トマトパーティ(エピローグ2)
吸血鬼・守良美芳を捕らえ、裁判の果てにその力を奪った一件の翌々日。
雹夜は、ひょんなことから判明したトマト盗難事件の犯人を連れて、礼拝堂のルチアを訪ねていた。
「……つまり、夢見の素質のあったアルトさんが、例の吸血鬼事件にあてられて無意識に夢見の力を使ってしまった。でも無意識だったせいで、アルトさんは事件の一幕をのぞきながらそれとは気づかなかったばかりか、夢見の副作用で夢遊病癖が出てしまって、ふらふらと礼拝堂まで飛んできて、倉庫の扉を力尽くで破り、中にあった獲れたてのブラッディトマトを根こそぎ奪っていった……と?」
「まあ、そういうことらしい」
雹夜はそう言って肩をすくめる。
「……うぅ……ルチアさん、ほんっとうに、ごめんなさいっ!」
アルトががばっと頭を下げた。
そのアルトは手に段ボールの箱を抱えている。
段ボールの中に入っているのは、略奪者による捕食を免れたブラッディトマトの生き残りだった。
ルチアによると、収穫したトマトのおよそ半分が、目の前にいる金髪の略奪者に食べられてしまった計算になるらしい。
「ったく。夢遊病ってのはしょうがないにしても、こいつ、部屋に転がってたトマトを見て、隠蔽しようとしやがったんだ」
翌朝起きたアルトは、自分の身に起こった事態をすぐに把握することができた。
アルトが寝起きざまに悲鳴を上げて、雹夜が駆けつけた、あの朝のことである。
アルトは目の前に転がるトマトを改めて咀嚼して、そのうまさに絶句、残ったトマトを、南イタリアの城から運んできたゴシック調のワードローブの中に隠してしまったのだ。
「だ、だって……すごく美味しいトマトでしたし……ヒョウヤにバレたら怒られる思ったし……」
しょんぼりとした様子でアルトが言う。
ちなみに、どこからか盗んできてしまったらしいトマトこそ、ルチアの育てたブラッディトマトなのだということにアルトが気づいたのは、なんともうかつなことに、ルチアにパスタを食べさせてもらい、雹夜と一緒に学園を出た後だったらしい。
ルチアは小さくため息をついた。
「……盗んだトマトは美味しかったかしら?」
「ハイ! とっっっても、美味しかったです!」
ルチアの問いかけに含まれた皮肉にも気づかず、瞳を輝かせてアルトが答える。
雹夜は無言のまま、その頭にげんこつを落とした。
「ぁ痛っ!」
アルトが頭を抱えて涙目になる。
そんなアルトを見ていると、ルチアも怒る気にはなれなかったらしい。
「もう、いいわよ。アルトさんも悪気があったわけじゃないんでしょう?」
「は、ハイ……」
「いや、だがこいつは自分がやったことをわかってたのに……」
「ふふっ。雹夜くんに嫌われたくなかったんでしょう? かわいいものじゃない」
からかいまじりのルチアの言葉に、アルトが赤面する。
「そうかぁ? こいつは自分の欲求に素直なだけなんじゃねーの?」
雹夜はジト目でそう言った。
「いいのよ。こうして罪を認めて謝っているんだもの。優しい司祭さまとしては赦してあげるしかないじゃない」
言ってルチアはウインクした。
その後、ルチアはせっかくだからと言って、残ったトマトでトマトづくしの料理を作りはじめ、それならばと雹夜はかるらや氷雨にも声をかけ、礼拝堂で一昨日の打ち上げを兼ねたパーティを開くことになった。
ルチアの手伝いを買って出たアルトは、意外にも料理上手で、南イタリアの郷土料理を一同にふるまい、好評を得ていた。
おいしい料理の数々にパーティは盛り上がり、見回りに来た用務員の橘まで巻き込んで夜まで続くことになった。
雹夜は矢野にも声をかけたのだが、矢野は礼拝堂の様子を見るなり、
「王の後宮に立ち入るつもりはないよ」などと言って立ち去ってしまった。
(……逃げやがった)
ドラキュラランドの時はアルトとかるらとルチアだったが、今回はそれに氷雨や橘も加わっている。剣と信仰の道に生きる〈白銀の十字剣〉団長としては勘弁願いたい場所だったにちがいない。
とはいえ、
(矢野先生には、まだやってもらってることもあるしな)
矢野が忙しいことは確かで、それだけに雹夜としても無理には引き留められなかった。
「ええっ! じゃあ、ヒョウヤは……」
「そうそう、あいつは困ったことがあるとすぐに……」
「……まったくお兄ちゃんもしょうがない人だね」
どうも雹夜の悪口で盛り上がってるらしいのは、アルトとかるらと氷雨。
今回の件では、美芳がルチアに暗示を入れてかるらを操り、アルトを襲わせるという、今思い出してもぞっとする企みがあった。そのせいでアルトとかるらの関係が悪くならないかと心配だったのだが、この様子では雹夜の杞憂だったようだ。
その場に溶け込み、明るくふるまうアルトに、雹夜は内心で胸を撫で下ろした。
(おやっさんも、こんな雰囲気なら、いいと言ってくれるんじゃねーかな)
子煩悩の魔王の、いかついくせに人なつっこい笑みが、雹夜の脳裏をよぎった。
やってきて早々、吸血鬼事件やトマト泥棒が起きて、いったいどうなることかと思ったが、そんなことがあったからこそ、かえってこの空気の中に溶け込むことができたのかもしれない。
「ちょっと雹夜! なにひとりでにやついてんのよ! こっちに来なさい!」
「……わかったよ」
あのにぎやかな中に入っていくのは遠慮したかったが、『彼女』様直々に呼ばれてしまっては断れない。
雹夜は苦笑しつつ彼女たちの輪の中に向かう。
参加人数こそ少なかったものの、パーティはなかなか盛り上がった……のだが。
そのパーティの中で、ひとり、微笑みを浮かべながらもどこか寂しそうに佇んでいるルチアのことが、雹夜には気にかかった。
――雹夜の下に、今回の事件の、積み残された部分についての報告が出揃うのは、その二日後のことになる。




