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聞き込み

 放課後、雹夜は学園内でいくらか聞き込みをしてみることにした。

 

 雹夜には、こういう場合に頼るべき情報源がいくつかある。

 

 まず、職員室。

 懇意にしている若い男性教師に話を聞く。

 

「そもそも、この学園に泥棒が入ることなんて、そうそうないんだ」


 矢野という白衣の化学教師は、職員室に隣接した給湯室で、ビーカーにコーヒーを淹れているところだった。

 雑に分けただけのぼさぼさの髪とべっこうぶちの大きなメガネがトレードマークだが、その野暮ったい外見にもかかわらず生徒に人気があるのは、時折見せる子どもじみたいたずらっぽさのおかげだろう。

 

「そうなんですか? でも、生徒の中には、夜の学校に忍び込んで悪さをしようなんて奴もいるんじゃ?」

「ああ、夏休みなんかになるとたまにいるね。でも、こう見えてこの学園も警備には気を遣ってるんだよ。ほら、一昨年だかにあっただろう、市内の小学校に不審者が侵入して、児童に危害を加えようとしたって事件が」

「ああ……そんなこともありましたね」

「あれ以来、市の指導で浦戸市内の教育機関は、児童・生徒の安全に配慮することになってね。うち――浦戸学園では、民間の警備会社と契約してるんだ。要所には監視カメラもあるから、不審者がいればそれとわかるはずなんだよ」

「じゃあ、カメラには何も……?」

「ああ。僕も警備担当だから真っ先に確認したんだけど、何も映ってなかった。まあ、もともと辺鄙なところで、街中からわざわざ盗みに入るような場所じゃないんだけどね」

「でも、実際……」

「そうだね。だから僕としては、カラスなりサルなり、知恵の回る野生動物がやってきて荒らしていったんじゃないかという説を採用したい」

「…………」


 雹夜の脳裏に、ルチアに見せてもらった南京錠が浮かんだ。

 嘴と爪しか使えないカラスにできる芸当ではない。サルは意外に力が強いとも聞くが、それにしたって鉄製のツルをねじきってしまうような力はないだろう。

 

「でも、それで済むような話なら、わざわざ雹夜くんが出張ってくるはずもないだろうね。だとすれば、可能性はひとつだ。わかるだろう?」

「……ええ、まあ。でも、それこそありえない気がしますよ」

「まあね。その可能性を取るなら、物理的な問題は解決できるかもしれないけど、当然、別の疑問は生まれてくるね」


 そう言って化学教師はビーカーのコーヒーをすする。

 

「しまった。このビーカー、洗ってなかったみたいだね」

「え」

「この味は……硝酸カリウム? まあ、この程度なら無害だね」


 肩をすくめる化学教師に礼を述べて、次の心当たりに向かう。

 次の心当たり――用務員室は部室棟の離れにあるので、放課後の校内を大きく縦断していくことになる。

 

 雹夜が部室棟への渡り廊下にさしかかったときのことだった。

 

「――あ、伯爵だ」


 すれちがった女子生徒のつぶやきが耳に入った。

 

「シッ! 聞こえるよ」


 雹夜が肩越しに振り返ると、一年生の女子が二人、こちらを指さしながら何事かささやきあっていた。

 いかにも噂話の好きそうな女子を、真面目そうな女子がたしなめているようだ。

 

 二人は雹夜がジト目で見ていることに気がつくと、

 

「きゃっ」


 と声を上げて逃げてしまった。

 

「ったく……」


 雹夜はがしがしと頭をかく。

 

『伯爵』というのはもちろん雹夜のあだ名で、言うまでもなく、架空の吸血鬼・ドラキュラ伯爵から取られたものだ。

 良くも悪くも目立つ容姿の雹夜は、なにかと注目の的になってしまう。

 

 仮に雹夜のことを知らない生徒がいたとしても、女性的な長い黒髪や色の白い顔を見れば、どんな生徒なのかと興味が湧く。その興味を知人に確かめてみれば、学内におけるちょっとした有名人だということがわかる。

 中には「よぉ、伯爵!」などと気安く呼びかけてくる生徒もいるので、先ほどの女子生徒二人組などかわいい方ではあった。

 

(……ま、この程度なら実害はないさ)


