先立って、しばらく入れ替わってもらえまいかと持ちかけたのだ。旧友は快く我が願いに応じてくれた」
「……そういや、あんたは料理もうまかったっけな」
〈プリマヴェーラ〉で食事をした時に、雹夜はたしかに懐かしい味だと感じていた。
それは単に、おやっさん――ジュリオンの郷土がシェフと同じだからだと思っていたのだが、何のことはない、ジュリオン自身が作った料理だったのだから、当たり前だ。
「うむ。料理はよいぞ。生きておれば日に三度は腹が減る。腹が減っておれば飯がうまい。料理を作り、食し、人に供する。そのすべてが、またとない享楽となる。永き時を生きる者にとってはまことに有り難き娯楽であるのだ」
「で、でも……〈プリマヴェーラ〉は閉店して……!」
祭壇の脇で倒れていたかるらが起き上がって問う。
「ああ、もとよりあの店は店じまいする予定だったのを借り受けたのだ。カルメロの母の具合が、ここのところあまりよくないらしくてな。妻であるトモコとともに、イタリアの郷里へ移住しようとしていたところだと言うのだ。幸い、カルメロの郷里は我が領域の一角にある。入れ替わりに協力してもらう代わりによい屋敷を提供すると言ったら、たいそう喜んでおったよ」
入れ替わりの対価が屋敷とはなんとも豪勢な話だ。それもジュリオンが「よい屋敷」などと言うからには、きっと凄まじく豪華な屋敷なんだろう。
「だけど、新作のデザートとか言って、トマトのデザートを……」
「あれであるか? あれはまごうことなく、我が新作のデザートであるぞ。渾身の力作だ。それでつい、我が娘に食べてもらいたくなってな。あのような口実を設けて供することにしたのだ」
それで、と前置きしてから、地中海の魔王は言った。
「あのデザートは、お口にあったかな、勇敢なるハンターのお嬢さん」
「そ、それはまあ……美味しかったけど……」
かるらが何となく釈然としない様子でもごもごと答えた。
事件後もあのレストランのことは気にしていたようだったから、こんなオチでは納得がいかないのだろう。
矢野や氷雨もルチアの支配を脱して雹夜の周りへと集まってきていた。
ところで――そういえば、アルトの奴は?
雹夜はアルトの様子を窺って――凍り付いた。
いつも笑みを絶やさないアルトの顔が引きつり、額にはくっきりと青筋が浮いていた。
「お、父、様……?」
「我が娘よ。危ないところであったな。だが、安心せよ。私はいついかなる時でもおまえのことを見守っておる。おまえはおまえのなすべきであると信じるところのものをなせばよい。なんなら、雹夜と子をなしても構わぬぞ?」
「お、おい、あんた!」
ジュリオンのセリフも雹夜のツッコミも耳に入らない様子で、アルトはつかつかと父親のいる聖壇の前へと歩み寄る。
「もう! 恥ずかしいから来ないで、言ったじゃないですか!」
アルトは烈火のごとき勢いでジュリオンに食ってかかった。
「い、いや……だが、私がいて結果的にはよかったであろう?」
「そんなの、結果論です! わたしだってもう子どもじゃないです!」
「こ、こら、そう殴るな! この女吸血鬼を逃がしてしまうではないか!」
親娘のじゃれあいを始める二人を冷たい目でながめつつ、雹夜が聞く。
「それで、ルチアは……?」
ルチアはメッツァルーナ――例の持ち手の二つある三日月状の刃をした調理具だ――で首をかすがいの谷で止めるように十字架のタペストリーに固定され、失神していた。刃はこちら側を向くことになるが、ジュリオンはそれを平然と掌で押さえつけている。
おそらく、娘の危機を察したジュリオンが、暴風のごとき勢いで礼拝堂へと飛び込み、一瞬にしてルチアを壁際にまで吹き飛ばし、そのまま締め落としたのだろう。
「ふむ。かなり強力な吸血鬼のようであるな。数百年――いや、下手をすれば千年を生き抜いておるやもしれぬ」
「せ、千年!?」
雹夜は驚いた。ルチアは、戦国時代のカタコンベから発見された。そのことから、ルチアの年齢が四〇〇歳を超えていることは確実だったが、それにしても千年とは。
「かように強力な吸血鬼を扱えるものは、この街には残念ながらおるまい。私が責任を持って引き取り、断固たる処断を下そう」
ジュリオンの言葉を受けて、雹夜は矢野をちらりと見た。
矢野は小さく肯いた。
これほどまでに強力な吸血鬼を拘束し続けることは、〈白銀の十字剣〉を持ってしても難しいのだろう。
「それは……仕方がないか。だけど、どうするつもりなんだ? まさか、火あぶりにするなんて……」
「ふむ。以前であれば、私もそうせざるをえなかったであろうな。だが、時代は変わる。永き時を生きてきたからこそ、私には時代の変化がよく見えるのだ。……雹夜」
「……? なんだ?」
「先日の裁きは見事であった。今は人の世である。人の身でありながらあれだけの仕事をしてのけたおまえに、私は魂が震えるほどの喜びを覚えた。だから、この者についても雹夜の納得の行く形で落とし前をつけさせようと思っておる」
「俺の……?」
「うむ。この者は、ひとまず私が預かろう。いや、私でなければ預かれぬ。我が居城までこの吸血鬼めを移送し、強力なヴァンパイアでも抜けられぬ牢へと拘禁しよう。その上で、我が居城にて裁判を行えばよい。吸血鬼裁判のみならず、この国の者の言うところの特殊裁判も行えばよい」
「……いいのか、そんなに甘えてしまって」
「王として気高くあれとは教えたが、人を頼るなと教えた覚えはないぞ、雹夜。ましてや私はおまえの義父だ。遠慮なく頼るがよい」
「いや、義父じゃないけどな」
かるらと氷雨が鋭く睨んできていたので、雹夜は一応つっこんでおいた。
「結局、あんたに助けられちまったな。あんたを追い越したいと思ってたのに、これじゃあべこべだ」
「恥じることはない。おまえはまだ若いのだ」
そう言って笑うとジュリオンはどこからともなく丈夫そうな鎖を取り出し、ルチアを拘束していく。雁字搦めになったルチアを、ジュリオンは肩の上に軽々と担ぎ上げた。
「では、我が娘をよろしく頼むぞ、雹夜。何、気に入れば、手込めにしても構わぬ。きちんと責任を取るのであればな」
「な、お、おい――!」
「お、お父様っ!」
慌てる雹夜とアルトを置き去りにして、ジュリオンは来た時と同じく忽然といなくなった。
雹夜とアルトは顔を見合わせ――互いに顔を赤くして目を背けた。
そんな二人を、かるらと氷雨が冷たい目で睨み、居合わせただけの矢野は口笛を吹きながら他人のフリをしている。
「……ったく、締まらねえな」
思わず苦笑する。
ただ、これがアルカドの眷属なのだと思うと、決して悪い気はしなかった。
最後の展開は……読めましたかね?
驚いてもらえていたら嬉しいのですが。
さて、これにて『アルカドの眷属』、とりあえずの完結です。
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
よろしければ、↓で評価にご協力くださいませ。
それでは、またいつか。
天宮暁




