二人の家路(エピローグ3)
礼拝堂でのパーティからの帰り道。
学園からも市街からも離れた、暗い田舎道。
一昨日、雹夜と別れたアルトが、美芳に暗示をかけられたかるらに襲われた場所だった。
田舎道は相変わらず暗く、一人だったら心細く感じただろう。
だが今日は、アルトの隣には雹夜がいる。
雹夜は片手にビニール袋をさげ、足の遅いアルトにあわせてゆっくりとしたペースで歩いてくれている。ビニール袋は、パーティの残りものを詰め込んだタッパーの形にふくれていた。
「ワタシにはやっぱり、王さま、向いてないですね」
アルトがつぶやく。
「なんだ、突然」
「大変な事件だったのに……ヒョウヤ、傷つく人、なるべく出さないよう、解決しました。ワタシには、できないことです」
「それは……」
雹夜が困ったような顔をした。
「父さまからは、ヒョウヤ見習え言われましたが、ワタシ、ヒョウヤみたい、できそうないです」
アルトは小さくため息をついた。
半歩先を歩いていた雹夜がふりかえる。
「できないってことなら、俺にはできねーことを、アルトはやってくれたじゃねーか」
「……? ワタシ、何かしましたか?」
首をかしげたアルトに、雹夜は呆れたような顔を見せた。
「……おまえは、そういうヤツなんだろうな。すげえことやってんのに、全然自覚ねーんだもんな」
「ジカク……?」
「ほら、裁判の時のことだよ。集まったヴァンパイア連中が興奮して、えらいことになりかけたじゃねーか」
「ああ、そのことですか。ワタシはただ、自分の力、使っただけです」
「それもあるが、そのあとのことだよ。興奮したヴァンパイアたちを説得してくれたろ。あれは、俺から言ってもダメだったんだ。あのタイミングで、俺以外の人間の口からあの言葉が出たのがよかったんだよ。アルトはやっぱり、おやっさんの娘なんだな。本能のレベルで、人の心のつかみかたがわかってるんじゃねーかと思うよ」
「ワタシはただ……なんとかしなくちゃ、思っただけです。ヒョウヤが責められるの、見てられなかったです」
「ハハッ。王さまだなんだといっても、あんなザマなんだよ。自主独立なんてとんでもねえ。俺はいろんな人に助けられて、なんとか生きてこられてんだ」
そう言って雹夜が苦笑する。
自虐しているわけではないと、アルトは思う。
自分自身の弱さや限界を知り、必要なときには人の助けをためらわず求める。
自立しているとは、なにがあっても他人に助けを求めないということではないということを、経験からよく知っているのだろう。
「臣下が進んで助けたくなるのも、王さまの大事な素質だと、父さま、言ってました」
「臣下ってわけじゃねーんだけどな。でも実際、俺のまわりにはたいした連中が集まってくれてるよ。ちょっと、癖の強いヤツが多すぎるのが難だけどな」
そう言って照れくさそうにする雹夜を見ていると、いたずら心が湧いてくる。
「それは……アレです。ルイはトモを呼ぶ、ですよ」
「おい、どういう意味だ!」
「そのままの意味ですよ?」
「おまえな……その中には確実にアルトも入ってるんだからな」
雹夜がため息をつく。
アルトは笑いながら雹夜の前に歩み出た。
そして、言う。
「――決めました」
「……何を?」
「ワタシ、雹夜のお后さまになります」
「はぁっ!? いきなり何言ってんだ、おまえ!?」
「だって、ワタシには、王さま、務まりそうないですから。父さまも言ってました。ヒョウヤ気に入ったら婿にしていいって」
「ばっ……バカ、そんなこと、軽々しく言ってんじゃねーよ!」
「軽々しくなんて、ないですよ。ワタシは十年前からずーっと……ヒョウヤのこと、大好きでしたから」
「なっ……」
絶句する雹夜をその場に残し、アルトは家への道を歩きはじめる。
「早く帰りましょうっ! あまったトマト料理、ルチアさんに分けてもらいましたからっ!」
「ま、待てよ……! って、あんだけ食ったのに、まだ食う気なのかよっ!?」
あわてて追いかけてくる雹夜の気配を感じながら、アルトは足を速めた。
赤くなった頬を見られないように、かたくなに前を向いたまま。