 氷雨には「むしろお兄ちゃんはドン・キホーテだよね」などと言われるように、雹夜は自分の信じるところを貫きたいと思っているし、だからこそ周囲との間に軋轢も生じがちだ。

 が、『伯爵』であることを拒まないでいれば、多少の奇異な言動は見逃してもらえる。キャラを演じるつもりはないが、それはたとえば今回のような場合には役に立つ。

 

(……空気読めないとか、おかしなやつだとか思われるのは癪だけど、それより大事なことだってあるからな)


 大事なこと――さしあたっては、ルチアの倉庫を荒らした泥棒の正体を暴くことだ。

 

 廊下を渡りきったところで、階段の下から声をかけられた。

 

「よっ、雹夜くん」

「橘さん」


 声をかけてきたのは用務員の女性だった。

 橘は、二〇代後半の、浦戸市内在住の既婚女性である。

 サーフィンが趣味だということで、日焼けした引き締まった身体をしていて、髪を明るく染めている。親しみやすい外見とざっくばらんな性格で、浦戸学園生徒のよき相談役でもあるらしい。

 

「相変わらずモテモテだねえ」

「今ののどこがそう見えるんですか」

「かっこいいけど近づきがたい、神秘的な雰囲気の夜の貴族(ヴァンパイア)――いいじゃないの」

「だから俺はヴァンパイアじゃないんですって」


 そうやってムキになるから余計にからかわれるのだとわかってはいるが、橘を相手にしているとついやってしまう。

 

「あはは。でもま、あんたが密かにモテてんのはホントだよ。あたしのところにもそんな相談事が……おっと、これ以上は言えないな」

「ほとんど言っちゃってますよ」

「もっとも、君がどれだけ変人かってことを聞かせてやると、たいていの子は『……やめとく』と言うね。君は本質的には二枚目ではなくて三枚目なんだが、そこのところをよく知らない子は勘違いしてしまうんだねえ。……ま、浦学(ココ)に通ってりゃいずれわかることなんだけどな」

「勘弁してくださいよ……地味に応えるんですから、それ」


 雹夜はため息をついて、話題を変えた。

 

「ちょうど今からうかがおうと思ってたんですよ」

「お? それはうれしいが、あたしは既婚者だぞ?」

「そういう話じゃありません。ほら、昨日の――」

「ああ、ルチアんとこの野菜が盗まれたって話か」

「ええ」

「残念だが、あたしは何も知らないぞ?」

「昨日は遅くまで残ってたんですよね?」


 職員室に寄ったついでに、昨日の職員出退勤表を確認してきたのだ。

 

「たしかにそうだけど、用務員室と礼拝堂じゃ遠すぎる。さすがのあたしも、泥棒がちょっとがさごそやったくらいじゃ、気づくわけもないよ」

「不審な人影とかは?」

「見てないね。……あ、でも……」

「何です?」

「いや、気のせいだとは思うんだが……」

「言ってください」

「昨夜、気配を感じたような気がしたんだよな」

「気配……ですか?」

「ああ。それで、空を見てみたら、人影みてーなもんがさっと横切ったんだ」

「人影? 特徴とか、わかります?」

「ホントに人だとしたら、女だな。長い黒髪がなびいてんのが見えた気がするんだ。ま、おまえみたいな男女もいるわけだけだが」

「俺じゃないですよ。それはいつ頃?」

「夜の……九時くらいか? 仕事が終わって帰ろうとした矢先のことだよ。場所は、校門を出て、市街に向かう途中の田舎道だ。といっても、けっこう距離があったし、一瞬のことだったから、鳥かなんかかもしれないが」

「…………」


 サーファーである橘の目の良さは知っている。夜目が利くだろうということも。

 

 黙り込んで考える雹夜を見て、

 

「おいおい、まさか、野菜泥の犯人は……?」

「いや、どうでしょうね。今のところそれくらいしか可能性がない感じで」

「かーっ! 情けねえな!」


 橘は天を仰いで手のひらを目にぴしゃりと当てた。

 

「そんな情けねえ野郎は絶対ひっ捕まえて、こらしめてやってくれよ!」

「まあ、鋭意努力はしますよ」


 雹夜は橘に礼を言って、今度こそ礼拝堂に向かう。

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